『カップルズ』今更レビュー|牯嶺街の若者たちが現代の台北に甦る

記事内に広告が含まれています。
スポンサーリンク

『カップルズ』
 麻將 Mahjong

エドワード・ヤン監督が煌びやかな台北を舞台に描く、若者たちの悲喜劇。

公開:1996年 時間:121分  
製作国:台湾

スタッフ 
監督:    エドワード・ヤン(楊徳昌)

キャスト
マルト:  ヴィルジニー・ルドワイヤン
レッドフィッシュ:

      タン・ツォンシェン(唐従聖)
ルンルン:   クー・ユールン(柯宇綸)
ホンコン:    チャン・チェン(張震)
トゥースペイスト:

        ワン・チーザン(王啓讃)
アリソン:  アイビー・チェン(陳欣慧)
アンジェラ:   キャリー・ン(呉家麗)
ミスター・チウ:クー・パオミン(顧寶明)
マーカス:     ニック・エリクソン

勝手に評点:3.5
(一見の価値はあり)

© Kailidoscope Pictures

あらすじ

多彩な国籍の人々が暮らす台北の街で、共同生活を送る4人の少年たち。

実業家の息子であるリーダー格のレッドフィッシュ(タン・ツォンシェン)、プレイボーイのホンコン(チャン・チェン)、ニセ占い師のトゥースペイスト(ワン・チーザン)、新入りのルンルン(クー・ユールン)は、お金も自由も愛でさえも、自分たちの思い通りに手に入ると信じていた。

そんな4人の前に、フランスからやって来た少女マルト(ヴィルジニー・ルドワイヤン)が現れたことにより、深い絆で結ばれていた彼らの関係は大きく変わりはじめる。

今更レビュー(まずはネタバレなし)

配信もDVDもなく、なかなか観ることができなかったエドワード・ヤン監督の『カップルズ』が4Kレストアで公開された。

急激な経済成長を遂げ、煌びやかで多国籍な街となった台北。その勢いのある時代を感じさせる台北の風景と猥雑な空気は、ウォン・カーウァイ『恋する惑星』(1994)や『天使の涙』(1996)で描いた香港に対抗心を燃やすかのようだ。公開時期もほぼ重なる。

映画は冒頭、チンピラ風の男が若造4人の乗る軽トラを追いかけている。その中の一人が、借金を踏み倒した男の息子らしいのだ。

だが若者たちは追われていることも知らず、路駐のピンク色のベンツにわざと軽トラをぶつけて逃げる。意味不明だが躍動感あふれる序盤の展開から、我々は若者たちの奔放な日常に引き込まれていく。

リーダー格のレッドフィッシュ(タン・ツォンシェン)の指揮のもと、伊達メガネのホンコン(チャン・チェン)は女性をもてあそび、スキンヘッドのトゥースペイスト(ワン・チーザン)は通称“リトルブッダ”としてニセ占いで稼いでいる。

新人のルンルン(クー・ユールン)は軽トラの運転手として彼らに仲間入りし、まだ純情さを残すが、あとは相当なワルたちの4人のギャング団

© Kailidoscope Pictures

ニセ占い師が不吉なことを予言した裏で、ルンルンにクルマをぶつけさせ相手に信じ込ませる。ホンコンの口説いた女を、「俺たちはみんな分かち合うんだ」と強引に説得し、仲間にもあてがう。

そんな連中だが、ある晩、英国人デザイナーのマーカス(ニック・エリクソン)を追っかけてパリから来てフラれたマルト(ヴィルジニー・ルドワイヤン)に、レッドフィッシュとルンルンが偶然出会う。

マルトに恩を売って売春組織に売り飛ばそうと企むレッドフィッシュと、ひそかに彼女に心を寄せるルンルン。

© Kailidoscope Pictures

出会ったお店がハードロックカフェ、4人が作戦会議する店がTGIフライデー、米国文化への憧憬も滲ませながら、物語に絡んでくるのがフランス人の娘に英国で破産した胡散臭い男と、多国籍文化の混沌模様が面白い。

マルトとの英語が分からず、「ノープロブレム!」を連発するしかないレッドフィッシュが自分をみているようで悲しいが。

『牯嶺街少年殺人事件』で主役だったチャン・チェンホンコン、リトル・プレスリーと呼ばれていたワン・チーザントゥースペイスト、仲間の一人を演じたクー・ユールンルンルンと、同作の悪ガキたちが成長して現代の台北で暴れているようにも見える。

チャン・チェンドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の『DUNE/デューン 砂の惑星』のユエ博士役が記憶に新しい。

© Kailidoscope Pictures

レッドフィッシュ役のタン・ツォンシェンだけが『牯嶺街~』メンバーではないが、2005年の台湾視聴率No.1ドラマ『イタズラなKiss(台湾版)』等で活躍。

マルト役のヴィルジニー・ルドワイヤンは、デカプリオ主演の『ザ・ビーチ』オゾン監督の『8人の女たち』が思い出されて懐かしかったが、本作はそれよりも5~6年前の作品。

映画の中で「マルトって覚えにくいからマトラでいい?」という台詞があるが、当時台北地下鉄工事に携わっていたフランスのマトラ社に因んでいるようだ。終盤、マルトとルンルンが拉致されたビルの屋上にも、同社の看板が捨てられていた。

© Kailidoscope Pictures

今更レビュー(ここからネタバレ)

ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意ください。

さて、羽目をはずして好き放題に生きる若者たちの青春映画かと思っていたこの作品だが、途中で、レッドフィッシュを追いかけていたヤクザがようやく再登場し、冒頭の場面を思い出す。

だが、レッドフィッシュの父の借金返済を迫るヤクザが、彼とルンルンを間違えてしまったことで、物語は大きな転換を迎える。

純情なルンルンはマルトを実家のアパートの屋根裏に匿っていたが、ヤクザの二人組にみつかり、拉致されてしまう。

彼らが人違いをしていたことはすぐに発覚し、見張りをしていた一人が間抜けなために、マルトの機転で形勢逆転。ルンルンたちは脱出に成功する。こちらの展開は、ライトタッチな青春ラブコメっぽい。

© Kailidoscope Pictures

一方、メンバーの他の三人の方が、意外にもシリアスな展開を迎える。悪名高い父親を憎みながらも、レッドフィッシュは、かつて父を破産に追い込んだ女アンジェラ(キャリー・ン)を偶然みつけ、復讐計画を練る。

ホンコンに彼女を誘惑させ、トゥースペイストを占い師として彼女の元に送り込み、金をだまし取ろうとするのだ。

人違いに気づいたヤクザたちはレッドフィッシュに接触、ともに父の隠れ家に案内するが、人生に疲れた父は愛人とともに心中していた。

ここで、レッドフィッシュは父親の弱さを初めて目の当たりにして動揺してしまうのだ。

復讐にアンジェラを追い込んだつもりが、実は被害を被ったのは愛の巣のマンションを持つミスター・チウ(クー・パオミン)

占い師に助けを求めるチウに怒ったレッドフィッシュは、アンジェラが父の仇とは人違いだったと聞き、衝動的に彼を射殺してしまう

そしてホンコンは、誘惑し陥れたはずのアンジェラから、逆に肉食系女三人の性奴隷のような扱いを受けたことに傷つき、慟哭する。これまでの悪行の因果応報というわけか。

結局チームは空中分解、無傷のトゥースペイストは新たに仲間を引き入れ、ボスとして、ルンルンに居残るよう説得する。このスキンヘッド男だけが鈍感で貪欲なのが面白い。

© Kailidoscope Pictures

だが、別れたマルトがマーカスとともに消え、失意で少し逞しくなったルンルンは、こんな連中とは訣別する

原題の『麻將』は麻雀のことだが、この4人の面子が台北の町中を雀卓のようにかき回して生き急ぐ姿を表しているように思えた。

ルンルンの父親が経営するアパートの場面で、麻雀する男たちの姿が一瞬だけ映るが、そこで日本語を喋っているのが、特別出演の林海象だろうか。

「さっき、フランス娘がおまえを訪ねてきたぞ」と聞き、慌てて家を飛びだし、マルトを追いかけるルンルン。

「これからは西洋じゃない、アジアだよ。ここ台北で楽しく生きていこう」

と警察から身元引受したマルトに語るマーカス。それは本来、彼女が待ち焦がれた言葉だったが、今や彼女の心の中にいるのは、別の男だ。

© Kailidoscope Pictures

夜の台北の喧騒の中で、自分を追いかけるルンルンをみつけ、駆け寄って抱き着くマルト

ああ、エドワード・ヤン、やっぱり、いいなあ。台北が、アジアが輝いていた、あの頃を思い出す。