『龍三と七人の子分たち』
北野武監督、藤竜也主演による元ヤクザたちの暴走老人ムービー。俺たちに明日なんかいらない!
公開:2015 年 時間:111分
製作国:日本
スタッフ 監督・脚本: 北野武 キャスト <一龍会> 龍三親分: 藤竜也 若頭のマサ: 近藤正臣 憚りのモキチ: 中尾彬 早撃ちのマック: 品川徹 ステッキのイチゾウ: 樋浦勉 五寸釘のヒデ: 伊藤幸純 カミソリのタカ: 吉澤健 神風のヤス: 小野寺昭 <京浜連合> 西: 安田顕 北条: 矢島健一 徳永: 下條アトム 佐々木: 川口力哉 田村: 山崎樹範 松嶋: 川野直輝 石垣: 石塚康介 <その他> 龍平(龍三の子): 勝村政信 龍平の妻: 池谷のぶえ 龍平の上司: 徳井優 村上刑事: ビートたけし 刑事: 國本鍾建 キャバクラのママ: 萬田久子 百合子: 千眼美子
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
70歳の龍三(藤竜也)は、かつて“鬼の龍三”と呼ばれた元ヤクザ。だが引退した現在は息子の家族が住む家で肩身の狭い想いをしていた。
ある日、“振り込め詐欺”に引っかかりそうになった龍三は、元暴走族の西(安田顕)が半グレ集団“京浜連合”を率い、“振り込め詐欺”などの悪徳ビジネスで荒稼ぎしていると知って憤慨。
そこで龍三は昔、自分の子分として活躍したが、今はわびしい老後を送る元仲間七人を呼び集め、“京浜連合”打倒に立ち上がる。
今更レビュー(ネタバレあり)
ナンセンス・コメディからの脱却
順序はバラバラだが、本作をもって北野武監督の『その男、凶暴につき』(1989)から最新作『首』(2023)までの全監督作のレビュー完了。
最後を飾るのは監督のフィルモグラフィとしては、『アウトレイジ ビヨンド』(2012)と『アウトレイジ 最終章』(2017)に挟まれた時期にあたる『龍三と七人の子分たち』。
同じバイオレンスものの作風には嫌気がさしたか、本作はヤクザもんが主人公とはいえ、純然たるコメディ。
◇
主演に藤竜也、相方に近藤正臣という渋い男たちを据えて、北野武がこういう肩の力が抜けた作品を撮るとは意外に思った記憶がある。
正直言って、北野武(或いはビートたけし名義)の監督作品で正面からコメディと名乗るものには、スベリまくって肌に合わないことが多い。『みんな〜やってるか!』を筆頭に『監督・ばんざい!』、『アキレスと亀』等がそうだ。
だが、本作はこれらとは違い、ナンセンスなギャグで笑いを取りにはいかない。
一応、背骨となるしっかりした筋書があり、その枠からはみ出ない範囲でボケをかます。勿論、演じている本人は真面目にやっているという大前提も守られている。
この山田洋次監督の喜劇的な安心感は前衛的な北野監督には相応しくないという意見もあろうが、私には相性が良かった。さむいギャグで気まずくなることもなく、ちゃんと笑えた。
オレ詐欺電話がすべての始まり
冒頭、元ヤクザの龍三(藤竜也)は、同居する息子夫婦に世間体が悪いと叱られる。息子の龍平(勝村政信)と妻(池谷のぶえ)の視線が痛い。背中の龍の刺青と指を二本失った手を隠そうともしない祖父に頭を痛めているのだ。
設定説明的な序盤が終わると、旅行の留守番をしている龍三のもとにオレ詐欺電話がかかってくる。
立て替えてやるカネなどない龍三だが、価値のない家財を集めて受け子のもとへ。このあたりからエンジンが暖まり始め、笑いにエッジが効いてくる。
同じ組にいた兄弟分のマサ(近藤正臣)と二人、蕎麦屋の来客注文を予想して賭博を始める。
昔の北野映画なら、ここで食べ物を粗末に扱うギャグが入ってくるところ。今回は客イジリしかしないところをみると、コンプラ面がうるさくなってきたのか。
◇
先ほどのオレ詐欺をはじめ、強引な訪問販売で布団や浄水器の押し売り、過激な借金の取り立て、そして消費者団体の抗議行動のもみ消しやらなにやら、暴力団なきあと幅を利かす、暴走族あがりの西(安田顕)率いる京浜連合。
龍三たち元ヤクザの老兵たちが、この京浜連合を懲らしめてやろうと結集する物語だ。
『龍三と七人の子分たち』というから、再び親分ももとに子分たちが集う話なのかと思ったら、なんと再結成にあたり前科のポイント制で持ち分最多のヤツを親分にするという、実にフェアな仕組みなのだった。
キャスティングについて
こうして龍三が晴れて親分となり、子分たちを含めて以下の面々。
まずは親分の龍三、オレ詐欺も暴対法も知らない時代遅れの元ヤクザ、それも序盤は相当に情けない老人役を藤竜也が好演。
本作以降、『お父さんと伊藤さん』(2016)や『それいけ!ゲートボールさくら組』(2023)などコミカルな役も目立つようになった気がするが、当時は意表をつく役柄だったか。
キャバクラのママ(萬田久子)の部屋で乞われて刺青を見せるのに、パンイチになるところに老年男の哀愁が漂う。
◇
持ち点が次点のため、若頭となったマサに近藤正臣。賭け事好きの根っから陽気な人物で生活保護を受けながら生活している。どこかキャラ的に小松政夫がコントで演じる親分っぽいと思っていたら、役名が山本政夫、意識したのかな。
寸借詐欺が得意な憚りのモキチに中尾彬。詐欺師なので身なりはいい。憚りの異名は、便所に籠って敵を仕留めるからなのだが、昨今のタンクレスウォシュレットでは勝手が違うらしい。中尾彬は『アウトレイジ ビヨンド』からの続投。
◇
『天才バカボン』の本官さん並みに拳銃をうちまくる早撃ちのマックに品川徹。
スティーブ・マックイーンに因む愛称。この役を偏屈老人が似合う品川徹が演じていることにおかしみがある。でも『愛しのアイリーン』や『さがす』など、近年はこのギャップねらいの役が多い気もする。
その他、ステッキのイチゾウに樋浦勉、五寸釘のヒデに伊藤幸純、カミソリのタカに吉澤健と、このあたりはみな仕込みの武器の名が愛称になっている。あまり表には出ないが、いざ戦いとなれば頼りになる面々。
最後に加わったのが神風のヤス(小野寺昭)。特攻志願兵だったという思い込みで、飛行機が操縦できてしまう無茶な設定。いまなお『太陽にほえろ!』のデンカの善人キャラを引きずる彼だが、本作では珍しく、日の丸ハチマキで出オチのキャラに変貌。
老人たちがこのメンバー編成なのに、京浜連合がほんまもんの怖い連中ではバランスが悪くなるためか、安田顕がヘッドで、ほかにも屈強そうなヤツはいない。
布団セールスの矢島健一はすぐ分かったが、取り立て屋の下條アトムはメイクのせいか見抜けなかった。
その他、刑事にはビートたけしと、北野作品で強面の役と言えばこのひとありの國本鍾建。普段の作品ではヤクザ役をやって暴対法について刑事に諭されるたけしが、今回は説明する側なのは面白い。
今更レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレがありますので、未見の方はご留意ください。
ホステスの部屋に入り込んだら男がやって来て、あわてて女装して逃げたり(これを藤竜也がやるとは!)、競馬の馬券を買うのに両手を広げて子分に指示したら、指が二本ないので勘違いして買われたりと、実話に基づく小ネタも多いらしい。
こんなバカげたコメディで殺しはないと踏んでいたが、京浜連合がモキチ(中尾彬)の孫娘である百合子(当時は清水富美加、今は千眼美子)をさらおうとしたことで戦いが激化し、モキチが死ぬ。
たけしのヤクザ映画で死者が1名で収まったのは、画期的なのかもしれないが。
◇
最後は京浜連合のクルマを、龍三たちのジャックした市バスが追いかけると言う、無茶なカーチェイス。
普通なら、龍三と息子(勝村政信)の父子関係良化だとか、ママ(萬田久子)をめぐる男同士の取り合いだとか、攫われた百合子の救出劇だとか、ドラマになりそうな要素は取り込まず、潔く暴走老人ヤクザの生き様を描き通す。
バイオレンスの合間に、こういう北野作品も悪くない。