『BAD LANDS バッド・ランズ』
原田眞人監督が黒川博行の人気原作を映画化し、大阪を舞台にしたオレ詐欺の実行犯の姉弟を描く犯罪アクション
公開:2023 年 時間:143分
製作国:日本
スタッフ 監督・脚本: 原田眞人 原作: 黒川博行『勁草』 キャスト 橋岡煉梨(ネリ): 安藤サクラ 矢代穣(ジョー): 山田涼介 高城政司: 生瀬勝久 佐竹刑事: 吉原光夫 日野班長: 江口のりこ 曼荼羅: 宇崎竜童 教授(宇佐美): 大場泰正 胡屋賢人: 淵上泰史 林田: サリngROCK 新井ママ: 天童よしみ
勝手に評点:
(オススメ!)
コンテンツ
ポイント
- 黒川博行の原作主人公を女性に置き換えたのは大正解。バイオレンス濃度はほどよく下がり、サスペンスと姉弟ドラマの要素とうまくバランスしている。
- 待ち遠しかった大阪を舞台にしたキレのいい犯罪アクションが、満を持して登場。さすが原田眞人監督、分かっている。
あらすじ
大阪。<持たざる者>が<持つ者>から生きる糧を掠め取り生き延びてきたこの地で、特殊詐欺に加担する橋岡煉梨(安藤サクラ)と弟・矢代穣(山田涼介)。
二人はある夜、思いがけず3億円もの大金を手にしてしまう。金を引き出す……ただそれだけだったはずの二人に迫る様々な巨悪。
果たして、ネリとジョーはこの<危険な地>から逃れられるのか。
レビュー(まずはネタバレなし)
大阪を舞台にした犯罪アクション
私は関西人ではないが、大阪を舞台にしたキレの良い犯罪アクション映画が観たいという思いが長年燻っていた。そこに来て本作の登場。まさに求めていたものだったと手を叩きたくなる。
リドリー・スコット監督の『ブラックレイン』の松田優作は輝いていたが、あの映画が映し出す大阪はクール過ぎて、ちょっとよそ行きな感じ。
その点、本作は頭からしっぽまで小気味よい大阪弁の応酬に溢れ、描く大阪の町も実に猥雑な感じでバイタリティに満ちている。
もっとも、大阪人からみたら、あれこれ嘘の世界だらけかもしれない。実際に最近の西成区近辺は整備されすぎて、原田眞人監督は自分の大阪イメージを求めて滋賀県彦根でロケをした部分もあるとか。
だが、私にはそんな裏事情は分からず、終始本作の大阪西成区の<ワルの世界>にのめりこむ。
黒川原作を巧みにアレンジ
原作は黒川博行のクライム・サスペンス小説『勁草』。大阪を舞台に、アタックリストを作成する名簿屋と受け子をつなぎ、カネの受け取りを差配するオレオレ詐欺を生業とする二人組の物語。
直木賞を獲った『破門』をはじめ彼の作品には欠かせない、大阪弁の当意即妙なやりとりがテンポよく続く会話が読んでいても心地よい。原田眞人監督は2015年に原作を読んで以来、映画化に向け構想を練っていたそうだ。
映画化権を得るまでだいぶ年月がかかったが、心配していたような(というと不謹慎だが)<オレ詐欺>犯罪自体が時代遅れになってしまうことはなく、今なお猛威をふるっている。
原田監督は原作で男性だった主人公を女性に差し替え、先輩後輩の男二人組のバディものを、安藤サクラと山田涼介を起用し、父親違いの姉弟の物語に改変している。
これは慧眼だった。女主人公に変えたところで、大阪弁の丁々発止に不都合はないし、何よりこの設定変更で、映画がバイオレンス一辺倒になることに一定の歯止めがかかる。効用としてはこれが大きい。
この手の映画で男ばかりが主要ポジションをおさえると、監督の前作『ヘルドッグス』と同じアクション最優先の路線になってしまい、新鮮味がない。第一、『勁草』の面白味はそこではないだろうし。
本作では、主演の安藤サクラに加え、警察には班長に江口のり子、新米刑事の田原靖子、賭場を仕切る姉御にサリngROCK、更に天童よしみなど。
要所要所に配した女優陣がそれぞれの個性を発揮し、映画全体としてはバイオレンスと犯罪捜査、そして親兄弟の確執などがいいバランスで絡み合っている。
そのおかげもあって、原田眞人監督の近年の作品の中では、比較的広い層の観客に肩ひじ張らずに楽しめるエンタメ作品に仕上がっているように思う。
オレ詐欺三塁コーチの奮闘
映画は冒頭、ターゲットの女性に520万円を銀行から引き出させ、それを受け子に渡す段取りを主人公の橋岡煉梨(安藤サクラ)がつける。
ネリに指示を飛ばす名簿屋の男・高城(生瀬勝久)が言う。
「この仕事には先発完投型のピッチャーはいらんのや。みんな役割を分担しとる」
彼女はいわば三塁コーチ。標的とケータイで連絡を取る、顔も知らないチームメイトからの情報を得て、別途手配した受け子を標的と接触させる。最後にゴーサインを出すかどうかは、ネリの嗅覚にかかっている。
巧妙に用意されたオレ詐欺の仕組みと、罪の意識なく加担しているバイト感覚の若い女たちが不気味だ。
映画でお馴染み霞が関の警視庁本部ではなく、大阪府警の本庁舎。オレ詐欺捜査の中心には佐竹刑事、演じるのは『燃えよ剣』以来、原田監督作品常連の吉原光夫。
受け子が大金を手にするのかどうか、大阪の街並みを歩き、受け渡しの接触を待つ標的。通行人がみな怪しい人物にみえてしまう。このシーンは、『ヒート』のデ・ニーロとアル・パチーノの出会いを思わせる高揚感。
◇
ネリ役の安藤サクラもやがて登場する前科者の弟・ジョー役の山田涼介も、ともに関西人ではないが素人の耳には違和感がない。いずれにしても、それを上書きするような強烈な濃度と速度の大阪弁を生瀬勝久が自在に操ってくるので、まったくもって問題ない。
原田組の役者たち
ジョーが姉を連れて訪れる闇の賭場が、「かつて映画のオープンセットだった建屋です。新選組とかで」なんて台詞もあり、おいおい、『燃えよ剣』の沖田総司(山田涼介)じゃねえかよと、ツッコみたくなる。
このセットで撮る賭場のシーンの本物感はたまらない。全編を通じて、画面から伝わってくる現実感と空間の広がりの良さは、いかにも原田眞人監督作品らしくて気持ちよい。
かつては高城(生瀬勝久)の金庫番で今は老いぼれた曼荼羅を演じる宇崎竜童をはじめ、受け子を手伝う教授(通称)役の大場泰正や山村憲之介など、随所で原田組の俳優たちがいい仕事をしている。
それにジョーが鉄砲玉として銃を持って向かったアジトには、なんと原田組に欠かせないあの人まで友情出演!
原作の<勁草>という言葉は、自分たちのように踏まれても死なない雑草のような強い存在だという趣旨の台詞を劇中でネリが語る。
<BADLANDS>というタイトルは、彼女たちが根城にするプールバーの店名だ。元ネタは米国国立公園の名にもなっている、スー族のいう「荒れ地」だろうか。
店主(鴨鈴女)がなぜミネソタのプロスポーツチーム好きなのかと悩んだが、プールバーがポール・ニューマンの『ハスラー』のオマージュであり、その適役のミネソタ・ファッツに因んでいるのだそうだ。そこまでは考えが及ばなかった。
さて、『万引き家族』どころか、今ではオレ詐欺の三塁コーチで暗躍する安藤サクラ扮するネリ。500億ドルの男と言われる暗号資産の長者ゴヤ(淵上泰史)の性奴隷となっていたが、そこから失踪し、いまでは高城に匿われて裏稼業を続けている。
そこに転がり込んできた弟のジョーが、勝手気ままに暴れ回った結果、ネリは弟か高城かを選択する羽目になる。こうして転がり込んできた3億円の資産だが、問題はどうやって銀行口座から引き出すか。そこから事件は傷を広げていく。
レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意ください。
原田眞人監督が長年温めてきた企画だけあって、細かいところまで考えられているし、伏線の回収も小気味よく決まる。
- BADLANDSのカウンターで、コーヒーに砂糖を最後の一粒まで丁寧にかき混ぜる姉弟の仕草とその意味。
- アルコール度数の極めて高いスピリタスを好んでショットグラスで飲み干す高城に、火に気を付けるように言葉を添えるネリ。
- そして月曜日になると巫女姿で西成の町を駆けまわる、ちょっと頭のネジが緩んだ若い娘(音楽も担当している土屋玲子)。
終盤は前半にバラまいたいくつかの小ネタを手際よく回収しながら、クライム・サスペンスはズンズンと突き進んでいく。
警察上層部を忖度した上司からの指示で、高城には迂闊にさわれなくなった刑事たち。それならば、オレ詐欺の実行犯のしっぽをつかまえて、上司が文句を言えない位に確実な線から、この男にたどり着けないか。
はたして、刑事たちの捜査線上に姉弟が浮かび上がるか。ネリとジョーは逃げ切れるのか。
「ゴヤはおれがとったる」
ひらがなだらけの置き手紙が泣かせるぜ。立つんだ矢代ジョー。
あえて不満を並べるなら、ゴヤにまつわるエピソードがやや浮いていて、大阪サイドの本編といまひとつマッチしていなかったこと、サリngROCKは存在感バッチリだったが暗号資産がらみの終盤のやりとりが少々迫力に欠けたことぐらいか(PC画面を見せないのは手抜き)。
藤島ジュリーK.の名前をエンドタイトルでみると複雑な心境がよぎる時期に公開となったが、そんなモヤモヤは吹っ飛ばしてくれる、元気のよい作品。燃え尽きたぜ、とっつぁん。