『さらば愛しきアウトロー』
The Old Man & the Gun
ロバート・レッドフォードが老いてなお洒脱な銀行強盗の紳士を演じる最後の主演作。
公開:2018 年 時間:93分
製作国:アメリカ
スタッフ 監督・脚本: デヴィッド・ロウリー キャスト フォレスト・タッカー: ロバート・レッドフォード ジョン・ハント刑事:ケイシー・アフレック ジュエル: シシー・スペイセク テディ・グリーン: ダニー・グローヴァー ウォラー: トム・ウェイツ モーリン(ジョンの妻): ティカ・サンプター ドロシー(タッカーの娘): エリザベス・モス
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
1980年代初頭のアメリカ。ポケットに入れた拳銃をチラリと見せるだけで、微笑みながら誰ひとり傷つけず、目的を遂げる銀行強盗がいた。
彼の名はフォレスト・タッカー(ロバート・レッドフォード)、74歳。被害者のはずの銀行の窓口係や支店長は彼のことを、「紳士だった」「礼儀正しかった」と口々に誉めそやす。
事件を担当することになったジョン・ハント刑事(ケイシー・アフレック)も、追いかければ追いかけるほどフォレストの生き方に魅了されていく。彼が堅気ではないと感じながらも、心を奪われてしまった恋人(シシー・スペイセク)もいた。
そんな中、フォレストは仲間のテディ(ダニー・グローヴァー)とウォラー(トム・ウェイツ)と共に、かつてないデカいヤマを計画し、まんまと成功させる。だが、<黄昏ギャング>と大々的に報道されたために、予想もしなかった危機にさらされる。
今更レビュー(ネタバレあり)
レッドフォード最後の主演作
ロバート・レッドフォードが俳優引退作と公言している最後の主演作。その一言に尽きる。
冒頭、テキサスの銀行の店頭で窓口の女性行員に銃を見せ、金銭を要求している男。フォレスト・タッカー。脅かすでもなく、まして傷つけるでもなく、実にスマートな強盗のやり口。余裕ありまくりのニヒルな微笑。
ああ、これだよ、何歳になっても、永遠の憧れであるアメリカン・ニューシネマのスター、ロバート・レッドフォード。冒頭5分ですでに観ている方が笑みをこぼしてしまうワクワク展開。
タイトルロゴさえ、どこか『明日に向って撃て!』を思わせるフォント使用ではないか(あ、”Butch Cassidy and the Sundance Kid”の方のデザインね、当然)。
レッドフォードの引退作にこれ以上ふさわしい作品があろうか。神出鬼没の銀行強盗だが、紳士で、プレイボーイで、人は殺さない老人の主人公を演じる。
このフォレスト・タッカーなる人物は実在の人物がモデルらしいが、いかにも洒脱で陽気で、レッドフォードにふさわしい。『華麗なるギャツビー』に代表される優等生キャラではなく、『明日に向って撃て!』や『スティング』の流れを汲む、憎めない悪党キャラ。
老人と銃
監督はデヴィッド・ロウリー。『A GHOST STORY ア・ゴースト・ストーリー』や『グリーン・ナイト』といった、難解で暗めな芸術路線とは一線を画す、『セインツ -約束の果て-』系の脚本・演出が本作にはうまくハマっている。何よりレッドフォード愛に満ちているのが嬉しい。
フォレスト・タッカーは御年74歳。次々と銀行強盗を繰り返したり、長年組んでいる強盗仲間のテディ(ダニー・グローヴァー)とウォラー(トム・ウェイツ)と共に、<黄昏ギャング>として大きな仕事をしたり。
『老人と海』ならぬ ” The Old Man & the Gun”という原題もいいし、『さらば愛しきアウトロー』なる邦題も悪くない。そして、この老人ギャングのフォレストは、老いぼれていないところがとても良い。
この手の話は、かつてのアウトローの老後を描き、今じゃすっかり人間が丸くなって、悪さもせず、説教臭い頑固オヤジになってという展開になりがちだ。それはもう、クリント・イーストウッドが特許を押さえているようなものだ。
だが、われらがレッドフォードは我が道をいく。見かけはともかく、中身は昔のままだ。
キザな台詞が鼻につかない
強盗でカネを奪っては逃亡中に追っ手の目をそらすためにクルマを修理する未亡人女性ジュエル(シシー・スペイセク)に近づく。
警察から逃れたら、ハイさよならではなく、そのまま親しい仲になってしまうのだから、何とも鮮やかなお手並み。
「ボクの仕事は内緒だ。話したら、もう会えなくなってしまうよ」
ああ、キザな台詞が鼻につかないところも、昔のままだよ、サンダンス・キッド。補聴器さえも、どこかお洒落にみえる。
ジュエルは何度かフォレストと会ううちに、どこか正体を怪しみながらも、この謎めいた紳士に惹かれていく。ともに過去に結婚はしていたものの、今は独り身。老いらくの恋の描き方が、あっさり目で安心できる。
『夜が明けるまで』(2017)のロバート・レッドフォードとジェーン・フォンダの恋路は、美しく描かれてはいたものの、正直、あまりに生々しいベッドシーンなどは遠慮したい。
まして、女性にイニシアチブを取られて情けない感じのレッドフォードなど、観る方としては願い下げだ。だから、本作のように、ほんのり甘い恋愛の距離感が、丁度いい。
シシー・スペイセクは、今でも『キャリー』(1976)の頃の悲惨な目に遭う女の子イメージがよぎってしまい、今回も不幸に見舞われないかヒヤヒヤする。
刑事ジョン・ハント 捜索者
さて、犯罪者のドラマである以上、当然警察が登場する。デヴィッド・ロウリー監督作品の常連ケイシー・アフレックが演じるジョン・ハント刑事。
妻子持ちで、子供と一緒に銀行にいるところに、強盗を実践中のフォレストと出くわす。だが、気づいた時には後の祭り。目の前で取り逃がす羽目に。
その後、ジョンたちは何件も強盗を繰り返すフォレストに翻弄され、ついにFBIに仕事を奪われる始末。優秀なのかダメ刑事なのか、判然としないこのジョン刑事に、煮え切らない感じのケイシー・アフレックが似合っている。
銃は持っているが、チラ見せだけでけして発砲せず、銀行の支店長や窓口係にも紳士的でなぜか評判のよいフォレスト。16回も脱獄を繰り返した驚異的な人物でもある。もっと楽に生きられるのに、楽しく生きる方を選ぶ。
そんなフォレストにジョン刑事も惹かれていく。自分で手錠をかけたかった。だから、FBIが彼を逮捕したときには、寂しい表情をみせる。
フォレストがルパン三世なら、ジョン刑事は銭形警部のような関係。そう思うと、邦題さえ、名エピソード『さらば愛しきルパンよ』由来ではないかと思えてきてしまう。
華麗なる引退試合
愛すべき作品だが、いくつか首をひねりたくなる点もある。
- フォレストがジュエルに高価なブレスレットをプレゼントしようと一緒に宝石店に入る。彼女の腕に試着させたまま、二人で店を出て歩いていく。気が変わって戻ってはくるが、店員が誰も追いかけてこないのは考えにくい。
- ダイナーでジョン刑事を見かけたフォレストが、一般人を装ってトイレで彼に話しかける。ジョンは彼の正体を見抜くが、そこでは逮捕しない。これは捜査権をFBIに奪われたからなのか、わざと泳がせたのか。
- 結局逮捕されたフォレストは、ジュエルの教えを守って17回目の脱獄をせずに、刑期を終えて出所する。だが、見た目は逮捕時と変わらない。傷害なしの強盗なら、何回繰り返しても、懲役はそんなに短いものなのか。16回脱獄した罪だってあるだろうに。
とまあ、ツッコミどころはあるが、最後の主演作ということなら、気にはならない。こういう花道があるのはいい。レッドフォードらしく、明るくハッピーな作品というのもいい。
日本では、田村正和の晩年の引き際が見事だったのが記憶に新しい。あれが銀幕の大スターの美学なのだろう。
ロバート・レッドフォードが、有言実行で俳優を本当に引退するのかは定かでないが、本場ハリウッドの銀幕の大スターはどのような引き際を見せるのか。とりあえず、引退試合は見事な大活躍だったといっておこう。