『すずめの戸締まり』
行ってきます。おかえりなさい。
公開:2022 年 時間:122分
製作国:日本
スタッフ 監督・脚本: 新海誠 声優 岩戸鈴芽: 原菜乃華 宗像草太: 松村北斗 (SixTONES) ダイジン: 山根あん 岩戸環: 深津絵里 岡部稔: 染谷将太 芹澤朋也: 神木隆之介 二ノ宮ルミ: 伊藤沙莉 海部千果: 花瀬琴音 岩戸椿芽: 花澤香菜 宗像羊朗: 松本白鸚
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
九州で暮らす17歳の岩戸鈴芽は、扉を探しているという旅の青年・宗像草太と出会う。
彼の後を追って山中の廃墟にたどり着いたすずめは、そこだけ崩壊から取り残されたかのようにたたずむ古びた扉を見つけ、引き寄せられるようにその扉に手を伸ばす。
やがて、日本各地で次々と扉が開き始める。扉の向こう側からは災いがやって来るため、すずめは扉を閉める「戸締りの旅」に出ることに。数々の驚きや困難に見舞われながらも前へと進み続けるすずめだったが…。
一気通貫レビュー(ネタバレあり)
抗えない自然災害との共生
『君の名は。』では彗星、『天気の子』では長雨、そして本作では地震と、自然災害を取り扱ってきた新海誠監督。
人の手では抗いようもない災いではあるが、神の力を借りることで、そこに希望を見出そうとするアプローチも各作品に通底する。
◇
主人公は宮崎の海沿いの町で伯母と二人暮らしの女子高生・すずめ。ある朝・長髪のイケメン青年・草太と出会う。
彼は日本全国で廃墟を訪ねては、そこに現れる謎の扉を閉める<閉じ師>の一族の末裔。扉を閉めないと、そこからミミズと呼ばれる巨大な存在が空に伸びていき、それが地上に到達すると震災が起きる。
ミミズたちが活発に動き始めたのは、すずめが誤って彼らを封印していた要石をはずしてしまったから。そして要石は<ダイジン>と呼ばれる化け猫に姿を変え、それを捕えようとする草太は、子供用の椅子の姿に変えられてしまう。
人間の姿に戻るために、そして猫を要石に戻すために、椅子になった草太とすずめは全国を放浪するダイジンを追いかける。旅の途中、各地で暴れるミミズを抑え込み、扉を閉める<戸締まり>の仕事を続けながら。
東日本大震災という題材
劇場予告編だけでは、『不思議の国のアリス』よろしく、ヒロインが猫を追いかけて異世界に行くファンタジーの要素がもっと濃厚なのかと思った。
だが、震災という題材に加え、宮崎から愛媛、神戸そして東京と舞台を変えながら精緻に実際の商品や看板などの風景を絵の中に採り入れるお馴染みの作風のおかげで、物語は意外と現実社会との乖離を感じさせない。
ダイナミックに空や雲を描きだす新海誠の代名詞ともいえる特徴的な風景の美しさも、これまでの水準から、更なる高みに到達したかのように感じられる。
「新海誠監督、集大成にして最高傑作」
そうなのかもしれないが、恥ずかし気もなくこういうキャッチコピーで売り出してしまう製作側のセンスには首をかしげたくなる。興行収入を稼ぎたいのは分かるが、本作は内容的にも、もう少し謙虚に紹介するのが似合う作品だ。
東日本大震災をこのような形で正面から描く、それもエンタメ作品として。この取り組みには新海誠監督自身も葛藤があったようだ。
東日本大震災に限らず、各地の震災で被災された方やそのご家族の方など、人それぞれ受け止め方が異なるので軽々には論じられないが、私には本作が震災を不謹慎に扱っているようには見えなかった。
それに、実写の世界での東日本大震災の描き方は悲劇から喜劇まで千差万別だ。大ヒットアニメだけが目の敵にされるべきではない。
椅子と化け猫とわたし
魔法で獣の姿に変えられた王子が最後に好青年に戻るのはディズニーの『美女と野獣』だが、本作では子供の椅子というのがユニークだ。
コロナ禍のステイホームの閉塞感を意識したというだけあって、確かに椅子は動きがもどかしい。オムニバス映画『TOKYO!』(2008)の中のミシェル・ゴンドリー監督の短編に、主人公が椅子になっちゃう話があったのを思い出した。
猫の<ダイジン>のキャラデザインは、個人的にはあまり好きになれず。もっと猫っぽくしてほしいのに。まあ『バズ・ライトイヤー』(2022)の猫型ロボットよりはなんぼかマシか。
椅子になってしまった草太の大学の友人・芹澤のカーステや、神戸のスナックのカラオケでベタな懐メロが流れまくるのはどういう狙いなのだろう。
若者には新鮮なのかもしれないが、当時を知る者にはあまりにベタすぎて照れくさい。どうせなら、もう少し通好みな選曲が良かった。
芹澤の赤いオープンカーは小説ではBMWらしいけど、映画ではどうみてもアルファロメオっぽい。屋根の開閉機能が壊れているんだから、イタ車なんだろうけど。ナンバープレートがたしか「630」だったから、アルファ630なのかも。
女性が愛する人のために戦うのが新海流
「君が扉を閉めろ!」とか「お返し申す!」とか、大声で叫ぶ決めの台詞ばかりが目立つ劇場予告に、シラケてしまいそうな不安を感じていたのだが、本編ではちゃんと物語に溶けこんでいて違和感がなかった。
過去作ではRADWIMPSの歌と映像とのコラボ感抜群の劇中曲が印象的だったが、本作ではあえてそれを排除しているのも好感。その分、エンディング曲が引き立つし。
すずめは、人々を震災から守るために要石になってしまった草太を救い出すために、自ら危険を顧みず常世(死者の赴く世界)に飛び込む。
宮崎アニメでは『未来少年コナン』や『天空の城ラピュタ』の少年パズーがヒロインを勇敢に守ったが、新海アニメでは、女性主人公が愛する人のために戦うのだ。
「すずめはこの先、ちゃんと大きくなるの。今は真っ暗闇かもしれないけど、いつか必ず朝が来る。未来なんて怖くないよ!」
終盤に出てくるこの台詞こそ、新海誠が多くの作品で伝えている「大丈夫だよ」というキーメッセージだ。その台詞に説得力と重みを持たせるために、二時間の冒険譚が描かれている。
◇
東日本大震災をなかったことにはできないが、かすかな希望と勇気を与えて、映画は幕を閉じる。さあ、新海誠監督は次にどんな高みを我々に見せてくれるのだろう。今から待ち遠しい。