『X エックス』
X
80年代ホラーにオマージュを捧げるエグい系の正統派ホラー。本作から三部作が始まる構想あり。
公開:2022 年 時間:105分
製作国:アメリカ
スタッフ 監督: タイ・ウェスト キャスト マキシーン: ミア・ゴス パール: ミア・ゴス(二役) ロレイン: ジェナ・オルテガ ウェイン: マーティン・ヘンダーソン ボビー=リン: ブリタニー・スノウ ジャクソン: スコット・メスカディ RJ: オーウェン・キャンベル ハワード: スティーヴン・ユーレ
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
ポイント
- これは拾い物の傑作ホラー。1970~80年代のホラー愛を感じさせつつ、しっかり三部作構想まで持っているところなど、タイ・ウェスト監督なかなか手練れである。しっかりとストーリーもカット割りもこだわっているが、素直に怖がって盛り上がるべし。
あらすじ
1979年、テキサス。女優のマキシーンとそのマネージャーで敏腕プロデューサーのウェイン、ブロンド女優のボビー=リンとベトナム帰還兵で俳優のジャクソン、そして自主映画監督の学生RJと、その彼女で録音担当の学生ロレインの3組のカップルは、映画撮影のために借りた田舎の農場へ向かう。
彼らが撮影する映画のタイトルは「農場の娘たち」。この映画でドル箱を狙う――。6人の野心はむきだしだ。
そんな彼らを農場で待ち受けたのは、みすぼらしい老人のハワードだった。彼らを宿泊場所として提供した納屋へ案内する。一方、マキシーンは、母屋の窓ガラスからこちらを見つめるハワードの妻である老婆パールと目があってしまう。
レビュー(まずはネタバレなし)
A24製作の正統派ホラー
『X』という記憶に残りにくいタイトルには感心しないし、損をしている。だが、1970~80年代のホラー映画の雰囲気をあちこちに漂わせ、どこか懐かしさを感じさせながら、ツボを押さえた逸品である。
監督はホラー映画を多く手掛けているタイ・ウェスト。製作は奇妙な映画を一手に担うA24。
◇
A24とはいっても、例えば『LAMB/ラム』(ヴァルディマル・ヨハンソン監督)や『ライトハウス』(ロバート・エガース監督)、『MEN 同じ顔の男たち』(アレックス・ガーランド監督)といった、意味不明な難解ホラーとは一線を画す。
『ミッドサマー』(アリ・アスター監督)のような、不快指数は満点だけどしっかり一本筋の通ったストーリーがあるホラーといえば、伝わるだろうか。このジャンルは怖けりゃそれで満足だという人にはどうでもいい話かもしれないが。
冒頭、真四角に近いような画面サイズでテキサスの田舎町の農家が映し出される。
『ライトハウス』と同様に、閉塞感をねらったのかと思うと、すぐに画面サイズは横長に広がる。何のことはない、暗い家の中から、カメラが外に出たことで、左右の暗闇がなくなっただけなのだ。ここは面白い演出。
農家の中や周囲には、いくつもの死体が転がっている。一体、この惨劇の正体はなにか。保安官たちは頭をひねる。
惨劇の館に向かう三組のカップル
そして物語は24時間前に戻る。登場するのは、「農場の娘たち」なるポルノ映画を撮って大儲けしようと企む撮影隊の三組のカップル。
まずは、スターを夢みるストリッパー兼女優のマキシーン(ミア・ゴス)と、そのマネージャーで敏腕プロデューサーのウェイン(マーティン・ヘンダーソン)。
続いて、ブロンドの女優ボビー=リン(ブリタニー・スノウ)とベトナム帰還兵で精力絶倫の男優ジャクソン(スコット・メスカディ)。
そしてゴダールを愛する映画監督の学生RJ(オーウェン・キャンベル)と、録音担当の女学生ロレイン(ジェナ・オルテガ)。
◇
トップレス姿でご機嫌にクルマをロケ地に走らせるが、途中の道路では運搬中の交通事故で轢死した多数の牛の死骸に遭遇。時折インサートされる、インチキ臭い伝道師が神の存在を聴衆に訴えるテレビ画像も意味ありげで不気味だ。
そしてロケ用に予め借りていた農家では、その貸主の老人ハワード(スティーヴン・ユーレ)が「よそ者は信じられん」と猟銃を向けてくる。何とも不吉な雰囲気濃厚な中で、彼らはポルノ映画を撮り始める。
人生100年時代の悲哀
この気骨ある退役軍人のご老体ハワードと、なかなか表舞台に出てこない妻のパールの仲睦まじい老夫婦が、本作の影の主役といってよい。
公式サイトにもデカデカと載せているのでネタバレではないと思うが、この二人は史上最高齢の殺人夫婦なのである。これで物語の展開はあらかた見えてきた。
◇
ただ、本作はこの恐ろしい夫婦に撮影隊メンバーが一人ずつ襲われていくだけの、単純な「惨劇の館」系ストーリーとは一味違う。
ポルノ映画を撮っているので、ベッドシーンの撮影が中心になるのだが、それを遠くから覗き見ている老女パールが、若く美しかった自分を思い出し、身体が熱くなってしまうのだ。
火照る身体をどうにかしてと夫に求めるパールに対し、「心臓が無理だ」と期待に応えられずにいるハワード。これを特殊メイクで超高齢になっている二人で演じるわけで、何とも切ない話になってくる。
人生100年時代には、こういう夫婦の悲哀も、絵空事ではないのだろう。だが、撮影で繰り広げられる若い男女のもつれ合いにパールは刺激され、ついに悲劇は始まる。
レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意ください。
随所に演出が冴える
「私を見て。彼女を見るときみたいに。私もすごいのよ」
恋人のロレインと喧嘩別れして帰路につこうとしていた学生監督のRJに老女パールが路上キスで迫ってくる。これは怖い。だが、突き放した途端に、パールがRJを刺し殺す。まず一人目。
ここから一人ずつ殺られていく。パールに殺される者もいれば、妻を刺激しやがってと、夫に殺される者もいる。あっさり死ぬ者も、痛々しく正視できない死に方をする者もいる。バラエティに富み、また編集も冴える。
殺人に直接絡まないが、湖で裸になって泳ぐマキシーンと、彼女の背後から近づく巨大ワニの姿を真上からのカメラがとらえる。ギリギリのところで無事に陸に上がるカット割りは秀逸だ。しかも本人はワニの存在に気づいていないところがいい。
初めてマキシーンと老女パールが出会う場面と、撮影中のボビー=リンとジャクソンが親しくなるシーンに、同じレモネードを登場させカットバックする。或いは、RJを殺した後にクルマのライトの前で得意の歌と踊りを披露するパールなど、実に心憎い演出も多い。
キャスティングについて
マキシーン役のミア・ゴスは『サスペリア』、ボビー=リン役のブリタニー・スノウは『プロムナイト』と、それぞれ名作ホラーのリメイク作の出演女優。
『ピッチ・パーフェクト』で知られるブリタニー・スノウをビッチ呼ばわりして殺すのは、ダジャレなのかね。
ロレイン役のジェナ・オルテガは『スクリーム』シリーズの常連だけあって、本作での大迫力絶叫カットがポスタービジュアルに使われるのも納得。あの恐怖の表情はキューブリック監督の傑作モダン・ホラー『シャイニング』を彷彿とさせる。もっとも、本作では斧でドア破るのも自分だったけど。
殺人ドミノが始まってから、あれよあれよと生存者の数は減っていき、気が付けば撮影隊はマキシーンただひとり。殺人夫婦の方は、夫ハワードが思わぬ心臓発作で倒れ、結局マキシーンとパールのタイマン勝負。
どちらも未知なる才能(XFACTOR)をもち、ミア・ゴスの一人二役なのだけれど、パールの老けメイクが凄すぎて、とても同一人物とは分からない代物。
そこまでして一人二役にする意味があるのかとも思ったが、これは三部作を通じてみれば、大事なポイントなのかもしれない。
タイ・ウェスト監督には本作から始まる三部作の構想があるのだ。二作目は現在劇場公開中の『Pearl パール』。本作の老女パールが若かりし頃の前日譚であり、そして三作目に『MaXXXine』の製作が予定されている。
当然、パールからマキシーンに繋がる物語なのであろうが、Xの数が三倍になっているではないか。公開が待ち遠しい。