『ミッドサマー』 考察とネタバレ:北欧の平和な村で執り行われる夏至祭の実態。カルト集団を描いたカルト映画

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『ミッドサマー』 
 Midsommer

スウェーデンの秘境の村で開催される異教の儀式。草原に暮らす村人の健康的な明るさや牧歌的な暮らしはホラーではありえない。新ジャンルの怖さにフローレンス・ピューの好演が光る!

公開:2020 年  時間:147分  
製作国:アメリカ

スタッフ 
監督:        アリ・アスター

キャスト
ダニー:    フローレンス・ピュー
クリスチャン:  ジャック・レイナー
ジョシュ:
  ウィリアム・ジャクソン・ハーパー
マーク:     ウィル・ポールター
ペレ:  ヴィルヘルム・ブロングレン
サイモン:   アーチー・マデクウィ
コニー:     エローラ・トルキア


勝手に評点:3.0
(一見の価値はあり)

(C)2019 A24 FILMS LLC. All Rights Reserved.

あらすじ

不慮の事故により家族を失ったダニー(フローレンス・ピュー)は、大学で民俗学を研究する恋人クリスチャン(ジャック・レイナー)や友人たち五人でスウェーデンを訪れた。

彼らの目的は奥地の村ホルガで開催される「90年に一度の祝祭」への参加だった。

太陽が沈むことがないその村は、美しい花々が咲き誇り、やさしい住人たちが陽気に歌い踊る、楽園としか形容できない幸福な場のように思えた。

しかし、そんな幸せな雰囲気に満ちた村に不穏な空気が漂い始め、妄想やトラウマ、不安、そして恐怖により、ダニーの心は次第にかき乱されていく。

レビュー(まずはネタバレなし)

ひと夏のラブ・アフェアーではない?!

この映画には、観る前からすっかりだまされた。

劇場公開時に通勤途上にあるシネコンに貼られたポスターを毎朝目にしていた。フローレンス・ピューの顔がアップのヤツだ。

当時私は、そのポスターとタイトルの印象から、勝手にお気楽なラブストーリーと思い込み、鑑賞リストからはずしていたのだ(でもよく見たら、泣き顔じゃないか)。それが、こんなに奇妙な作品とは想像しなかった。

監督は長編デビュー作『ヘレディタリー 継承』で話題をさらったアリ・アスター。大学生の主人公たちが、友人の留学生ペレ(ヴィルヘルム・ブロングレン)の故郷、スウェーデンはホルガ村の夏至祭へと招かれる。

ミッドサマーというタイトルを、私は勝手にひと夏の恋に絡めて想像したが、原題はスウェーデン語なので、まさにこの夏至祭の意味なのだった。

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こんなに健康的な絵面なのに惨劇が

のどかで魅力的に見えたホルガの村は、古代北欧の異教を信仰するカルト的な共同体であることが次第に分かってくる。何も知らない能天気な若者たちがそのコミューンに土足で入り込み、そして一人ずつ消えていく。

こう書くと、典型的なホラー映画のプロットのようだが、受ける印象はまるで違う。

このホルガの人々は、雄大な大草原の集落で、暖かくまばゆい陽射しのもとで平穏な生活を送っている。みな白い民族衣装を身にまとい、若い娘たちは頭に花の冠。どうにも、健康的で牧歌的すぎる。

ホラー映画といえば、昼は平和でも夜になれば血みどろの惨劇となるのが通例だが、ここはスウェーデン、白夜で闇は訪れないのだ。

だから、白昼堂々に悲劇が起きる。そしてホルガの人々も、何の邪心も罪の意識もなく、古くからの教えに従って生きているだけ。これらが、本作をユニークな作品に仕立てている。

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フェスティバル・スリラーというらしい

90年ぶりの9日間かけての夏至祭の祭典。それが、厳格に決められた式次第に従って、運営されていく。製作者はこれをホラーではなく、フェスティバル・スリラーと呼んでいる。

そんなカテゴリーがあるのか知らないが、古くは1973年に『ウィッカーマン』というカルト的な英国映画があり、内容的には近いようだ。2006年にニコラス・ケイジがリメイクしているので、有名なのかもしれない。

本作の主演ダニーを演じるフローレンス・ピュー『ファイティング・ファミリー』の女子プロレスラー役が第一印象なので、格闘系のイメージができてしまった。

だが、『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』での世渡り上手な末っ子も良かったし、本作を含めてまったく異なるキャラ作りは大したものだ。マーベル新作『ブラック・ウィドウ』への大抜擢にも期待が高まる。

レビュー(ここからネタバレ)

ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意願います。

まるっとお見通しだ

白装束をきたカルト集団が人里離れて暮らす集落に入り込む設定。村の人たちが大勢で繰り返す不思議な体操のような動き。

そして家屋の壁には、古くからの言い伝えのようなものが絵に描かれており、それは現在進んでいる儀式と同じもの。

こうした一連の要素をひっくるめて、私が思い出したのは堤幸彦の『TRICK』シリーズだった。さすがにスウェーデン語は出てこないが、阿部寛と仲間由紀恵が現れて謎解きしてくれる錯覚に陥りそうになる。

本作は至る所に伏線ありというが、『TRICK』に比べると、さほど大きなからくりはない。だが、それが欠点というわけではない。

秩序立って執り行われる式典や食事、競技等の様子の端正な美しさや、そこに突如崖の上から身を投げる村人の顔のひしゃげる衝撃的な映像など、本作ならではのこだわりポイントがあるのだ。

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カルト・ムービーならぬカルト集団映画

カルト集団の映画というのは、それなりに存在する。私が思い出すのは、古くは『ローズマリーの赤ちゃん』、近年では『ザ・マスター』『マーサ、あるいはマーシー・メイ』あたりか。

邦画ではどうしても、オウム事件の影響が色濃く、『カナリア』とか『愛のむきだし』とかが頭に浮かぶ。

いずれにも共通するのは、カルト集団はマインドコントロールされた信者たちの隔離社会として描かれ、間違っても明るく楽しいものとして、取り扱われてはいないという点だ。

その意味では、本作でのホルガの人々の描き方は、他とは一線を画していると言える。

彼らは、72歳になったら喜んで崖から飛び降りて神に召されようとするし、夏至祭の生贄として命を捧げることにも躊躇がない。

それは集団催眠状態なのか、真の宗教心なのか、はっきりとは語られない。高価な壺を買わせて信者から有り金をまきあげている訳でもなく、私腹を肥やし若い女を侍らせる独裁者の教祖がいる訳でもない。

彼らは純粋に、儀式のために9人の生贄を求めているだけなのだ(まあ当然違法だけど)。

パニック障害でも勝ち抜きダンス耐久戦

ネタバレといいながら、あまり具体的なことを語っていないが、夏至祭の儀式についてここで詳細に説明しても始まらない。

9日間の儀式につきあって身を委ねるのが正しいアプローチであり、その中で、余所者であるダニーの仲間たちがひとりずつ消えていくのを怖がるのがお作法だ。

当然最後まで生き残るであろうダニーが、途中で参加するメイクイーン(ジャガイモではない)を選出する勝ち抜きダンス大会のような競技で優勝してしまい、村人たちががひれ伏すようになるのも、想定内かもしれない。

ところで、ダニーがパニック障害のような疾患を抱えており、また妹や両親が彼女を残して心中してしまうという凄惨な出来事が冒頭に登場する。

ダニーの不安定な精神状態を強調したかったのかもしれないが、この出来事はインパクトの割に、映画の中では効果を発揮できず浮いていたように思う。

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そして9人の生贄は燃えていく

殺されていく仲間たちには、そうなっても仕方ないようなダメなヤツから同情の余地のあるキャラまで、順繰りに消えていく。

最後に明かされる死体の様子は結構グロく、サイモン(アーチー・マデクウィ)は天井に吊るされ血のワシ(実際にある処刑法らしい)になっている。

木の枝と胴体を生け花のようにアレンジされたマーク(ウィル・ポールター)、そして、内臓を取り出したクマの毛皮に全身をくるまれて、焼かれるのを待つクリスチャン(ジャック・レイナー)

この二人は、まるで『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』木の精グルートとアライグマのロケットのコンビのようで、不謹慎にもにやけてしまう(観ていない方には意味不明でしょうが)。

そう、女王に選ばれたダニーは9人目の生贄を村の者かクリスチャンか選ばなければならず、結局、自分の恋人を神に差し出したのだった。

いくら、村の方針で外部の者との子作りが奨励され、彼がその策略に嵌って村の娘に手を出してしまったにしても、クリスチャンが焼かれてしまったのは少々気の毒ではある。

最後に燃え盛る火を前にダニーは笑うのだが、ちょっと狂気が入っている。

クリスチャンを選ぶ時点で既に平常心を失っているのだろうし、女王になって、何かが覚醒してしまったのかもしれない。ここに、冒頭の精神疾患を結び付けてはいけないと思う。

いやはや、あたりの柔らかいパッケージとハードコアな中身のギャップに萌える。さすがA24、作品にエッジが効いている。