『Pearl パール』考察とネタバレ!あらすじ・評価・感想・解説・レビュー | シネフィリー

『Pearl パール』考察とネタバレ|まるで闇落ちしたオズの魔法使

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『Pearl パール』
Pearl

殺人鬼老夫婦を描いた『X エックス』の前日譚は、まるで『オズの魔法使』のようなダークファンタジー仕立て。

公開:2023 年  時間:102分  
製作国:アメリカ

スタッフ 
監督・脚本:       タイ・ウェスト
脚本:           ミア・ゴス

キャスト
パール:          ミア・ゴス
映写技師:デヴィッド・コレンスウェット
パールの母親ルース: タンディ・ライト
パールの父親:マシュー・サンダーランド
ミッチー: エマ・ジェンキンス=プーロ
ハワード:   アリステア・シーウェル

勝手に評点:2.5
(一見の価値はあり)

(C)2022 ORIGIN PICTURE SHOW LLC. All Rights Reserved.

あらすじ

1918年、テキサス。スクリーンの中で歌い踊る華やかなスターに憧れるパール(ミア・ゴス)は、厳格な母親(タンディ・ライト)と病気の父親(マシュー・サンダーランド)と人里離れた農場で暮らしている。

若くして結婚した夫は戦争へ出征中で、父親の世話と家畜たちの餌やりの毎日に鬱屈とした気持ちを抱えていた。

ある日、父親の薬を買いにでかけた町で、母親に内緒で映画を見たパールは、ますます外の世界へのあこがれを強めていく。

そして、母親から「お前は一生農場から出られない」といさめられたことをきっかけに、抑圧されてきた狂気が暴発する。

レビュー(まずはネタバレなし)

タイ・ウェスト監督とミア・ゴスがタッグを組んだ、いかにもA24製作らしい奇天烈なホラー『X エックス』の前日譚。

前作で主人公たちを恐怖の戦慄に陥れた老婆パールが、ダンススターを夢みる若かりし頃の物語である。それゆえ、タイトルも『Pearlパール』とは単純明快。但し、ホラー映画のプリクエルが同じホラーとは限らない。

どこか『悪魔のいけにえ』といった古典ホラーの雰囲気に満ちた前作に対し、本作はまるで『オズの魔法使』を思わせるファンタジックなビジュアルと色彩。まるでミュージカルと見紛うような予告編に戸惑い、本当に連作なのかと不安になる。

だが、ミア・ゴス嬢演じるパールがポスター等で手にしているのは、ピッチフォークだったりだったり、どうみても凶器となるそれであり、シリアルキラーものであることに間違いはない。

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そこは安心材料なのだが、かといって、前作並みに怖いかと言われると、正直いってかなりショボい。

本作は、パールがどのような経緯から殺人鬼婆に変貌したのか、その若き日を紐解いていくとともに、オズの魔法使がサイコパスになったような世界を独特の映像美で見せるという点で、意欲的な作品だと思う。

その意気や良し。でも怖くはないので、ホラー映画目当ての観客向きではない。

物語としては独立しているし前日譚なので、『X エックス』未見でも理解はできるが、では楽しめるかと言われると微妙。やはり、『X エックス』に度肝を抜かれたあとに本作に遡らないと、満足感(あるとすれば)は得られないと思う。

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さて本作、冒頭は真っ暗な納屋から扉を抜けて屋外に広がるカメラ。前作と同じ導入部分だ。舞台も同じ農家と思われる。

まだ若いパールが、部屋の中で母の服を着て、一人で踊っている。笑顔がこぼれる美しい映像だ。どんな明るく元気な家庭に暮らしているのかと思うと、ここから雰囲気は一転。

「誰が私の服を着ることを許可した?さっさと家事を手伝え」 

ルース(タンディ・ライト)は笑顔ひとつみせず、鬼教官のような怖さだ。そして、父(マシュー・サンダーランド)は重度の病気なのか、車椅子生活で四肢が動かせず、何をするにも家族の世話がいる。

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時は1918年。パールはすでに人妻であったが、夫は出征中であり、彼女は実家で恐ろしい母と病気の父に囲まれながら、息の詰まる生活を送っていた。

彼女は、銀幕のダンススターになってこの家を飛び出すことを夢みて、どうにか毎日を耐えている。

そこに、夫ハワードの妹ミッチー(エマ・ジェンキンス=プーロ)が訪ねてきて、地方巡業のダンスのオーディションが町にくるので、一緒に出ないかとパールを誘う。

パールは、自分にチャンスが巡ってきたと、合格を確信する。

物語の展開だけをみれば、古い時代の田舎町の少女の典型的な青春ムービーである。

こんな田舎で自分の人生を終わらせたくないと切に願っている、可愛いがまだ洗練されていない女の子が、華やかな都会やショービジネスに夢を抱く。

パターンとしては成功も挫折もあるだろうが、恋愛要素は必須。本作でも、パールが映画館で知り合い親しくなる映写技師(デヴィッド・コレンスウェット)とのロマンスがある。

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だが、およそ青春ムービーにはありえない数々の不気味演出。

  1. 笑わない母と動けない父の家族構成
  2. コロナ禍を思わせる、スペイン風邪が猛威を振るう中でマスクと消毒でパンデミックを恐れる時代背景
  3. パールがアヒルをピッチフォークで串刺しにし池のワニのエサに(『Xエックス』にも出るワニ)
  4. オズのようにカカシとダンスはロマンティックなはずが、なぜかキモい
  5. 夜の映画館に会いに来てくれたパールに映写技師が上映してくれるのがブルーフィルムとは?
  6. 施しは受けないわと、母は娘の嫁ぎ先からもらった豚一匹を玄関に放置。やがてそこに蛆が湧く

そんなこんなで、毒親の母がパールにオーディション参加など許すはずがなく、現実を直視せず愚かしい夢を抱く娘を罵倒する。

「お前は一生、農場から出られない」

持っているもので我慢して生きることは、満更不幸なものでもないと、母はパールに説くが、そんなことで彼女には抑えが効かない。さあ、そろそろリミッターが解除されようとしている。

レビュー(ここからネタバレ)

ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意ください。

溜まりに溜まった抑圧が、毒親のひとことでついに暴発してしまう展開。

サイキックパワーはないが、いわば、プロムナイトで豚の血を浴びた『キャリー』状態のパール。まずは母親を焼死させ、父親を刺殺し、更に魔の手は他の人間にも伸びていく。

いろいろな苦労や不満が鬱積したパールが、千載一遇のチャンスとすがりつく地方巡業のオーディションで、一世一代のダンスを披露する。

これまでに見せたことのない輝く笑顔と切れの良いダンス、そして両袖からはダンサーが登場し、背景には花火が上がる。幻想的なひとコマだ。

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彼女のダンスはレベルが高かったが、主催者が求めていたのはブロンドのアメリカ娘。皮肉なことに、選ばれたのは義妹のミッチーだった。大泣きするパール。

終盤、パールはそのミッチーを前にして、戦場に行った夫ハワードに語りたかった心情を吐露する。長台詞を延々と涙ながらに語るシーンは圧巻だ。

それすべて台詞にしちゃったら、映画としてどうなのかという疑念はあるが、熱演に変わりはない。

そこからは、パールが長年あの農家から脱出したいと切望していたこと、富裕な家に育った夫の気まぐれで彼女の夢が踏みにじられたこと、ダンススターになって家を飛び出すことに賭けていたことが伝わってくる。

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彼女は快楽的に人を殺すようなサイコパスのシリアルキラーではなかった。ただ、その思いを実現したいがために、罪悪感なく障害物を排除してしまうのだ。

母が焼死したのは、たまたま暖炉の火がスカートに燃え移ったからであり、父の刺殺は世話をできずに一人残していくのが気の毒だったからだろう。映写技師やミッチーの殺害も、怨恨の線ではなく、スター街道を進むのに邪魔だったからではないか。

『X エックス』では、ドアをぶち破る斧に脅え絶叫したミア・ゴスが、本作では斧を片手に庭を追いかけてくる。

『シャイニング』でいえば、妻(シェリー・デュヴァル)と夫(ジャック・ニコルソン)の両方を演じているようなもので、面白い着想だ。ただ、本作での斧持ちチェイスは、カット割りとしてはまったく怖くなかったのが惜しい。

本作は前日譚である以上、結末は次作に繋がらなければならない。ラストは戦地から無事に戻ってくる夫ハワード(アリステア・シーウェル)。だが、食卓には腐乱死体と化した義父母と蛆のたかる豚肉。これは怖い。

そこにお帰りと笑顔で迎えるパール。エンドロールの間、彼女は延々と作り笑いを続け、しまいには涙を流し始める。これには見ている方も緊張する、我慢大会の様相だ。

こうしてこの農家で、ハワードとパールはふたりで暮らし始めるのだ。そして、すでに撮影は終わっていると言う、三部作の完結編が『MaXXXine』

舞台が1985年のLAというほか、まだ何も手がかりはない。本作の出来不出来は、次作を見極めるまで論じられないのかもしれない。