『いとみち』 考察とネタバレ:おがえりなせえませ、ごすずん様!

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『いとみち』 

横浜聡子監督に津軽弁の映画は想定内だけど、今回はなんとメイド喫茶に津軽三味線のコラボ!それも安易なラブコメではなく、不器用な女子高生いとが、みずから道を切り開くほっこりさせる純真な青春ストーリー。

公開:2021 年  時間:116分  
製作国:日本

スタッフ 
監督:     横浜聡子
原作:    越谷オサム
          『いとみち』

キャスト
相馬いと:  駒井蓮
葛西幸子:  黒川芽以
福士智美:  横田真悠
工藤優一郎: 中島歩
相馬耕一:  豊川悦司
ハツヱ:    西川洋子
成田太郎:  古坂大魔王
青木:    宇野祥平
早苗:    ジョナゴールド


勝手に評点:4.0
(オススメ!)

(C)2021「いとみち」製作委員会

あらすじ

青森県弘前市の高校に通う16歳の相馬いと(駒井蓮)は、強烈な津軽弁と人見知りが悩みの種で、大好きなはずの津軽三味線からも遠ざかっていた。

そんな状況をどうにかしたいと考えた彼女は、思い切って青森市のメイドカフェ「津軽メイド珈琲店」でアルバイトを始める。

当初はまごつくものの、祖母のハツヱ(西川洋子)や父の耕一(豊川悦司)、アルバイト先の仲間たちに支えられ、いとは少しずつ前を向いていく。そんな中、津軽メイド珈琲店が廃業の危機に見舞われる。

レビュー(まずはネタバレなし)

わぁ、三味線弾ぐ!

青森県出身の横浜聡子監督が、越谷オサムの同名小説を実写映画化し、津軽を舞台に、メイドカフェで働く人見知りの女子高生いとの奮闘と成長を描いた青春ドラマ。

『俳優 亀岡拓次』以来5年ぶりの映画公開となる横浜聡子監督だが、全編津軽弁でご当地感に溢れる点では、松ケンの『ウルトラミラクルラブストーリー』を思い出すテイスト。

「わぁ、三味線弾ぐ!」というキャッチコピーは、『けいおん!』的にいえば「わたし、ギター弾きます!」という意味だ。

ポスタービジュアルが、メイド服と三味線のミスマッチを前面に出してしまっているので、つい矢口史靖監督『スウィングガールズ』の「ジャズやるべ」路線のコメディか何かと誤解しそうだが、けしてそうではない。

たまたま、そこにメイド服があり、三味線があっただけで、根っこは、不器用な女子高生が自分の居場所をみつける、純然たる青春ストーリーなのだ。

おんがえりなせえませ、ごすずんさま

津軽三味線はなかなかの腕前の女子高生・相馬いと(駒井蓮)が、人見知りでうまく思いが伝えられず周囲に親しい友人もない。

母は幼い頃に他界し、大学教授の父・耕一(豊川悦司)と祖母のハツヱ(西川洋子)と三人暮らし。ひょんなことから、青森駅近くのメイド喫茶でバイトすることになり、新しい世界に飛び込んでいく。

「ひとが歩けば道ができ、道を振り返れば歴史という景色が見えるど言う。わあの歴史はまんだ、どごさも見当たらね

冒頭の歴史の授業でのいとの独白だ。<いとみち>とは三味線を弾く時に爪にできる溝のことらしいが、<津軽メイド珈琲店>の扉を怖々と押したときから、いとにもみちが生まれ始めるのだ

「お帰りなさいませ、ご主人さま」の決まり文句を言おうにも、「お、おんがえりなせえませ、ごすずんさま」になってしまう、いとのディープな津軽弁。

店の人たちはみな標準語も行けるのに、どうも彼女の方言は祖母仕込みのせいか、本格派なのだ。一生懸命自室で練習するいとの姿が、何とも健気で可愛い。

(C)2021「いとみち」製作委員会

津軽弁と三味線とわあ

全編を通じての津軽弁がなんとも温かいし、この映画に欠かせない魅力になっている。原作によれば、私というと<わたす>になってしまい恥ずかしいので、<わあ>でごまかすらしい。

日本語ネイティブでも、字幕なしでは7~8割しか聞き取れていない気がするが、お構いなしに上映していることから、鑑賞上特に支障ないという作り手判断なのだろう。

津軽弁の味わいは、そのまま主演の駒井蓮の魅力に通じている。こんなに津軽弁も三味線もできる若手女優をよく探してきたものだと思っていた。

彼女は青森出身なので、方言はお手の物だろうが、三味線は頑張って会得したものらしい。素人目には巧拙は分かりにくいが、堂に入っている演奏姿は大したものだ。

映画の途中で時折挿入される、三味線の演奏シーン。そのバチの弾け具合と小気味よい重低音が、メイド喫茶を舞台にした、ただの現代劇ではないぞと思い出させてくれる。

途中、破れた三味線の胴皮を職人が張り替えるシーンが出てくるが、あの美しい職人の所作だけで、一本のドキュメンタリーができそうだ。横浜監督は、きっとこれが撮りたくて三味線をわざわざ壊したに違いない

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みんな揃って善人ばかり

いとの父・耕一は、大学で民俗学を教えている。書架には南方熊楠が並び、ゼミ生を呼んでは津軽弁のビデオを聞かせる。だが彼は東京出身なのだ。死んだ妻の実家に祖母を一人残せないといって、実の母子同然に仲良く暮らしている。

その理由の真偽は不明だが、この家の大黒柱としてどっしり構え、いちばん頼もしいのは、津軽三味線の師匠でもある祖母のハツヱなのは、面白い。

トヨエツ演じる父は、何かと高校生の一人娘にうるさそうに見えて、結構放任主義だ。途中、メイド喫茶でのバイトを続けるいとを、固定観念で叱りつけて険悪な関係にはなるが、比較的理解のある親で精神的に安定できる。

(C)2021「いとみち」製作委員会

安心できるのは、いとの家族に限ったことではない。本作の登場人物は、家族を除けばほとんどメイド喫茶の従業員と客に限定されるが、誰も彼も、みんないい人揃いなのである

物語の進行上、時には憎たらしいキャラも必要なのだろうが、たまには全員善人映画も悪くない(メイド喫茶で叩きだされた客は唯一の悪人か)。

津軽メイド珈琲店でメイドの先輩にあたる、<永遠の22歳>のシングルマザー・幸子(黒川芽以)と漫画家志望の智美(横田真悠)

キャバ嬢のように客の指名を熾烈に奪い合う訳でなく、すぐに不慣れな彼女を迎え入れ、時に厳しく、時に優しく、向き合ってくれる。こういうコミュニティを、いとは今まで知らなかったのだ。

幸子の手作りアップルパイは店の主力商品。スッと聞き流していたけど、そうか、津軽だもんね、リンゴでくるか

店長は東京出戻り組の工藤(中島歩)。長身の二枚目でホテルマンのような清潔感。店では執事役に徹し、物腰もソフトな常識人だが、いざとなると行動力に富む。

裏の顔があったらいやだなと思っていたけど、善人のままで一安心。中島歩はどこかで観たことあるぞ…。今泉力哉監督『愛がなんだ』のラストに登場する金持ちイケメンだ! 今回とはまるで違う肉食系キャラだったけど。

そして店のオーナーは、なんと古坂大魔王。役名が成田太郎という時点ですでに遊んでない?でも原作でも名前は太郎。まさか、アップル=ペンのリンゴ繋がりでオファーした訳ではなかろうが、悪ノリなく俳優に徹している点は好感。まったく周囲に浮いていない。

レビュー(ここから若干ネタバレ)

ここから若干ネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意願います。

わぁ、こごで三味線弾けねが?

さて、いとが大都会青森駅に通っては、津軽メイド珈琲店の仲間と楽しくやっていく話なのかと思い始めるころに、唐突に事件は起きる。

勤務先のみんなで楽しく海に出かけたばかりだったのに、そのオーナー成田が、とある容疑で逮捕されてしまうのだ。

違法行為があった割には、成田の善人キャラはが覆っていないのが凄い演出なのだが、とばっちりで、メイド喫茶も来店客は激減し、店長は閉店を決意する。

やっとみつけた居場所と別れを告げなければならなくなるいと。そして、このやすらぎの場を失いたくない気持ちは、店長も同僚の二人も、みんな同じだった。

自分にできることで、何とか力になれないか。そう考えていとは、「わぁ、こごで三味線弾けねが?」と提案するのだ。

いやあ、ようやくメイド喫茶と津軽三味線が繋がった! これは娘のピアノの発表会か何かに参加する父親の心情に近い。もう、何だか分からないが応援モードである。

親友も<りんご娘>という徹底ぶり

ここに至るまでに、実はいとにも学校で親友ができる。同じ列車で通学していた早苗(ジョナゴールド)だ。いつもイヤホンで聴いているのが、弘前出身の<人間椅子>だという。

家出して早苗の家に泊めてもらったいとは、三味線をギターのようにして<人間椅子>を演奏し、彼女を驚かす。狭い部屋をクルクルとカメラが動き回るこのシーンも、熱い。

ちなみに、ジョナゴールドは弘前のダンス・ボーカルユニット<りんご娘>所属。メンバーにはみんなリンゴの品種名が付いているとか。

(C)2021「いとみち」製作委員会

というわけで、あとはお店のステージで、いとの演奏に耳を傾けよう。最後まで流暢に「お帰りなさいませ、ご主人さま」も言えないし、言葉で何かを伝えることは苦手なままかもしれないが、そんないとが、ひとたびバチを持てば、雄弁になる様子がよく分かる。

常連客や身内の客を中心に、観客もみな温かい。この店のほとんどは東京の模倣かもしれないが、そこにいとは、津軽のオリジンをぶつけてきたのだな。

原作も読んでみた!

本作はご当地映画というほど小粒な作品ではないが、郷土愛に満ちている。コマーシャリズムをあまり感じさせないところもいい。

エンドロールで、まったく脈絡のないミュージシャンの主題歌でも流れたら興ざめだったが、いとの演奏の余韻に浸れるよう、音楽が選ばれていたのは嬉しい。

あまりの出来の良さに、あとから越谷オサム原作も読んでみた。

ハツヱを父方ではなく、死んだ母方の祖母に設定したのは、横浜監督のアイデアだそうだ。早くに亡くなったいとの母は映画においては出演箇所こそ少ないが、この土地に生まれ育ち、津軽三味線を弾く女性だったのだ。

この設定変更により、残された家族全員から、それぞれ母・妻・娘として今も心の中の大きな存在であることが一層強調されたように思う。そして、それはラストに深い味わいを残すことにもなる。

原作では、母は喫茶店のバイトで父に見初められたようだ。メイド服も、大股開きで力強く演奏するスタイルも、母と繋がるポイントだったのだ。これはこれで、うまい設定だ。

ちなみに原作ではハツヱはヴァン・ヘイレンを弾きまくるロックな婆さんだった。映画で断念したのは、きっと音楽使用料が高額すぎるのだろう。

ハツヱの津軽弁はなんと原作では記号の羅列で表現され、一言も分からない。と思ったら、巻末に暗号早見表が付いていたので笑った。

最後に、原作ではステージで演奏中にいとの三味線が破れてしまう。ハツヱが耕一に持たせたもう一つの三味線でどうにか事なきを得るのだが、これはラストの盛り上がりに一役買っている。

映画では、横浜監督が修理職人のシーンと天秤にかけて、こっちを不採用にしたのだろうが、このバージョンも観てみたかった気がする。