『菊次郎の夏』
生き別れた母を訪ねて家を出る少年に付きそう不良中年、不思議な二人旅が始まる。
公開:1999 年 時間:121分
製作国:日本
スタッフ 監督・脚本: 北野武 キャスト 菊次郎: ビートたけし 正男: 関口雄介 菊次郎の妻: 岸本加世子 正男の祖母: 吉行和子 あんちゃん: 今村ねずみ バイクの男たち:グレート義太夫 井手らっきょ 変態男: 麿赤兒 正男の母: 大家由祐子 カップルの女: 細川ふみえ カップルの男: 黒須洋壬 ヤクザの幹部: 関根大学
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
ポイント
- 珍しく子供を主役に持ってきているが、泣かせメインではなく、あくまでたけしのギャグ中心に組み立てているところが、この才人らしいところだ。
- 今回はバイオレンス無縁だが、それでも北野映画の濃厚フレーバー。ライトタッチのマルコ少年。久石譲の曲も合う。
あらすじ
夏休みが始まった。しかし正男(関口雄介)には両親がなく、一緒に住むおばあちゃん(吉行和子)もパートで忙しい為、遊んでくれる人が全くいない。
そこでどこか遠くで働く母親の元へ、写真だけを頼りに、絵日記と僅かな小遣いを握りしめて飛び出した。
心配した近所のおばさん(岸本加世子)は、仕事もなく暇を持て余す旦那・菊次郎(ビートたけし)に母親の元まで送り届けるよう命令するが…。
今更レビュー(ネタバレあり)
母を訪ねて二千円
「次の作品は誰でも知っている『母を訪ねて三千里』みたいなスタンダードな物語を、暴力なしの演出で描ききってみたい」
かつてそう語っていた北野武監督のロードムービー。ただし旅をするのはマルコ少年だけではなく、無職のチンピラ中年との二人旅。
◇
北野監督が子供を取り扱うのは、本作が初めてではないか。『キッズ・リターン』(1996)はタイトルと違い、主人公は若者だし。
冒頭から流れてくる久石譲のお馴染みのピアノ曲<Summer>。たけしも出演していたトヨタ・カローラのCMで広く知られるようになった曲だが、7割ギャグで3割ヒューマンドラマの本作の全体トーンを整える役割を果たしてくれ、何だか格調も高まる。
このオジサンみたいになっちまうよ
舞台は浅草。人形焼き屋で働く祖母(吉行和子)と二人暮らしの少年・正男(関口雄介)。学校は夏休みに入り、友だちはみな家族旅行に出かけ、サッカー教室も休みになり、寂しく暇を持て余す。
そんな折、正男は幼い頃に遠くに行ってしまった母の写真と住所を見つける。
◇
祖母に黙って二千円を握りしめ、豊橋まで母に会いに行こうとするが、すぐに近所で中学生にカツアゲされかけ、居合わせた知り合いの気さくなおばさん(岸本加世子)に助けられる。
「あんたたち、そんなことばかりしてると、ここにいるオジサンみたいな大人になっちまうよ」
それが彼女の夫・菊次郎(ビートたけし)。たけしの方はいつものキャラで違和感はないが、夫と遠慮のない罵り合いをする妻役の岸本加世子の下町っぽい気っ風の良さ。
前作『HANA-BI』(1998)では病弱な妻役だったが、今回はいかにも彼女らしく威勢のいい役なのが嬉しい。
そして、彼女が少年に事情を聞くと、祖母に内緒で一人で生き別れの母に会いに行くという。説得に耳を貸さない少年のために、彼女はぷらぷらしている夫を付き添わせる。
こうして、勝手気ままで大人に成りきれていない菊次郎は、9才の少年正男の母親探しの旅に付き合うはめになる。なかば強引なストーリー展開だ。
おばあちゃんにしたって、菊次郎の妻に「うちの人が2~3日どこか連れてってあげるって」と言われるだけで、「あら、いいのかい」と喜んでしまうご都合主義的なリアクション。でも、分かりやすくて潔い。
ギャグ満載の疑似父子旅
さて、頼りない大人と少年との二人旅だ。素直に豊橋に向かうはずもなく、まずは菊次郎がもらった軍資金5万円を競輪で散財し(今は亡き花月園競輪場)、正男から取り上げた2千円で勝負に出る。
少年のビギナーズラックで大穴を当てる。ここから、二人は様々な人と事件に出会いながら旅を続けていく。
◇
正男に競輪選手のコスプレさせて何度も予想を続けさせたり、タクシーの運転手の隙をみて車ごと奪ったり、宿泊したホテルのフロントマンに車を出させたり、ヒッチハイクを強要してトラックドライバーとトラブったり。
この辺はギャグ満載のコント中心の展開で、まじめに豊橋まで旅する気配を見せない菊次郎だが、途中、正男がアブナイおやじ(麿赤兒)にいたずらされそうになるのを助けるあたりから、ようやくヒッチハイクの旅が動き出す。
◇
麿赤兒の起用にも驚いたが、笑いを取りに行くビートきよしや、ちゃんとした演技と上手なジャグリングまで披露する細川ふみえが登場。
最後には、親切なワゴン車のあんちゃん(今村ねずみ)に助けられ、ついに目的地までやってくる。
違う家だったみたいだな
以下、ネタバレになる。本作はユニークなことに、正男の母親(大家由祐子)の家までたどりつくのだが、正男は結局、母と言葉を交わすことはない。
表札の苗字が変わっていることに不安を覚えた菊次郎は、少年を遠ざけ一人で家に近づくと、彼女が夫と娘を送り出すところに出くわす。彼女はいつしか正男を捨てて、ここ豊橋で新しい家庭を築いていたのだ。
◇
菊次郎と正男には気づかず彼女は家に入るが、遠くでそれを見て正男は涙を流す。
菊次郎はとぼけながら「違う家だったみたいだな」と不器用に正男を慰める。彼が初めて見せる、大人の優しさだ。ここまでバカをやってきた男がようやく見せた気遣いだけに、胸に沁みる。
◇
ここまでの道中はふざけてばかりだったので、『母を訪ねて三千里』のように、ようやく母さんのもとに辿り着いた感動は薄い。しかも結局母親は二人に気づかず、一言の台詞もないまま終わるのだ。
だから、本作において、母子再会はクライマックスではない。
はるばる会いにきたら母には別の家庭があった、というパターンはわりと見かける。子供ではないが、『湯を沸かすほどの熱い愛』(中野量太監督)で宮沢りえが生き別れの母親(りりィ)の家を覗き、石を投げたシーンが脳裏に浮かぶ。
大人のバカ騒ぎ
母に捨てられたことを悟る正男に自分の境遇を重ねる菊次郎は、通りがかった黒革ジャンのバイカー二人組(グレート義太夫と井手らっきょ)に、天使の鈴を無理やり譲り受け、正男に渡す。
「お母さんは引っ越した。正男が訪ねてきたらこの鈴を渡すよう言われたんだ。苦しい事や悲しい事があったら、鈴を鳴らすと天使が来て助けてくれるって」
今回のたけし軍団からの出演者はこの二人のようだ。見かけは怖そうなバイカーだが、殿には逆らえず、いいなりで無茶ぶりに応える。
◇
豊橋からの帰りに、二人はあんちゃんに再会し、またバイカーたちとも巡り合う。そしてみんなでキャンプをやり、大人たちがバカな遊びを始める。
この辺の大人の遊戯は北野作品お馴染みの光景だが、本作ではスイカ割りと、だるまさんがころんだ、それにかくれんぼか。みんな真剣に大騒ぎしながら遊んでいるのがいい。『ソナチネ』(1993)の紙相撲には敵わないが。
その他、ホテルのプールサイドで菊次郎と正男が同じアロハ姿で縦に並んで歩くのは『あの夏、いちばん静かな海。』(1991)のサーフボードを挟む二人のようだし、畑の中から大きな葉を傘にして出てくる様子は『3-4X10月』(1990)を彷彿とさせた。
バカ野郎、この野郎
正男に触発されたか、菊次郎も介護施設にいる母親を訪ねてみるが、捨てられた母に再会する勇気もなく、正男のように遠くで眺めるのが精一杯だった。
行きより帰りの方が長いんじゃないかと思えるような展開はロードムービーには珍しい。
◇
口を開けば「バカ野郎、この野郎」ばかりの菊次郎は、品は悪いが、どこか憎めない。背中で泣いてる刺青も、どこか間抜けな図案なのが寂しい。
監督のねらい通り、バイオレンスは確かになかった。誰も撃たれたり、刺されたりはしていない。シーンがかわると登場する絵日記風のカットや、天使の鈴が浮かびあがるメルヘンタッチな演出は、ちょっと作為的過ぎる気がした。
浅草に戻り、別れる二人。正男は天使の羽根のついたリュック(ランドセルっぽい名前だけど)を背負い、天使の鈴を鳴らしながら走る。
ああ、これって冒頭に出てきたシーンだ。あれは旅の後の正男だったか。最後に少年は聞く。
「おじちゃん、名前は?」
「菊次郎だよ、バカ野郎」
照れながら答える。そう、タイトルにもなっている、北野武の父の名からとった主人公の役名は、このラストまで出てきていないのだ。終わり方としては、悪くない。
菊次郎と正男は、やがて寅次郎と満男のような関係になるのだろうか。