『窓辺にて』
今泉力哉監督が稲垣吾郎と初タッグで贈る不倫ドラマは、信じられないほどあっさり目な淡泊さが売り。
公開:2022 年 時間:143分
製作国:日本
スタッフ
監督・脚本: 今泉力哉
キャスト
市川茂巳: 稲垣吾郎
市川紗衣: 中村ゆり
久保留亜: 玉城ティナ
有坂正嗣: 若葉竜也
有坂ゆきの: 志田未来
有坂景: 松本紗瑛
藤沢なつ: 穂志もえか
荒川円: 佐々木詩音
水木優二: 倉悠貴
カワナベ: 斉藤陽一郎
三輪ハル: 松金よね子
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
フリーライターの市川茂巳(稲垣吾郎)は、編集者である妻・紗衣(中村ゆり)が担当している人気若手作家の荒川円(佐々木詩音)と浮気していることに気づいていたが、それを妻に言い出すことができずにいた。
そして茂巳は浮気を知った時に自身の中に芽生えたある感情についても悩んでいた。
ある日、文学賞の授賞式で高校生作家・久保留亜(玉城ティナ)に出会った市川は、彼女の受賞作「ラ・フランス」の内容に惹かれ、その小説のモデルに会わせてもらうことになる
レビュー(まずはネタバレなし)
淡麗甘口な不倫もの
恋愛群像劇の俊英・今泉力哉監督が、初めて稲垣吾郎を主演にオリジナル脚本で臨んだ本作。
夫婦関係にある悩みを抱えるフリーライターの主人公・市川茂巳を稲垣吾郎が演じる。ほとんど地でやっているのではないかと思えるようなナチュラルさと、いかにも吾郎ちゃんが言いそうな台詞回しの数々。
ああ、彼が得意とする低体温系なキャラは、今泉恋愛ワールドと想像以上に相性がよい。市川の友人でスポーツ選手の有坂正嗣を演じる、今泉作品常連の若葉竜也と並んでも、まったく外様な感じがしない。
本作は二組の夫婦の不倫を扱ったドラマであるが、唖然とするほどドロドロした愛憎を感じさせない、サラサラなドライ仕上げだ。今泉力哉監督は前作の『猫は逃げた』(2022)でも不倫を扱っているが、あちらの激しい口論や濡れ場シーンと比べると、こんなに淡泊でいいのかと肩すかしをくう。
その淡泊さは不倫そのものだけでなく、市川の悩みにも関連している。彼は、出版社で編集者をやっている妻の紗衣(中村ゆり)が、担当する若手人気作家の荒川円(佐々木詩音)と浮気していることに気づいている。
だが、それを妻には切り出さない。自分も浮気しているといった魂胆がある訳ではない。妻の不倫に怒りを感じない自分に、ショックを受け考え込んでいるのだ。
不倫ものなのに、こんな淡泊でいい?
今泉監督作品には、恋愛感情をすぐに告白してしまう短絡的な行動派も多い一方で、恋愛温度の低い人物の些細な日常を切り取るものも珍しくない。
傍目には小さく見えても、本人は相当悩んでいる場面設定も多く、自分には恋愛感情が機能しているのか悩む主人公は、その典型例といえる。
この主人公とそれをとりまくドラマの淡泊さに共感できるかが、本作の好き嫌いの分かれ目だろう。
率直にいえば、私は彼の初期の作品に多く見られたような、登場人物たちがそれぞれ恋に盲目的な行動をとり、ウィットに富んでくすりと笑える会話がそれを支えるような群像劇が好きなのだ。だから、本作は少々苦手な部類になる。
最近の作品でいうと、『街の上で』(2021)や『愛なのに』(2022・脚本)は大変楽しく観させてもらったが、『猫は逃げた』(2022)や『かそけきサンカヨウ』(2021)はちょっとソリが合わなかった。
例えば、本作の市川茂巳が、妻の浮気に怒れなかったという設定は、本木雅弘が『永い言い訳』(2015、西川美和監督)で演じた、妻の突然の交通事故死で悲しめなかった男のそれに近いように思う。だが、同作ではこの人物の人間的な成長を描き、最後には激しい感情を取り戻す。
翻って本作は、勿論主人公のいろいろな心情を描いてはいるが、感情をほとばしらせることは最後までない。あくまで、内に秘めたものだ(それを演技で見せるのは立派なのだが)。
◇
表面上は淡泊な会話劇を、固定にしているカメラがじっととらえている。そういう絵が多い143分は、変化に乏しい。そこに深みを感じられると面白いのだろうが、私にはそこまでの域には到達できなかった。
「不倫なんだから、激しく怒れよ」という気持ちが先行してしまう私は、なぜこんなに静かな映画で終われるのかが、理解できない。
二組の夫婦と異分子
本作には二組の不倫夫婦が登場するが、それには直接からまずに、物語を転がしていく役割を担うのが、小説「ラ・フランス」で吉田十三賞を受賞する高校生作家の久保留亜(玉城ティナ)だ。
生意気そうに記者会見で質問者を煙に巻く彼女だが、きちんと小説を読んで質問する茂巳に関心を示し、親しくなっていく。
『惡の華』(井口昇監督)での怪演の強烈な印象いまだ抜けず、玉城ティナなら絶対怖い悪女に変貌すると思っていたが、大人には分からない不思議な言動を繰り返すものの、至ってまともな女子高生だった。本作に登場するパフェや光の指輪といった一連の小技は、すべて彼女が発端だ。
そして二組の夫婦。まずは主人公のフリーライター市川茂巳(稲垣吾郎)と、編集者の紗衣(中村ゆり)の夫婦。表面的には仲の良さそうな二人だが、紗衣は担当する作家・荒川円(佐々木詩音)と深い仲にある。
意図的か知らぬが、夫婦の家の内装が片付きすぎて生活感がなさすぎる。まるでモデルルームだ。この寒々しい居間が、離婚を暗示するかのようだ。
今や、出版業界に携わる夫婦の家でも、書架に本棚がぎっしりという時代ではないのか。(蛇足ながら、帰宅後に洗面所でなくキッチンで手を洗うのが気になったの私だけ?)
茂巳は過去に唯一、昔の恋人の思い出を綴った「STANDARDS」という小説を出しているが、それで燃え尽きてしまったのか、長年書いていない。
紗衣はそのことが不満なのか、荒川に駄作を次々と書かせている。荒川がカラダを求めるだけの若者でなく、茂巳の才能を認め嫉妬している点は、本作に深みを与えている。
中村ゆりは変わらず美しく、今泉作品に似合う顔立ちだ。稲垣吾郎は『ばるぼら』(2020、手塚眞監督)以来の主演だが、自然体なキャラは『半世界』(2019、阪本順治監督)を思わせる。
稲垣吾郎の佇まいは、今泉作品でいうと『かそけきサンカヨウ』の井浦新にとても近いように見える。などと思っていたら、劇中で留亜が米津玄師の「Lemon」が脳内でリフレインする話をしだすので、ますます『アンナチュラル』な雰囲気になってしまった。
もう一方の不倫夫婦は、茂巳の友人で怪我による引退を考え始めたスポーツ選手の有坂正嗣(若葉竜也)と妻のゆきの(志田未来)。二人には小さな娘もいるが、正嗣はタレントの藤沢なつ(穂志もえか)と浮気をしている。
正嗣のためにも、こんな関係はもうやめたいと切り出すなつが「これからはお茶だけ。マックスでも焼肉」という。いかにも今泉力哉らしい名フレーズだ。若葉竜也のいかにも調子のよい浮気男役は、いつもながらうまい。
若葉竜也と同じく今泉組には頻出の穂志もえかと、『街の上で』に続き恋人役というのも、ファンサービスか。
若葉竜也が語る、稲垣吾郎との共演「たたずまいを見て、背筋が伸びる思いだった」 https://t.co/vzAHjxbEWR #窓辺にて #若葉竜也 #稲垣吾郎 #今泉力哉 @madobenitemovie
— 女子SPA! (@joshispa) November 8, 2022
志田未来は今泉作品には初参加と思うが、まあ、さすがの安定感。妻の浮気に怒る感情が起きないと相談に来た茂巳に呆れて、家から追い返すのだが、本作でただひとり、私が共感できたのが彼女だった。
小さな娘を大事にしている風だが、子供が遊んでいる居間で、やれ浮気だ不倫だという話をしてしまうのは、ちょっと無神経な気はした。絶対聞いているよ、あれ。
◇
さて、今泉力哉監督が目指す方向性には、おそらく本作は合致していて、その意味では一つの完成形なのかもしれない。だから、彼のファンを中心に、本作を高く評価するひとは相応にいるようだ。
私が本作を手離しで楽しめなかったのは、彼の軽妙な作風が題材的にもあまり生きていなかったのと、かなり淡泊な展開と固定カメラのたたみかけに、物足りなさを感じてしまったから。相性が合うかは、ぜひ見極めていただきたい。
レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意願います。
食後の後悔もふくめパフェが好き
ほしいものを次々と手に入れ、あっさり手離してしまう、留亜の小説「ラ・フランス」の主人公に茂巳は興味を持つ。そのモデルとなった人物を、留亜は茂巳に紹介してくれる。
一人は留亜のカレシの水木優二(倉悠貴)。ろくに読書もしない金髪のイマドキの若者だが、どこか純情なところが残っている。水木の背中でタンデム走行させてもらい、茂巳は留亜が小説で書いていたように解放的な気分になる。
もう一人は、山荘で隠遁生活する彼女の伯父のカワナベ(わお、斉藤陽一郎!)。「反省する間もなく番組を作り続けるテレビマン稼業に嫌気がさした」という台詞は、ハイペースで作品を撮り続ける今泉力哉監督の自虐ネタか。
喜劇とも悲劇ともつかない味わいは、今泉力哉監督が好んでいるもので、それは本作にもほんのりと出ている。ただ、茂巳が結局どのような気持ちの整理をし、離婚にたどり着いたのか、あまり答えを与えてはくれない。
紗衣(中村ゆり)に別れを切り出された不倫相手の荒川円(佐々木詩音)は、それを題材に新作を書き、高く評価される。だが、荒川は気づく。なぜ、茂巳が紗衣を題材に新作を書かなかったのか。
それは、「書いたら過去になる」からだ。
茂巳は執筆した一作で満足していたし、紗衣との生活を終わらせたくなかった。だが、荒川はその禁を破り、全ては過去となり、みなバラバラになった。
ありがちなドラマならば、ここで茂巳と留亜はくっつくのかもしれない。事実、二人は息のあう関係ではあったけれど、そこを安易に流させないのは好感。だが、モヤモヤ感は残る。
喫茶店にいる茂巳は、ラストで留亜と喧嘩中の恋人・水木と会い、彼にパフェを振舞おうとして、二人分を注文しかけて、結局一人前にする。これってどういう意味だろう。
「今度からは、喫茶店では絶対パフェを頼んでくださいね」という、留亜の頼みは自分だけのものにしておきたい。水木には、復縁した留亜にいつか言ってもらえよという、ちょっとした優越感と悪戯心かな。