『HANA-BI』
ヴェネチア映画祭で金獅子賞を獲得した、世界の北野武監督の描く孤独な刑事の生きざま。
公開:1998 年 時間:103分
製作国:日本
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
凶悪犯の自宅を張り込み中の刑事・西(ビートたけし)は、親友で同僚の堀部(大杉漣)に張り込みを代わってもらい、不治の病で入院中の妻・美幸(岸本加世子)を見舞いに向かう。
しかしその間に堀部は犯人に撃たれ、命は取り留めたものの下半身不随となる。その後、西は犯人を追い詰めるが、自身の失態から後輩の田中(芦川誠)が命を落としてしまう。
罪悪感にさいなまれ辞職した西は、車椅子での生活を送る堀部に画材道具を贈るため、そして余命わずかな美幸との生活資金を工面するため、ヤクザから金を借りる。
今更レビュー(ネタバレあり)
おい、饅頭買って来いよ
ヴェネチア国際映画祭で日本作品として40年ぶりとなる金獅子賞を受賞し、世界のキタノの存在を大きくアピールした作品。
北野武監督は当初『たけし7作目』というタイトルを考えていたらしく、「北野武監督作品 Vol.7」と冒頭に出る。ビートたけしが演じる無表情で寡黙な主人公。サイレンスとバイオレンスが織りなす北野武ならではの映像に、普通ならミスマッチであるはずの久石譲による叙情的なメロディが静かに重なる。
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映画は冒頭、移動中のクルマの後部座席に座る西(ビートたけし)と堀部(大杉漣)。部下が運転している様子が分かる。街道沿いに見える銀行看板が「さくら」「第一勧銀」「三和」「あさひ」と流れていき、20世紀末の時代を感じさせる。
その後の会話により、彼らは刑事で、犯人の張り込みに向かっていることが分かる。そして、病気で入院中の妻を持つ西は、同期の堀部の配慮で仕事を免除され、妻・美幸(岸本加世子)のいる病院に向かう。
どうやら妻の病状は深刻だ。担当医(矢島健一)が言うには、もうなすすべなく、自宅療養を薦められる。だが、そんな折に、西には更にひっ迫した事態が起こる。張り込み中の犯人(薬師寺保栄)に堀部が撃たれてしまうのだ。
刑事に殉職は付きものですよ
本作は、余命いくばくもない愛妻と連れ添いながら、自分が不在だったばっかりに同僚刑事が撃たれてしまったことを自責し、そして転げ落ちるように警察を辞し、ヤクザにカネを借りて生き長らえ、最後に人生に決着をつけようとする男の物語である。
不条理なものに追い込まれていき、最後に大きく花火をあげて散ってしまうような退廃的な人生美学は『ソナチネ』(1993)のようであり、刑事である主人公が過激に暴れる生き様は監督デビュー作の『その男、凶暴につき』(1989)を彷彿とさせる。
凶悪犯に何発も銃弾を撃ち込まれた堀部はそのまま殉職してしまうと思ったが、一命はとりとめる。但し、下半身不随の車椅子生活となり、妻と小さな子供は彼を置いて出ていく(登場シーンはない)。
だが、その後の回想シーンによれば、この犯人の凶弾で、部下の田中刑事(芦川誠)が死んでいる。
病院から現場に駆け戻った西が、中村(寺島進)たちと、地下街で犯人を追い詰める。だが、とびかかった西を振り切った犯人は、覆いかぶさる部下刑事二人に拳銃を乱射する。中村は軽傷だったが、田中は帰らぬ人となる。
この格闘シーンは、カット割りのせいか、キオスクからとびかかるのが西で、撃たれたのが田中だというのが、はじめ良く分からなかった。これはひとえに、私の動体視力のせいだと思うが、おかげで筋書きの把握に若干苦労した。
キャスティングの冴え
本作はいつものように北野作品常連メンバーの出演が中心だが、監督のキャスティングは相変わらず冴えている。凶悪犯の薬師寺保栄は適役だったが、『3-4X10月』(1990)での渡嘉敷勝男起用で、ボクサーは役者に使えると北野監督が実感したからか。
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殉職するまじめな刑事に、いつも頼りない若造役の芦川誠を持ってきたのは裏をかいたのかも。そして、かつて子供を亡くしたショックで失語症になっている、重病で死期が近い妻役に岸本加世子というのも、意外性のある配役だ。健康的で賑やかなイメージの彼女をあえて何も話せない役に据えたことで、ギャップが効果を生んでいる。
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個人的には、スクラップ屋のオヤジの渡辺哲がツボである。このひとは『ソナチネ』でも破天荒な役を演じていたが、本作はさらに自由奔放だ。
ただの荒っぽい男かと思ったが、西がパトランプを物色していると「銀行強盗か?頑張れよ」と応援したり、持ち込まれた盗難車のタクシーをニセ警察車両にするよう転売したり、とにかく楽しい。全体的に重苦しいトーンの本作では貴重なコメディリリーフだ。
笑いとドラマのバランス
さて、元刑事の西がなぜ銀行強盗をするのか。自分のせいで死なせてしまった田中の未亡人(大家由祐子)に生活資金を仕送りし、また車椅子の孤独な生活で自殺未遂を起こした堀部には、絵でも描けと画材道具一式やベレー帽を贈る。
カネが必要になった西は、ヤクザから借金をするが、そのうちに利息も払えなくなっていく。そして、偽装警官になって銀行強盗を決行するのだ。
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銀行を襲撃するまでのくだりは、渡辺哲の効用もあって、どこかコメディタッチである。
スプレー缶でイエローキャブをパトカーに塗装するのは難儀に見えたが、それらしく塗装できる。元タクシー車両ゆえ、後部ドアが自動で開閉するギャグもいい。
強奪したカネでヤクザに借金を返済し、残金で自宅療養の妻を連れて、最後のドライブ旅行というのも、どこか笑える。
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『みんな〜やってるか!』(1994)では本筋を無視したギャグで思いっきりハズシまくったが、今回はうまくチューニングし、ドラマを邪魔しない節度ある笑いに仕立てている。そこはさすが本職。
死に場所を探す映画
前作の『キッズ・リターン』(1996)は、1994年のバイク事故で死に直面した北野武の復帰作であり、事故が作品の世界観に大きな影響を与えている。今までなら死んでいたであろう主人公が、「まだ始まっちゃいねえよ」といいながら、ラストでも元気にしている。
本作においては、北野武監督の以前の死生観に戻ってきたのかもしれない。主人公の西は、最愛の妻も医者に見放され、同僚を自分のせいで不幸にし、人生にケリをつけるべく、死に場所を探しているように見える。
そして皮肉にも、下半身不随となり自殺未遂を起こした堀部は、西の贈った画材で絵を描き始めたことで、次第に生きていこうという力を取り戻していく。
本作をハードボイルドなバイオレンスアクションとして見た場合には、ヤクザ組織の中でただひとり気を吐く強面の男・東条正次(白竜)が西の対戦相手であり、この二人の対決が見せ場として存在してほしい。
だが、面白いことに、東条との勝負は実にあっさりとカタが付く。これを物足らないと感じる人もいるかもしれない。
それにしても、車内で銃撃戦のあったメルセデスが雪山に置かれ、白一色の銀世界で車体の下に血が広がっている絵は息をのむほどに美しい。また、堀部が描いた設定の数々の絵画(実際は北野武自身の作)が作品の世界観に広がりを与える。
「ヤクザの死体、見ましたよ」
西による犯行と気づく後輩刑事の中村(寺島進)が、砂浜で彼に引導を渡す。
「ちょっと待ってくんねえか」
中村に懇願して、妻の美幸と最後のひと時を過ごす西。
「ごめんね」
失語症の美幸が、初めて言葉を発する。肩を抱く西。砂浜では、どこかの少女(実際には、監督の実娘の北野井子)が凧揚げをしている。
『ソナチネ』の人間紙相撲のおかしみと美しさには遠く及ばないが、この凧揚げシーンも印象的ではある。最後には、肩を抱く西夫婦、無邪気に遊ぶ少女を残して、カメラは空にパンする。
そして銃声が二発轟き、誰に向けられたものかは何も語られずに幕を閉じる。北野作品の中でも、屈指の哀しい結末だと思う。