『あげまん』
伊丹十三監督が『マルサの女』シリーズに続いて撮った、男に上昇運を授ける芸者女の物語。
公開:1990 年 時間:118分
製作国:日本
勝手に評点:
(悪くはないけど)
コンテンツ
あらすじ
男にツキをもたらす女 古来人々はそれをアゲマンの女と呼びならわしてきた…。捨て子だったナヨコ(宮本信子)は老夫婦に育てられ、やがて芸者の道に進むことになった。
一人前の芸者となった彼女は、僧侶の多聞院(金田龍之介)に水揚げされる。ナヨコと暮らすようになった多聞院はめきめき出世してゆくがやがて病死。
その後、彼女は銀行のOLとなり、銀行員の鈴木主水(津川雅彦)と愛し合い結ばれるが…。
今更レビュー(ネタバレあり)
お馴染みの女主人公とは異なるキャラ
伊丹十三監督が、『マルサの女』・『マルサの女2』に続いて撮った作品。愛した男にツキをもたらす女を<あげまん>と呼ぶ言い方は、当時流行語になった。
主人公の芸者あがりの女と、彼女に関わる男たちの葛藤を軽快なタッチで綴った本作は、これまでの伊丹十三監督の大進撃の勢いにあやかって相応にヒットしたのだとは思うが、私は内容的にはどうも好きになれない。伊丹監督らしからぬ作品のひとつではないかと思う。
◇
本作は、主演であり監督夫人である宮本信子の小唄の師匠の話を、伊丹十三が聞き着想を得たという。
身近なネタを題材に作品まで昇華させるのは伊丹監督のお家芸だし、それが宮本信子がらみの話という点では『お葬式』とも通底するのかもしれない。
だが、拭えない違和感がある。伊丹監督は、日々の生活で直面している社会問題を実体験に基づいて丁寧に掬い上げ、それを深刻に取り上げるのではなく、エンタテインメント性に富んだ仕上げで魅せる。そういう作風なのだと勝手に思っている。
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その主人公が宮本信子とくれば、たとえ『〇〇〇の女』シリーズには属さずとも、男勝りの大胆な行動や気持ちのいい啖呵を切って、この社会問題に斬りこんでくれることを当然に期待してしまう。
それは、『マルサの女』の国税局査察官・板倉亮子しかり、『タンポポ』のラーメン店主しかりだ。だが、本作の主人公、ナヨコにはそれがない。というか、男への依存度が高すぎるのだ。
男性優位の社会に生きる女
捨て子だったナヨコ(宮本信子)は老夫婦に拾われ、中学生で芸者の置き屋に預けられ、やがて60歳過ぎの坊さん・多聞院(金田龍之介)に見初められ水揚げされる。
芸者の傍らビジネスを学び始めたナヨコだったが、やがて旦那は亡くなり、遺産と家を手に入れ、銀行の頭取秘書になる。運の良さでどんどんと上流社会へとのし上がっていくナヨコ。
気がつけば、ナヨコの周囲には頭取の千々岩(大滝秀治)、そしてその姪の瑛子(石井苗子)の尻に敷かれる好色な支店長・鈴木主水(津川雅彦)と、伊丹作品のお馴染みのメンバーが顔を揃えている。
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ナヨコは<あげまん>なので、彼女と一緒になる男はみんな幸運を手にして出世していく。そして何かのきっかけで彼女と縁が切れると、みるみる没落していく。
そういう展開は分かりやすいし楽しめるのだが、出てくる男どもが揃いも揃ってクズばかりで、だんだん気持ちが荒んでいく。それに追い打ちをかけるように、男性優位のマチズモ社会の描き方が、あまりにベタすぎて、ちょっと引いてしまう。
男たちはどいつもこいつも
小津安二郎の時代の映画にも、この手の描写は多く見られたが、平成になってもまだまだ、こういう女性蔑視の男たちは幅を利かせていたのか。
せめて一人くらいはまともな男が登場してほしかったが、人格者にみえた千々岩頭取も、一見まともに見えたフィクサーの大倉善武(島田正吾)も見掛け倒し。
現職の総理大臣(東野英治郎)と、その後釜を狙う次の総理候補・鶴丸幹事長(北村和夫)、そして次の次の男・犬飼議員(宝田明)に至っては、これが与党の要職かと思うような堕落ぶり。
但し、時の政権をコケにしているという意味では、三谷幸喜の『記憶にございません』より気骨があるといえるかもしれない。
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そして何といっても、ナヨコのハートを一度は射止め、だが出世のために捨てては没落してしまう銀行支店長の鈴木主水、こいつがひどい男。
津川雅彦お得意の、どんな女にも手を出すプレイボーイキャラなのはよいのだが、今回は悪役ではないのだから、少しくらいは感情移入できる余地が欲しいところ。
笑いにするにはネタが重い
ネタバレになるが、自分のこれまでの悪行を棚に上げて、ナヨコが犬飼議員のいるホテルに行って金目当てに抱かれたと誤解してブチ切れるシーンは、あまりに傲慢だ。
しかも、ただの誤解ならともかく、ナヨコは卑劣な犬飼にまんまと手籠めにされてしまっているので、たちが悪い。ここを重たい話にしてしまっているから、この先軽妙にハッピーエンドに持っていくのには無理がある。
そのため、ナヨコがクライマックスのシーンで融資が焦げ付きそうな10億円の現金を回収して現れるシーンも、能天気に笑う気がしない。
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この映画は、ハッピーエンドにしなくて良かったのではないか。
少なくとも、鈴木主水はもっとキチンとした形で、過去の悪行三昧の制裁を下されなければ観る方はスカッとしない。いい加減極まりないこの男に対して、ナヨコは献身的で都合のよい女でありすぎるのだ。これは公開当時でも違和感があるし、今の時代なら猶更受け容れにくい。
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宮本信子と津川雅彦の恋路を描くのであれば、好き勝手な言動で猪突猛進する女と、それに迷惑しながらも最後には惹かれる男という、二人が『スーパーの女』で演じたような関係が、やはり伊丹十三作品らしいのではないかと思ってしまう。
キャスティングについて
助演俳優陣は相変わらず層が厚いが、クズ男ぶりの面白さという点では、宝田明の<次の次の総理>役が一歩抜きんでて面白い。
橋爪功の演じた、結婚相手のマッチングサービスを商売にしている男も怪しげでいい。理想の相手候補の顔写真が、スロットマシンのように回転して現れる演出は秀逸。
それから、頭取のお気に入りの歌舞伎役者・瀬川菊之丞を、いつもは声の大きい加藤善博が終始無言で演じているのも新鮮。
女優陣は何といっても、鈴木主水を尻に引く良家のお嬢、瑛子役の石井苗子が最高にハマっている。
元はキャスターだがMITSUKO名義で本作で女優デビュー。今は泣く子も黙る国会議員か。本作での彼女は見るからにおっかないし、大量の香水を振りまく姿は、見ているだけでくしゃみが出そう。
その他、鈴木主水が手を出す女性陣は、若い娘に『マルサの女2』の洞口依子、カフェの店員に『タンポポ』の南麻衣子、ブティック店主に『お葬式』の高瀬春奈と、いずれも伊丹組の常連で固める。
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以上、まだレビュー未済の伊丹作品は数本あるが、本作は伊丹監督の作品にしては珍しく、私には観終わって爽快感のない作品だった。
本作の英語タイトルは ” Tales of a Golden Geisha” となっているようだが、はたして『あげまん』の由来は伝わるのであろうか。