『ベルファスト』考察とネタバレ!あらすじ・評価・感想・解説・レビュー | シネフィリー

『ベルファスト』考察とネタバレ|答えがひとつなら紛争など起きないのだよ

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『ベルファスト』 
 Belfast

映画・演劇界の才人ケネス・ブラナーが、生まれ育ったベルファストの町を舞台に撮った半自伝的作品。

公開:2022 年  時間:98分  
製作国:イギリス
  

スタッフ  
監督・脚本:    ケネス・ブラナー 

キャスト 
バディ:       ジュード・ヒル 
マー(母親):    カトリーナ・バルフ 
パー(父親):    ジェイミー・ドーナン 
グラニー(祖母):  ジュディ・デンチ 
ポップ(祖父):   キアラン・ハインズ 
ウィル(兄):   ルイス・マカスキー 
ビリー・クラントン:コリン・モーガン 
モイラ:      ララ・マクドネル 
キャサリン:    オリーヴ・テナント

勝手に評点:3.5
   (一見の価値はあり)

(C)2021 Focus Features, LLC.

あらすじ

ベルファストで生まれ育った9歳の少年バディ(ジュード・ヒル)は、家族と友達に囲まれ、映画や音楽を楽しみ、充実した毎日を過ごしていた。笑顔と愛に包まれた日常はバディにとって完璧な世界だった。

しかし、1969年8月15日、プロテスタントの武装集団がカトリック住民への攻撃を始め、穏やかだったバディの世界は突如として悪夢へと変わってしまう。

住民すべてが顔なじみで、ひとつの家族のようだったベルファストは、この日を境に分断され、暴力と隣り合わせの日々の中で、バディと家族たちも故郷を離れるか否かの決断を迫られる。

レビュー(まずはネタバレなし)

ケネス・ブラナーの半自伝的作品

シェイクスピア劇にとどまらず、幅広いジャンルの作品に監督や俳優として活躍をみせるケネス・ブラナーが、幼少期を過ごした北アイルランドはベルファストの町を舞台に描いた自伝的な物語。

とはいえ、自身の子供時代の甘い記憶を振り返るノスタルジックな作品などではない。時代設定の置かれた1969年は、北アイルランドに大きな紛争が勃発した年と重なるからだ。

映画の冒頭では、北アイルランド最大の都市であるベルファストの近代的な街並みが美しく浮かび上がる。世界的に造船で知られる町であり、かのタイタニック号の建造地に建てられた記念館<タイタニック・ベルファスト>が、大型クレーンと並んで映し出される。

ここから色鮮やかな塀をカメラが越えると、その向こうにあるのはモノクロームの街並み。時代は一気に1969年に引き戻される。この繋ぎ方は美しい。

そして、多くの町の人が往来する舗道で遊び回る子供たち。玩具の剣とバケツの蓋の楯を両手に遊び回る主人公の少年バディ(ジュード・ヒル)。近所の大人たちからも気さくに声をかけられ、当時の温かみに溢れた日常生活感が伝わってくる。

(C)2021 Focus Features, LLC.

だが、その郷愁に満ちた一コマは、早くも次の瞬間に瓦解する。目前の街中で、大勢の大人たちが商店に向けて火炎瓶を投げつけたり、クルマごと炎上させたりと、過激な暴動を始める。バディは母親(カトリーナ・バルフ)に救われ、難を逃れたものの、一体なにが起きたのか。

北アイルランド紛争の歴史

ここで少し、北アイルランドの現代史についておさらいしておきたい。予備知識がなくても映画が楽しめないわけではないし、実際私も大した知識もなく映画を観てしまったが、予習しておけばもっと理解が深まったように思うので。

アイルランド島には国境があり、北アイルランドアイルランド共和国(首都ダブリン)に分かれている。

アイルランドは長きにわたりグレートブリテン王国に併合されていたが、イングランド/ブリテンとの連合王国の枠組みを維持すべきとする<ユニオニスト>が力を持つアイルランド島北部6州が北アイルランドとしてイギリス領に残り、自治・独立を標榜する<ナショナリスト>が力を持つ島の残りはアイルランド共和国として1922年に実質的独立を果たしたのだ。

ベルファストのある北アイルランドでは、プロテスタントが多数派の<ユニオニスト>が支配体制を確立し、カトリックは差別的な扱いを受けていた。

そして1960年代に入り、米国の公民権運動に影響され、北アイルランドではカトリックに対する差別撤廃を求める運動が盛り上がる。これがプロテスタントの過激派の過剰反応を呼んだ。

その結果、ベルファストのように両宗派が隣り合って住むような地域では、武装組織や暴徒が相手の家を焼くような紛争と分断が1969年の夏から激化した。それがこの日の出来事なのだ。

バディ少年の家はプロテスタントだが、小学校で同じクラスの気になる女の子キャサリン(オリーヴ・テナント)はの家はカトリック。子供心に宗教を越えた恋に悩む(ああ、だから彼は学校でロミオと呼ばれて冷やかされていたのか)。

(C)2021 Focus Features, LLC.

宗教の違いと対立

「あの暴動は僕らのサイドがやったの?」
心配そうに父親(ジェイミー・ドーナン)に尋ねるバディ。

「サイドなんてものはない」
と答える父親をはじめ、近くに住む祖父母も母も、バディの一家はみな、カトリックを敵視するつもりなど毛頭ない。

だが、過激派のリーダーである旧知のビリー・クラントン(コリン・モーガン)からは父親に組織への協力を強要され、町は日に日に物騒で険悪な状態に陥っていく。

更に、二週間に一度しか家に戻れず出稼ぎ状態の父親は税務署の追徴課税に追われる貧困生活で、これを打破するためにも、新天地への移転を考え始める。

優しい家族や祖父母、仲の良い友達に囲まれ、大好きな映画や音楽を楽しみ、充実した毎日を過ごしていたバディ。そこに突然たちこめる暗雲。バディだけでなく、彼の両親もこのベルファストに生まれ育ち、どの家に住むひとも顔なじみ。この町からは、離れたくはない。

(C)2021 Focus Features, LLC.

厳しい現実の世界はモノクロでシャープに映し出され、そこから逃避する映画や演劇の世界のみが総天然色で描かれる。

映画はラクウェル・ウェルチの水着姿が眩しい『恐竜100万年』、つい一緒に日本語で歌ってしまう『チキ・チキ・バン・バン』、そして舞台は『クリスマス・キャロル』。テレビで観ていたのはジョン・ウェイン『リバティ・バランスを射った男』か。

ケネス・ブラナーの少年時代の思い入れのアイテムが、あれもこれも散りばめられているようだ。バディが『マイティ・ソー』を読んでいたりアガサ・クリスティの本をもらったりするのも、ケネス・ブラナー自身の監督作品にちなむネタなのだろう。

キャスティングについて

主役のバディ少年を演じたジュード・ヒルは、本作がデビューの少年だという。そのせいか、実に普通の感じの子供らしい少年で、そこが監督の眼鏡に適ったのだろう。

バディと兄ウィル(ルイス・マカスキー)の優しい母親役カトリーナ・バルフ。ハッとする美しさは『フォードvsフェラーリ』(ジェームズ・マンゴールド監督)の天才ドライバーの妻役の頃と変わらない。本作ではベルファストを離れるかどうかの決断が彼女に委ねられる形になる。

そして父親役に『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』シリーズのジェイミー・ドーナン。本作ではカネのない飲んだくれの父親なのかと思いきや、まるで『荒野の決闘』のガンマンのような英雄の面もみせ、強い父親像を示してくれる。

本作においてコミックリリーフ的な存在であり、かつ家族の温かみを伝えてくれた老夫婦、祖父のキアラン・ハインズと祖母のジュディ・デンチが素晴らしい。キアラン・ハインズといえば、ル・カレの『裏切りのサーカス』の<ソルジャー>じゃないか。子供相手に語る台詞がみなシニカルなウィットに富んでいるのもおかしい。

「イングランドに行ったら、言葉が通じないんだってさ、祖父ちゃんポップ
「婆さんとは、今もそうだよ、バディ」

などと言いながら、老いてなお、妻を愛している様子も微笑ましい。

そしてその愛妻にジュディ・デンチ。今回は太いフレームの眼鏡と深い皺で、一見分からなかった。旦那がサーカスなら、こちらはボンドの上司か。そういえば、バディのクリスマスプレゼントにボンドカー(アストンマーティン)が入ってたな。本作では終始優しく陽気なお祖母ちゃんだが、ラストには存在感を示す。

(C)2021 Focus Features, LLC.

レビュー(ここからネタバレ)

ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意願います。

さまよえるアイルランド人

アカデミー賞には作品賞はじめ7部門にノミネートされ、脚本賞に輝く。作品賞としてはあまりにパーソナルな作品すぎたかもしれない。だが、映画は万人受けしなければいけない訳ではない。

夫にイングランドの仕事がみつかった。大きな家や豊かな生活が待っている。だが言葉も違えば、知人もいない。嫌われ者の自分たちが、異国の地で暮らせるのか。

「アイルランド人に必要なのは電話とギネスと『ダニーボーイ』」

アイルランド人は根っからの旅人。だから世界中どこに行っても、パブがあるのよ。そんな逞しい心意気を姉に聞かされる母親。生まれ育ったこの町を離れたくない気持ちは強いが、バディが巻き込まれたスーパーの商品略奪騒ぎをきっかけに、考えを改める。

(C)2021 Focus Features, LLC.

「引っ越しなんて絶対嫌だ。友だちや好きな娘と離れたくない。話し方も神さまも変えたくない!」

はじめは激しく拒絶するバディ(サンダーバードのコスプレがかわいい)。だが、最後には両親に説得される。

「月を目指せ。ロンドンはそのための小さな一歩だ」

月面着陸の報道が騒がれた時代、バディの学校の課題の月面探索と有名な台詞をアレンジして息子たちの背中を押す祖父。

その祖父は亡くなり、一人になった祖母を残して、一家は旅立つ。

「そうよ、行きなさい。振り返らずに」

見送りながら、一人ごちる祖母。そして映画は現代に戻り、画面は再び色鮮やかになる。

(C)2021 Focus Features, LLC.

For the ones who stayedとどまった人たちへ
 
For the ones who left出て行った人たちへ
 
And for all the ones who were lostそして亡くなられたすべての人たちへ

そう、ラストに文字が出る。なにが正解だったのかは分からない。

実際、ケネス・ブラナーはイギリスに移ってからも苦労する日々が続いたと語っている。だから、この作品を、選択に関わらず、ベルファストに暮らした全ての人々に捧げているのだ。