『藁にもすがる獣たち』考察とネタバレ|獣になれない小物たち

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『藁にもすがる獣たち』 
 Beasts Clawing at Straws

曽根圭介の同名原作を韓国で映画化。大金の詰まったバッグから始まる悲喜劇。クスリと笑える韓国ノワール。

公開:2021 年  時間:109分  
製作国:韓国
  

スタッフ  
監督・脚本:   キム・ヨンフン
原作:      曽根圭介
         『藁にもすがる獣たち』
キャスト
ヨンヒ:     チョン・ドヨン
テヨン:     チョン・ウソン
ジュンマン:   ペ・ソンウ
ドゥマン:    チョン・マンシク
ヨンソン:    チン・ギョン
ミラン:     シン・ヒョンビン
ジンテ:     チョン・ガラム
スンジャ:    ユン・ヨジョン
ミョングク刑事: ユン・ジェムン
ナマズ:     ペ・ジヌン
デメキン:    パク・ジファン
支配人:     ホ・ドンウォン
ジェフン:    キム・ジュンハン

勝手に評点:3.0
   (一見の価値はあり)

(C) 2020 MegaboxJoongAng PLUS M & B.A. ENTERTAINMENT CORPORATION, ALL RIGHTS RESERVED. (C)曽根圭介/講談社

あらすじ

失踪した恋人が残した多額の借金を抱えて金融業者からの取り立てに追われるテヨン(チョン・ウソン)

暗い過去を清算して新たな人生を歩もうとするヨンヒ(チョン・ドヨン)

事業に失敗してアルバイトで必死に生計を立てているジュンマン(ペ・ソンウ)

借金のために家庭が崩壊したミラン(シン・ヒョンビン)

ある日、ジュンマンが勤め先のロッカーの中に忘れ物のバッグを発見する。その中には10億ウォンもの大金が入っていた。地獄から抜け出すために藁にもすがりたい、欲望に駆られた獣たちの運命は。果たして最後に笑うのは誰だ。

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レビュー(まずはネタバレなし)

金に憑かれて人生を狂わされた獣たち

ホテルのサウナのロッカーに何者かが運び込むルイ・ヴィトンのバッグ。それが忘れ物となり、中身を確かめる従業員。そこには大量の札束があり、あわてて周囲を見回し、バッグのファスナーを締める。

ここから始まる(いや厳密には、時系列的には始まりではなく終わりの方だが)、欲望まみれのクライムサスペンス。

韓国映画ながら、原作は曽根圭介『藁にもすがる獣たち』。タイトルだけ聞くと、野木亜紀子脚本のガッキー主演ドラマ『獣になれない私たち』と混同してしまいそうになるが、本作の登場人物は、どいつもこいつも、獣になってしまう大人たちだ。

『藁にもすがる獣たち』予告編

最初にお断りしておくと、曽根圭介の原作は未読である。彼の著作の映像化は本作が初めてだろうか。いきなり邦画ではなく韓国映画と言うのも面白い。監督は本作がデビュー作となるキム・ヨンフン。新人監督とは思えない、どっしりとした絵作りでグイグイと事件の行方に観る者を引き込んでいく。

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メインのキャラクターたち

まず登場するのは、ホテルのサウナで客の忘れた大金の詰まったバッグをみつけ、人目につかぬよう遺失物倉庫に収納する従業員のジュンマン(ペ・ソンウ)。家業の刺身店を廃業させてしまい、ホテルのバイトと妻ヨンソン(チン・ギョン)の施設清掃の仕事で生計を立てている。

大学生の娘の学費捻出もままならず、同居の母親のスンジャ(ユン・ヨジョン)も認知症を患っており、一家は相当厳しい状況に追い込まれている。サウナで熱心に働くジュンマンだが、このカネに目がくらむ日が来ることは、まず確実だろう。

(C) 2020 MegaboxJoongAng PLUS M & B.A. ENTERTAINMENT CORPORATION, ALL RIGHTS RESERVED. (C)曽根圭介/講談社

そして、ヨンソンが清掃をする港湾施設(or空港?)で、出入国審査官をしているテヨン(チョン・ウソン)。失踪した恋人ヨンヒ(チョン・ドヨン)の借金の保証人となっていたことから、ドゥマン(チョン・マンシク)の率いる金融業者にキツイ追い込みをかけられる。

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最後が、株式投資の失敗で家庭を崩壊させ、キャバクラで働く主婦ミラン(シン・ヒョンビン)。彼女に激しく暴力をふるう夫ジェフン(キム・ジュンハン)。そしてミランと暮らすことを夢見る不法滞在者の中国人ジンテ(チョン・ガラム)。夫には高額の生命保険金がかかっていることにミランが気づく。

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このメインのキャラクターたちが、たくみに時系列を前後させながら、ストーリーを進めていく。

更に、彼らを取り巻くサブキャラがまたユニークだ。テヨンの敵か味方か分からないデメキン(パク・ジファン)。そして金融業者の用心棒的なナマズ(ペ・ジヌン)。マッチョな肉体を除けば、顔もヘアスタイルも蛍原ホトちゃんにしかみえない。そして、テヨンに馴れ馴れしく接近してくる正体不明なミョングク刑事(ユン・ジェムン)

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韓国映画風にアレンジ

日本の原作が邦画にならずにいきなり韓国で映画化というパターンは、珍しくはない。小説ではなくコミックだが、パク・チャヌク監督の『オールド・ボーイ』という秀作もある。小説ならば村上春樹『納屋を焼く』を映画化した『バーニング』(イ・チャンドン監督)という野心作もある。

いずれも、知らずに映画を観ていたら、日本の原作だとは気づかないほど、ローカライズしている。

本作もそうだ。曽根圭介の原作では、サウナの従業員の男はもともと刺身店ではなく理髪店主だったり、デリヘル勤めの主婦はFXで借金が膨らんだり、或いは借金取り立てから逃げるのは、入管職員ではなく刑事だったり。

それを、大きな港町である韓国の平沢市に舞台を変え、随所の設定も韓国風にアレンジしているのである。日本的な<我慢>を美徳とする文化も、激しく感情を表にだして韓国風にしているようだ。

韓国ノワールの雰囲気をきちんと出しつつも、要所要所にちょっとしたブラックユーモアを取り込む(ラッキーストライクのネタとか)。この辺の匙加減も、初監督作とは思えないキム・ヨンフンの余裕が感じられる。

出入国審査官のテヨン役にはチョン・ウソン『私の頭の中の消しゴム』(2004)あたりから歳月を経ても、相変わらずのイケメンぶりはトム・クルーズを彷彿とさせる。そして彼に借金を背負わせたその恋人ヨンヒには、こちらも懐かしき『シークレット・サンシャイン』(2007)のチョン・ドヨン。彼女の悪女ぶりも素晴らしい。

(C) 2020 MegaboxJoongAng PLUS M & B.A. ENTERTAINMENT CORPORATION, ALL RIGHTS RESERVED. (C)曽根圭介/講談社

レビュー(ここからネタバレ)

ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意願います。

命あっての物種

本作は一見すると、サウナ従業員のジュンマンとか、女のせいで借金取りに追われるテヨンとか、一見気の毒に見える善人風なキャラクターも、よく見るとみんな俗物なのが面白い。

感情移入できるような人物が少ないと言うか、ろくでもないヤツばかりなのだ。そして、意外なことに、次々とあっさり人が死んでいく。これを重苦しく描かれるとげんなりするので、多少コミカルに撮られているのが救われる。

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「大金を手にしたものは、誰も信じてはいけない」

バッグにぎっしり詰まった札束の源泉は死亡保険金。その持ち主が次々と移り変わっていく。バッグの動きで時系列の仕組みが理解できるようになっている。ミステリーと呼ぶほどのサプライズがあるわけではないが、ちょいノワールの犯罪映画として気軽に楽しめる作品。

『ミナリ』で韓国人俳優初のオスカーを獲ったユン・ヨジョンが演じる認知症の母スンジャ。憎まれ役のはずが、燃えてしまった家を前に息子ジュンマンに「生きてさえいれば、何とかなる」としみじみ語って諭す。これが意外と胸に沁みたりして。

(C) 2020 MegaboxJoongAng PLUS M & B.A. ENTERTAINMENT CORPORATION, ALL RIGHTS RESERVED. (C)曽根圭介/講談社

本作で生き残る登場人物は、ごく一握りなのだが、そのうちのひとりが、最後にこの大金入りバッグを思わぬ形で手に入れる。そのあと、どういう行動に出るかは明かされず、観る者の人間不信度合いに委ねられている