『ミナリ』 考察とネタバレ:アーカンソー州で撮られた韓国移民の<北の国から>

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『ミナリ』 Minari

韓国からの米国移民家族。夫がアーカンソーの農園で目指すアメリカン・ドリームと、家族を優先しない夫を責めたてる妻。韓国から家族に加わる祖母といたずら坊主の孫との奇妙な絆。移民の物語は普遍だが、ユニークな切り口が面白い。

公開:2021 年  時間:115分  
製作国:アメリカ

スタッフ 
監督:   リー・アイザック・チョン

キャスト
ジェイコブ: スティーヴン・ユァン
モニカ:   ハン・イェリ
デヴィッド: アラン・キム
アン:    ノエル・ケイト・チョー
スンジャ:  ユン・ヨジョン
ポール:   ウィル・パットン

勝手に評点:3.5
(一見の価値はあり)

あらすじ

1980年代、農業で成功することを夢みる韓国系移民のジェイコブ(スティーヴン・ユァン)は、アメリカはアーカンソー州の高原に、家族と共に引っ越してきた。

荒れた土地とボロボロのトレーラーハウスを見た妻のモニカ(ハン・イェリ)は、いつまでも心は少年の夫の冒険に危険な匂いを感じるが、しっかり者の長女アン(ノエル・ケイト・チョー)と好奇心旺盛な弟のデヴィッド(アラン・キム)は、新しい土地に希望を見つけていく。

まもなく毒舌で破天荒な祖母スンジャ(ユン・ヨジョン)も加わり、デヴィッドと一風変わった絆を結ぶ。だが、水が干上がり、作物は売れず、追い詰められた一家に、思いもしない事態が立ち上がる。

レビュー(まずはネタバレなし)

アメリカン・ドリームをつかもう

本作公開時には、今年度アカデミー賞作品賞の本命作品のひとつとして、騒がれている。

ポン・ジュノ監督の『パラサイト 半地下の家族』が非英語作品として初受賞したのを思い出すが、あちらはソウル舞台の韓国映画、こちらは韓国系米国人のリー・アイザック・チョン監督が撮った、アメリカが舞台の米国資本の映画である。

とはいっても、韓国語が大半なのでゴールデン・グローブ賞では外国語映画扱いとなり、それは差別的だと騒がれ、みたいな話には、私は興行主ではないので、恐縮ながらあまり感心がない。

ただ、ポン・ジュノ作品がアイデア勝負の変化球だとすれば、本作は直球の移民家族ドラマだ。

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祖国韓国から逃げるように米国に移り住む家族。故郷の親にも会えず、ひよこの性別仕分けに明け暮れる毎日で小金をためてようやくアーカンソーの辺境の土地とトレーラーハウスを手に入れる。

韓国移民がアメリカン・ドリームを目指す話。まさに米国映画ではないか。

ただ、アジアン・テイストはある。見慣れた米国映画のパターンなら、彼ら家族は多くの苦難に直面して農園を切り盛りしていき、家族には分かりやすい絆があり、そして最後には成功をつかみ取るだろう。

だが、本作のイー一家には、子どもの心臓疾患や台風騒動、停電に地下水枯渇とひたすら苦難が続き、また夫婦の罵詈雑言のぶつけ合いも激しい。一向に幸せそうな様子がみえないのだ。これで、農園の成功をつかみ取れるのだろうか。

単純に面白い話、ではない

現時点でRotten Tomatoesの評価が100%フレッシュというのも、ちょっと出来過ぎだ。高評価は結構だが、少しは支持しない輩もいてくれないと、信ぴょう性がない。

移民の苦労話というのは、やはり移民の国・アメリカでは受けがいいのだろうか。

本作は、どちらかといえば派手さのない佳作であって、<知名度はイマイチだけど、移民の苦労が伝わってくる隠れた名作>みたいな立ち位置が似合うと思う。

はっきり言って、「作品賞受賞したから観てみたけど、最高に面白い!という類の映画ではない。まあ、それは『Mank/マンク』にも言えることだけど。

監督の半自伝的映画

本作はリー・アイザック・チョン監督の、半ば自伝的な作品らしい。彼自身、韓国からの移民としてアーカンソーに暮らし、少年時代には車輪付きの家に喜び、映画のデヴィッドのように「結婚してもここに暮らしたい」と言ったそうだ。

監督作品は本作以外日本未公開だが、次回作には『君の名は。』の実写版リメイクが控えている。それにしても、本作のような一見地味な作品をきちんとサポートして世に出してくる、A24とPLAN Bの企業姿勢と先見性は大したものだ。

一家の長であるジェイコブは、家族もろくに顧みずに、韓国野菜の農園で一発当てるという夢をひたすら追い続ける。

心臓疾患のあるデヴィッド少年に何かあっても病院までは1時間以上、トレーラーハウスは台風が繰れば転覆しそう。肝心の菜園にしても、地下水の枯渇や売り手探しで苦労続きで、家庭はギクシャクする。まあ、言うなれば、『北の国から』の田中邦衛みたいな父親である。

演じるスティーヴン・ユァンは、イ・チャンドン監督の『バーニング 劇場版』での不敵な笑みの男の印象が強い。ポン・ジュノ監督の『オクジャokja』では、主人公の少女に韓国語を通訳する男性だったか。

妻のモニカ(ハン・イェリ)は良妻賢母として家庭を支えるが、いつまでも若者のように夢を追う夫には、いい加減我慢の限界がきている。

韓国から母親を呼び寄せたことで少しは機嫌も直ったが、やはり農園など断念してカリフォルニアで堅実に孵卵場勤めでもした方が、一家で幸福に暮らせると信じているようだ。

夫の夢などハナから相手にしていないところが、何ともリアルだが、終盤の言動などは、男からみると、ちょっと厳しくて辛い。

そしてモニカの母・スンジャには、韓国にこの女優ありのユン・ヨジョン。出演作は多数。本作では、なかなかクセのある祖母を演じ、作品の重たい雰囲気を一気に和らげ、韓国風の味付けに持っていく。

「サンキューベリマッチ」のように、下手に発音する英語が日本人のそれに近いので、なんだか自分の親族にも見えてくる。花札やプロレス中継に興じてお下劣になる感じが、『ヒルビリー・エレジー 郷愁の哀歌』でグレン・クローズ演じるホワイト・トラッシュの祖母に重なる。

ところで、子供たちと飲むマウンテン・デューに<山の滴>と字幕を付けたのは、翻訳者のギャグなのか。

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そしてよく出来たしっかり者の姉・アン(ノエル・ケイト・チョー)と腕白だが心臓病餅の弟デヴィッド(アラン・キム)

特に弟は、初めて会った祖母が、クッキーを焼いてくれるような品行方正なイメージと異なり反発するが、次第に打ち解けていく。

デヴィッド少年はいたずらもたちが悪いし、なかなかの悪ガキなのだが、監督によれば、小津作品に出てくる子供たちのオマージュだそうだ。そういわれれば、分からないこともない。

まさかトレーラーハウスの中で、小津安二郎ショットが見られるとは思わなかったけれど。

レビュー(ここからネタバレ)

ここからはネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意願います。

不吉な印象がつきまとう

ジェイコブのスティーヴン・ユァンに、『バーニング 劇場版』不審な男の面影をみつけてしまったからかもしれないが、どうにも、この話には不吉な印象が拭えない。それこそ、はじめの台風で家がひっくり返るかと思った。

地下水のダウジング器具の詐欺に引っかからなかったのはよいが、地下水は枯渇するし、農作業で雇っている白人のポール(ウィル・パットン)がすぐに怪しい祈りをささげるのも不気味だ。

教会でデヴィッドが親しくなった白人の少年。「お前、なんで顔が平らなの?」『テルマエ・ロマエ』のような表現で話しかけてくるのは驚いたが、監督が韓国系なので、人種差別ではない自虐ネタと片付けられたのか。

この少年の父がデヴィッドに、以前の農園のオーナーは不作で猟銃自殺したと教えてくれる。祖母は脳卒中になる。ポールは家の中で何かを感じ取り、祈りだす。

これはどうみてもオカルト映画になってきた。だいたい、なぜポールは毎週末に重い十字架を背負って町を移動しているのだ。何の贖罪か。

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雨降って地固まる、の夫婦なのか

デヴィッドの夜尿症は治ったが、祖母が脳卒中で失禁する。少年の心臓病は奇跡的に快方に向かっていることが検査で判明するが、祈りをささげた祖母に病気が乗り移ってしまったようにも見える。

そして診察よりも野菜の売り先探しを優先してしまう夫を見かねた妻は、ついに最後通告をする。それも、運よく販売先が見つかった矢先に、である。有頂天になっていたジェイコブには急転直下。ちょっと気の毒な気もする。

家族は一緒に暮らさなければ意味がないと考えるモニカ。だが、夫は軌道にのりかけている農園を手離すことはできないだろう。ここは一家離散が濃厚だという後がない場面で、想定外な出来事がおきる。

それにしても、スティーヴン・ユァンは納屋が燃える映画に縁がある。今回のアクシデントは不運ではあるが、結果的に得られたものを考えれば、夫婦にとって神風だったといっては不謹慎だろうか。

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川面にちかい場所に祖母が種をまいたセリ(韓国語でミナリ)が、いつのまにかあたり一面に繁茂している。
たくましく地に根を張り、2度目の旬がおいしいことから、次世代の幸せのために、親の世代が懸命に生きるという意味になるらしい。

セリなんて七草がゆのイメージしかないから、「うまそうだ」というジェイコブの台詞には共感しにくいが、開拓世代の親が孫の代まで移民の血脈を繋いでいくのに、なるほどふさわしいタイトルではある。