『ベイビーブローカー』考察とネタバレ|僕は生まれてきて良かったのかな

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『ベイビー・ブローカー』 
 브로커

是枝裕和監督が、韓国の至宝、ソンガンホを主演に撮った乳児ブローカーの物語。ここにもまた犯罪で繋がった疑似家族が。

公開:2022 年  時間:129分  
製作国:韓国
 

スタッフ  
監督・脚本:     是枝裕和

キャスト
ハ・サンヒョン:   ソン・ガンホ
ユン・ドンス:    カン・ドンウォン
ムン・ソヨン:    イ・ジウン
アン・スジン刑事:  ペ・ドゥナ
イ刑事:       イ・ジュヨン
ヘジン:       イム・スンス

勝手に評点:3.0
     (一見の価値はあり)

(C)2022 ZIP CINEMA & CJ ENM Co., Ltd., ALL RIGHTS RESERVED

あらすじ

古びたクリーニング店を営みながらも借金に追われるサンヒョン(ソン・ガンホ)と、赤ちゃんポストのある施設で働く児童養護施設出身のドンス(カン・ドンウォン)には、「ベイビー・ブローカー」という裏稼業があった。

ある土砂降りの雨の晩、二人は若い女ソヨン(イ・ジウン)が赤ちゃんポストに預けた赤ん坊をこっそりと連れ去る。しかし、翌日思い直して戻ってきたソヨンが、赤ん坊が居ないことに気づいて警察に通報しようとしたため、二人は仕方なく赤ちゃんを連れ出したことを白状する。

「赤ちゃんを育ててくれる家族を見つけようとしていた」という言い訳にあきれるソヨンだが、成り行きから彼らと共に養父母探しの旅に出ることに。

一方、サンヒョンとドンスを検挙するため尾行を続けていた刑事(ペ・ドゥナイ・ジュヨン)は、決定的な証拠をつかもうと彼らの後を追う。

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レビュー(まずはネタバレなし)

是枝シェフ、韓国食材に腕を振るう

2018年のカンヌ国際映画祭において『万引き家族』でパルム・ドールを獲った是枝裕和監督に、翌年の同賞受賞作『パラサイト 半地下の家族』(ポン・ジュノ監督)に主演したソン・ガンホという強力タッグ。赤ちゃんポストを悪用した乳児のブローカーを描いた人間賛歌は、ソン・ガンホ韓国人初となるカンヌの最優秀男優賞を持たらす。

ただただ良い作品を目指して国境を超えた是枝裕和監督が、同じように映画に情熱を傾けるソン・ガンホという才能と出会い、生み出した作品がこうして高く評価されることは、素晴らしい。受賞により日本での興行成績も期待できるだろう。

日本では赤ちゃんポストの絶対数が韓国に比べ圧倒的に少なく、ゆえに題材のリアリティを考え、舞台も制作スタッフも韓国が選ばれたのだろうか。

カンヌの受賞をみて、舞台も俳優も日本映画にしてくれればと邦画界の関係者は歯噛みしたかもしれないが、どうも韓国の映画業界はハリウッド並に俳優・スタッフに配慮したルールが厳格運用されているらしい。是枝監督は今回の経験で、邦画界の旧態依然とした風習との違いを目の当たりにしたようだ。

我が国では、米国から火が吹き、韓国でも大きな動きとなった#MeToo運動から何年も経っても、まだ業界のセクハラ問題が横行し、問題になっている。是枝監督は環境浄化に声を上げる関係者のひとりだが、このまま邦画界が膿を出さなければ、邦画界に見切りをつけて海外に活躍の場を移すことだって、あるかもしれない。

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子供の幸せを考えればこそ

閑話休題。本作は、生活苦からクリーニング業の傍らでベイビー・ブローカーに手を染める主人公のサンヒョン(ソン・ガンホ)と、その相棒で赤ちゃんポストのある施設で働く児童養護施設出身のドンス(カン・ドンウォン)が、雨の夜に若い女・ソヨン(イ・ジウン)がポスト前に置いた赤ん坊を盗むことから始まる。

翌日に気が変わって施設に子供を引き取りに現れるソヨン。当然そこに我が子はいない。ことが警察沙汰になる前に、二人は彼女に真相を明かす。

「養護施設ではなく、欲しがっている親に渡すことが、この子の幸せになる」

そう力説する二人だが、すぐにカネ目当てと見破るソヨンは、子供の買い手探しに付き合うことに。こうして奇妙な養父母探しの旅が始まるが、男二人に若い女一人という黄金比率の組み合わせにもかかわらず、女を巡る恋愛沙汰に安易に流れないところがいい。

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一方、サンヒョンとドンスを人身売買で検挙しようと、赤ちゃんポストの前にクルマで張り込むアン・スジン刑事(ペ・ドゥナ)イ刑事(イ・ジュヨン)。女刑事の二人組というのが面白い。

「捨てるのなら、産まなければいい」

冷たい視線で呟くスジン。ステレオタイプな意見を振りかざす女警察官の姿は、『万引き家族』池脇千鶴に重なる。サンヒョンたちが赤ちゃんの買い手を探す旅を尾行し続けるスジンとイ刑事。現行犯逮捕したいが、なかなか取引が成立せずにやきもきする。

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キャスティングについて

旅の途中で養護施設の少年ヘジン(イム・スンス)まで合流し、疑似家族を乗せたバンを走らせるサンヒョン。運転席のソン・ガンホは、『タクシー運転手 約束は海を越えて』(2017、チャン・フン監督)を思わせる。

本作での彼はいつものように、ちょっとマヌケで悪さもするが、根はお人好しのキャラを演じる。自然体でお気楽に演じているように見えるが、実は熟考を重ね、台詞や演出にもいろいろ意見を挟んでくるタイプの俳優らしい。そんな努力を観客に悟らせず、飄々とした演技で魅せるあたり、さすがソン・ガンホである。

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その相棒のドンスを演じたカン・ドンウォン『新感染半島 ファイナル・ステージ』(2020、ヨン・サンホ監督)でのアクションが記憶に新しいが、本作は静かな優男風のイケメン役。『義兄弟 SECRET REUNION』(2010、チャン・フン監督)でも、カン・ドンウォンソン・ガンホとバディを組んでいる。

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ソヨンを演じたイ・ジウンIUの名で、韓国では国民的な歌姫だという。まったく存じ上げずに、韓流スターだと思っていた。是枝演出の中でアイドルを特別扱いする訳もなく、しっかりと生活感のある顔をさせているところはさすが。

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スジン刑事ペ・ドゥナは、『空気人形』(2009)以来ひさびさの是枝作品への出演。次回作には人形ではなく、人間の役で出演したい是枝監督に語っていたそうだが、念願叶って人間、それも韓国語の台詞ということで、本領発揮。

終始険しい表情のスジンが、終盤にようやく笑顔を見せるシーンに、何か解放された気がする。クルマの窓に貼りつく花びらを取る仕草は、雨粒を腕に感じて小首をかしげる空気人形を思わせた。

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最後に、スジンの相棒イ刑事イ・ジュヨン。Netflixの大ヒットドラマ『梨泰院クラス』のトランスジェンダー役でブレイク。本作では、暴走する先輩刑事を抑える役どころ。

是枝作品らしさはあるか

本作は、是枝裕和監督が単身韓国に乗り込み、キャストもスタッフも韓国勢の中で出来上がった作品。

その点では、ジュリエット・ビノシュカトリーヌ・ドヌーヴをはじめ、フランス人のキャストやスタッフで撮った『真実』(2019)と似たスタイルだが、あちらはフランス映画には見えなかったが、本作は韓国映画に見える。次第に、現地に溶け込む術を会得してきたのかもしれない。

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では本作に是枝監督らしさはあるか。正直、回答に窮する。家族や母親を描いている点では彼の得意とする領域だとは思う。ただ、ドキュメンタリー目線で常に一定の距離を置いて人間を見てきた是枝作品にしては、本作は毒がない。私はそう感じた。

『誰も知らない』のネグレクトな母親や、『万引き家族』のヒリヒリするような貧乏生活の痛み。そうしたものとは少し違う、人身売買と言う名を借りたファンタジーになってしまった気がする(それがねらいであれば、成功していると思う)。

勿論、駄作ではない。観るべき価値はある。と言うか、ぜひ観たうえで、「カンヌ受賞も納得!」と思えるかを確かめていただきたい。今のところ、マスコミからはべた褒めと思われる本作品だが、私にはどうも釈然としないものは残った。

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レビュー(ここからネタバレ)

ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意願います。

母性について考える

子役使いの達人として知られる是枝裕和監督にして、今回の養護施設の子供たちや、ヘジン(イム・スンス)の扱いには骨が折れたそうだ。まるで言うことを聞いてくれない。でも、仕上がれば、ちゃんとみんな子供らしい動きでフィルムに収まっている。

赤ちゃんも、自然体とはいえ、大変うまい具合に泣き笑いをしてくれている。今回、是枝監督は相応の費用で精巧な人形を用意していたそうだが、出番がなかったとか。これは良かった。レオス・カラックス監督の『アネット』(2022)にも人形の赤ちゃんが登場したが、いくら精巧でも、やはり映画に異物感は拭いきれない。

映画『ベイビー・ブローカー』本予告

『そして父になる』(2013)で是枝監督は、「女性には母性が備わっているが、男性はそうではない」という趣旨の発言で反発を受けて考えたそうだ。

その答えの一つが『万引き家族』(2018)。「産んだらみんな母親なの?」そう問いかける安藤サクラの熱演に、心を打たれた。

本作でも母性の在り方を問いかける。罪を背負って生きる自分と生きるよりも、大切に育ててくれる養父母に預けるほうが、この子には幸せだ。子供をポストに預ける母親の葛藤。

ベタと抑制の演出バランス

他人の子を我が子のように育てた『万引き家族』同様、我が子を手離さなければならない母親にも、涙なくしては見られないドラマがあるはず。だが、なぜか本作はその部分の演出は淡泊だ

例えば『朝が来る』(河瀨直美監督)の蒔田彩珠、ドラマなら『コウノドリ』、最近の洋画なら『モロッコ、彼女たちの朝』など、やむなき理由で生まれたばかりの我が子を手離さなければならない母親は、もう少し感情をむき出しにしてくれたほうが、観る方も感情移入できるのに

是枝監督はベタな演出が嫌いなのかと思えば、そうとも言えない。

養父母探しの旅で気心が知れてきたサンヒョンとドンスそしてへジン少年の三人に対して、ホテルの部屋を暗くしてソヨンが「生まれてきてくれて、ありがとう」と優しく語りかけるシーンがある。感動ポイントとしてインデックスされる箇所だろうが、これなどベタの極みだと思う。不思議なチグハグ感だ。

6月24日(金)公開『ベイビー・ブローカー』TVCM15秒 それだけ編【公式】

好き勝手言わせてもらうと

サンヒョンとドンスの二人は初めからどうみても善人キャラだし、買い手に文句ばかりつけていたソヨンもすぐによい母親になってしまう。この三人、特に男二人は、はじめはもっと金目当てのブローカー設定を濃厚にしたほうが後半の心情変化が効いてきたのにと、好き勝手なことを想う。

その点、善人になる三人に対抗するかのように、ただ一人(現行犯逮捕のために)赤ちゃんが売り飛ばされることを望んで、おとりの買い手まで仕込むスジン刑事が面白い。これでは、どちらがブローカーだか分からない

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ところどころ、是枝演出が光るカットもある。苦悩するソヨンを見て、自分を捨てた母親にも事情があったのだろうと、母を赦そうと思うドンスの観覧車シーン

電車のなかのサンヒョンとソヨンの会話も良かった。特にトンネルの中で暗くなるところとか。暗いシーンは美しいのに、台詞の字幕が明るすぎて興ざめになるのが、残念。

本作の最後は、ハッピーエンドといえるのだろうか。ちょっと悩ましい。サンヒョンにあそこまで罪を背負わせるのはどうなのだろう。気の毒に思えてきた。赤ん坊は、すくすくと育ってほしいが。