『汚れた血』
Mauvais Sang
レオス・カラックス監督が放つアレックスの青春を描く三部作の第二弾。ついにジュリエット・ビノシュの登場だ。
公開:1986 年 時間:116分
製作国:フランス
スタッフ
監督・脚本: レオス・カラックス
撮影: ジャン=イヴ・エスコフィエ
キャスト
アレックス: ドニ・ラヴァン
アンナ: ジュリエット・ビノシュ
リーズ: ジュリー・デルピー
マルク: ミシェル・ピッコリ
ハンス: ハンス・メイヤー
アメリカの女: キャロル・ブルックス
チャーリー: セルジュ・レジアニ
トマ: ジェローム・ズッカ
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
あと数年で21世紀を迎えようというパリ。彗星が接近しているため、夜でもおそろしく暑い。そして人々は愛のないセックスによって感染する新しい病気STBOの蔓延におそれおののいていた。
天涯孤独となったアレックス(ドニ・ラヴァン)は、どこか別の場所で、新しい人生を送りたいと思っている。ガールフレンドのリーズ(ジュリー・デルビー)と過ごす、愛のひとときも彼には無意味で、ただここから抜け出せればよかった。
中年の男マルク(ミシェル・ピコリ)と美少女アンナ(ジュリエット・ビノシュ)に誘われアレックスは脱出のための金欲しさに、犯罪に手を貸す。マルクは亡き父の友人で、アンナはマルクの情婦。いつしか、アレックスはアンナを愛するようになるのだが。
今更レビュー(ネタバレあり)
舞台は世紀末感の漂うパリ
『ボーイ・ミーツ・ガール』に続く、レオス・カラックス監督のアレックス三部作の第二弾。
主人公アレックスを演じるのは勿論、盟友のドニ・ラヴァン。そして撮影は、三部作を通じて完璧主義のカラックスを支えたジャン=イヴ・エスコフィエだ。モノクロだった前作から、ついに本作はカラー作品となり、その大胆な色使いにも驚かされる。
◇
本作は、近未来SF的な物語になっている。21世紀を目前に控え、彗星が接近して異常気象のパリには、愛のないセックスで感染していくSTBOと呼ばれる病気が流行している。
そんな世の中で、冒頭にメトロのホームから突き落とされて殺される男。どうやら、ある危ない仕事でヘマをやったせいで、消されたらしい。
仲間の失敗を尻ぬぐいしろとアメリカの女(キャロル・ブルックス)に脅迫されて、カネのために動き出すのがマルク(ミシェル・ピッコリ)とハンス(ハンス・メイヤー)の二人。彼らは、STBOの特効薬の開発に成功した製薬会社から、その薬を盗み出して大金をせしめようと画策していた。
そして、殺された仲間の息子であるアレックス(ドニ・ラヴァン)の手先の器用さを買い、彼を仲間に引き入れる。
◇
危険な仕事だと承知しているアレックスは、恋人のリーズ(ジュリー・デルピー)に別れを告げて、彼らの計画に加わる。だが、仲間にはマルクの情婦であるアンナ(ジュリエット・ビノシュ)がおり、その美しさにすぐに魅了されてしまう。
ツッコミどころは豊富にある
映画作りへの情熱だけで撮りきった感のある前作『ボーイ・ミーツ・ガール』よりは、はるかに商業映画的なシナリオが与えられてはいるが、それでもだいぶ型破りだと言わざるを得ない。
怖いもの知らずの強者どもがチームワークで製薬会社の堅牢なオフィスを襲って、謎の感染病の特効薬を盗み出すというプロットは、いってみれば『ミッション:インポッシブル2』(ジョン・ウー監督)にとても近い。
作られたのはトム・クルーズの作品のほうが10年以上遅いが、例えば本作でも飛行機で上空からパラシュート落下のシーンがあり、イーサン・ハントたちと同じカテゴリーの映画になっていたとしても不思議ではない(そんなのカラックス作品じゃないけど)。
◇
だが、本作のいわゆるクライムアクション的な部分は、ツッコミどころだらけで話にならない。ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意願います。
アレックスは手先の器用さが買われて金庫破りを任せられる。だが犯行前夜に別な盗み仕事でしくじり、手に深い傷を負ってしまう。普通ならこの傷のおかげで、犯行が失敗しそうになるはずだが、なぜか全く影響した様子はない。
製薬会社から特効薬を盗み出すシーンも、スパイ映画なら宙ぶらりんでセキュリティを突破するような盛り上げ箇所なのに、実にあっさりと盗みを成功させる。
犯行現場に警察から電話がかかってくるほど牧歌的な展開。警察に包囲されたエレベータから、アレックスがどう逃げ延びるかも見せ場のはずが、自分のこめかみに銃口を当てて撃つぞと脅かすという荒唐無稽な手にでる。
そもそも、最も予算と手間がかかっていそうな飛行機からのスカイダイビングも、逃亡用の訓練という設定だったので、結局犯行時には使われないままだ。なんというチグハグ感。
そんな中でひときわ輝くアンナ
では、そんな本作がなぜアレックス三部作の中継ぎ投手として、いまなお多くの人々の印象に残っているのか。それは、ひとえにアンナを演じたジュリエット・ビノシュの透明感のある輝きと際立つ美しさによるものだろう。
次作の『ポンヌフの恋人』の撮影時に破局を迎えてしまうが、本作の撮影時にはまだ、レオス・カラックス監督とジュリエット・ビノシュは恋仲にあった。そのせいかと肯けるほどに、本作の彼女はみずみずしい美しさを湛えている。
◇
そのアンナが、はるかに年の離れたマルクを情熱的に愛しながらも、自分に一目惚れして強引に迫っていくアレックスと親しくなっていく。
ただ恋人同士が求め合うのとは違うアレックスとアンナの微妙な距離感や、シェービングクリームやルージュを使ってふざけ合う若者特有の発作的な行動に、どこかフランス映画らしい魅力を感じてしまう。
アンナとの距離が縮まった喜びのあまり、どこまでも疾走するアレックスの躍動感と、突如流れるデヴィッド・ボウイの『モダン・ラヴ』の見事な融合。その映像と音楽に痺れて、両者まるパクリしてオマージュを捧げた『フランシス・ハ』(ノア・バームバック監督・2012)を思い出す。
そういえば、本作で使われていたプロコフィエフの曲って『ピーターと狼』だったような。それならフィラデルフィア管弦楽団の音源にデヴィッド・ボウイがナレーションをやっていたものがあるけど、これもボウイ繋がりだろうか?
バイクに乗った天使・リーズ
本作のアレックスの仲間のマルクとハンスは、腕が立つようには見えないオッサン二人なのだけれど、無意味に上半身裸で自動車を乗り回したり、犯罪決行には床屋に行って身だしなみも整えてダンディに決めたりと、どこかハリウッド映画にはない洒脱なこだわりがある。
途中で彼らを裏切った格好になっているアレックスなのに、彼を撃ったアメリカの女とその一味に銃を向け、復讐を果たすなど仲間意識を持っているのもいい。
◇
新しい病気STBOという設定は、物語としてはイマイチ効果薄なのが気になった。アレックスが愛すればこそ別れた恋人リーズ(ジュリー・デルピー)は、その後に共通の友人トマ(ジェローム・ズッカ)と愛のないセックスをしたことで、二人とも感染してしまう。
リーズはアレックスを想い続け、犯行後に逃亡する場面など、重要な場面でバイクに乗って颯爽と現れる。そのひたむきな愛と、見かけに似合わぬ行動力で、この<バイクに乗った天使>もまた、実はアンナに負けぬ魅力を放つ。リーズの男勝りなキャラの方が、思わせぶりなアンナより女性受けする気もする。
強い印象を残すラストシーン
ラストには、アメリカ女たちに撃たれた傷がもとで、アレックスは飛行機で逃亡もできず息を引き取る。「私はとっくに捨てられていたわ」とバイクで去っていくリーズ。そして、突然にそれを追いかけて走り出すアンナ。
ポスタービジュアルにある、アンナが両手を挙げて走ってくるカットは、この場面のものである。彗星接近の影響で季節外れの雪が積もり、その中を駆けていくアンナをコマ落としのような粗い動きで追いかける映像が独創的だ。
あまりに顔や身体がブレてみえるので、鳥か何かに変身しそう。全然関係ないけど、映画配給のスコット・フリー・プロダクションの動画を思い出す。
アンナはリーズを追いかけたのか、衝動的に走り出しただけなのか。アレックスが愛していたのはあなたよ、と伝えたかったのか。そもそも、アンナはアレックスを愛し始めていたのか。こういったことには、何も明快な答えは与えられていないので、各自で自由に解釈することができる。
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それにしても、アレックス。『ボーイ・ミーツ・ガール』では猪突猛進の非モテ少年で、最後には誤って彼女を刺してしまう少々情けない役だったが、本作では二人の美女を相手にし、だいぶ頼もしい若者に成長している。最後も気の利いた台詞を残して、惜しまれて亡くなることで、前作とは真逆の立場となっているのが興味深い。
そして、いよいよシリーズは完結編の『ポンヌフの恋人』で、ドニ・ラヴァンとジュリエット・ビノシュは再共演を果たすのである。