『ラストナイト・イン・ソーホー』
Last Night In Soho
エドガー・ライト監督が再現した60年代のロンドン・ソーホー。タイムスリップ・ホラーという新境地。
公開:2022 年 時間:115分
製作国:イギリス
スタッフ 監督: エドガー・ライト キャスト エロイーズ・ターナー: トーマシン・マッケンジー サンディ: アニャ・テイラー=ジョイ ジャック: マット・スミス ミス・コリンズ: ダイアナ・リグ ペギー・ターナー: リタ・トゥシンハム 銀髪の男: テレンス・スタンプ ジョン: マイケル・アジャオ ジョカスタ: シノヴェ・カールセン
勝手に評点:
(悪くはないけど)
コンテンツ
あらすじ
ファッションデザイナーを夢見て、ロンドンのソーホーにあるデザイン専門学校に入学したエロイーズ(トーマシン・マッケンジー)は、寮生活になじめずアパートで一人暮らしを始める。
ある時、夢の中できらびやかな60年代のソーホーで歌手を目指す美しい女性サンディ(アニャ・テイラー=ジョイ)に出会い、その姿に魅了されたエロイーズは、夜ごと夢の中でサンディを追いかけるようになる。
次第に身体も感覚もサンディとシンクロし、夢の中での体験が現実世界にも影響を与え、充実した毎日を送れるようになったエロイーズ。
夢の中で何度も60年代ソーホーに繰り出すようになった彼女だったが、ある日、夢の中でサンディが殺されるところを目撃してしまう。さらに現実では謎の亡霊が出現し、エロイーズは徐々に精神をむしばまれていく。
レビュー(まずはネタバレなし)
そりゃゾンビなら得意分野だけど
ソーホーといえばニューヨークかと思ったら、エドガー・ライト監督の作品なので当然舞台はロンドンのソーホー地区。ファッションデザイナーを目指してこの町にやってきた娘が、過去と現在の交錯する世界に陥っていくサイコ・ホラー。
エドガー・ライト監督が強い執着と憧憬を抱く60年代のソーホー。彼の音楽への造詣の深さはヒット作『ベイビー・ドライバー』からも伝わってきたが、今回は更に時代を遡って、音楽と映像が気持ちよく絡みあう。
でも、エドガー・ライトにホラー映画って、相性どうなのよ。そりゃ確かにデビュー作『ショーン・オブ・ザ・デッド』(2004)はゾンビ映画だったけど、あれはゾンビ愛溢れるコメディだから。
◇
私にとって、やはりエドガー・ライトは、サイモン・ペッグやニック・フロストあたりが主演の、ローバジェットながらもバカらしくて笑える小作品を連発する監督であり、今回のジャンルには意外感があった。
だが、冒頭からいい感じのテイストで物語は始まる。新聞紙の型紙で作ったドレスを身にまとい、部屋の中で踊る主人公のエロイーズ・ターナー(トーマシン・マッケンジー)。自室に貼られた『ティファニーで朝食を』のオードリーを少し意識している風なクラシック・ビューティ。
序盤は『キャリー』風いじめられっ娘展開
ロンドンのデザイン学校の合格通知を手にしたエロイーズは、二人暮らしの祖母ペギー(リタ・トゥシンハム)に心配されながら、ロンドンに旅立つ。
「ロンドンは怖い町よ。あなたのママも飲み込まれてしまったの」
祖母が過度に心配するのには理由があり、どうやらエロイーズの幼い頃、母親が精神を病んで自殺しているようだ。そして、エロイーズは不思議な能力で、鏡の中に母の姿を見ることができた。
コーンウォールの田舎から最先端のソーホーにやってきては、希望に胸を膨らますエロイーズだったが、このデザイン学校の寮生活が相当ツライ内容で気の毒になる。
ルームメイトのジョカスタ(シノヴェ・カールセン)がとにかくビッチで、何事も上から目線で、狭い部屋で煙草を吹かすわ、男を連れ込むわ、挙句の果てには友だち相手に彼女の陰口を言いまくる。
こりゃ、ひょっとして『キャリー』系のいじめられっ娘ホラーなのかと思ったら、どうやら違う方向に進みだす。エロイーズは寮を出て、古い部屋を間借りするのだ。怖そうな老女の大家さん(ダイアナ・リグ)といい、古びた部屋の雰囲気といい、いかにも物の怪が現れそう。
◇
だが、現れたのは幽霊ではなかった。間借りした部屋でレコードをかけて眠ることでタイムスリップするエロイーズ。ナイトクラブで鏡の向こうに映っている金髪の美女サンディ(アニャ・テイラー=ジョイ)。そしていつの間にか惹かれ合い、彼女と深い仲になっていくマネージャーのジャック(マット・スミス)。
鏡の国のアリスの映像美に酔え
ここから先、しばらく続く60年代と現代とのシンクロの世界は、この作品の白眉であり、実に優美で見事だ。
エロイーズの見つめる鏡の向こうにいるのはサンディ。この二人の立ち位置が入れ替わったり、時にはジャックと踊っている最中に選手交代していたり。そこには用意周到に練られたカメラ割りなど知恵とローテクで撮られたと思われる、幻想的な美しさと温かみがある。
昔の世界にタイムスリップする作品は数多いし、当時の雰囲気を再現することにはどの作品も予算や労力を注ぎこむが、本作のように、過去の世界の人物と主人公をここまで美しくシンクロさせた例は、あまり他に思い浮かばない。
だが、過去と現在が交錯する日々には、次第に不穏な匂いが漂い始める。サンディにステージの仕事を紹介すると言っていたジャックが本性を現わし始める。
いつの間にかサンディはつまらない仕事をもらうために、多くの男たちとベッドを共にする生活をジャックに強要される。その様子をずっと夢の中で見ていたエロイーズは、ついに、ジャックに殺されるサンディを見てしまう。
◇
このあたりから、ようやくホラー映画らしくなってくる。特にエロイーズが見かけるようになる、顔の見えないスーツ姿の男たち(それもモノクロ)の亡霊が、わりといい感じに怖い。集団で登場するので、エドガー・ライト監督お得意のゾンビっぽさもあり。
二人の主演女優の配役
主人公エロイーズを演じるトーマシン・マッケンジーは、『ジョジョ・ラビット』(タイカ・ワイティティ監督)のヒロインの頃に比べ、だいぶ大人びた感あり。本作の中でも、途中からサンディと融合したような雰囲気に大きくイメージを変える。
そのサンディを演じたアニャ・テイラー=ジョイは、NETFLIXのドラマ『クイーンズ・ギャンビット』の主演が当たり役。ちなみに、トーマシン・マッケンジーは『オールド』、アニャ・テイラー=ジョイは『スプリット』で、ともにM・ナイト・シャマラン監督作品に出演経験あり。
◇
本作は、後半からはホラー色が強くなるが、正直言ってさほど怖くはない。エドガー・ライト監督にしては突き抜けた感じが足らず、脚本に沿ってミステリーの謎解きを着地させることに神経を使い過ぎてしまったのではないかという気がする。
ただ、古き良きソーホーの町の雰囲気だとか(見たことはないが)、前述したような過去と現在のシンクロの映画表現については、観ておいて損はない。雰囲気勝負の一本。
レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意願います。
誰がサンディを殺したのか
いきなり真相を語る感じになってしまうが、60年代にサンディがジャックに殺されたと信じているエロイーズを、どこまで信じてよいかという点がポイントとなる。
エロイーズには、死んだ母親が見える能力があったり、或いはハロウィンパーティで意地悪ジョカスタから怪しげなドリンクを飲まされたりと、まともな精神状態だったかという点は、最後まで疑わしい描き方になっている。
◇
だが、真相は別な所にあった。サンディは、殺されたのではなかった。
「ある意味、殺されたのよ」とアパートの大家が言う。そう、大家の老女こそ、サンディの成れの果てだったのだ。歌手の夢をあきらめ、毎夜男たちの性欲の餌食になったサンディは、死んだも同然だった。
だが、彼女は泣き寝入りせず、自分の上を通り過ぎていった男どもやジャックを次々と刺した。サンディは殺されたのではなく、殺していたのだ。亡霊となった男たちの顔は見えなかったのではなく、顔がつぶされていたのか。おー、怖。
ただの迷惑女だったのかい
ただ、このオチはよいが、そうなるとこれまで大騒ぎしていたエロイーズの問題行動に目が行く。
性悪女のジョカスタを図書館で亡霊と間違えて、裁ちばさみで刺殺しそうになったのはお灸をすえるようなものだとして、唯一の理解者であるボーイフレンドのジョン(マイケル・アジャオ)は、男子禁制のアパートでエロイーズが泣き叫んだせいで、ガラスで怪我をして逃げ帰る羽目に。
そして銀髪の男(テレンス・スタンプ渋いぜ)は、本当はかつてサンディの身を心配していた善良な警官だったのに、エロイーズがジャックだと勘違いして問い詰めたせいで交通事故死してしまう。みんな、エロイーズのおかげでえらい目にあっているのだ。そう思うと、なかなか主人公には感情移入しにくい。
女性を食い物にしていながら、でかい顔をして社会生活を送っている不埒な男どもに鉄槌を下す。
それは、例えば『プロミシング・ヤングウーマン』(エメラルド・フェネル監督)で自殺した親友の復讐を果たす主人公のように、エロイーズがサンディの仇をとるのかと思っていたら、何のことはない、サンディは自らきっちりとカタを付けていたのだ。
そして、最後に成敗されるのは、エロイーズを殺そうとするサンディ(大家の老女)だったという、真逆の真相。
◇
納得いかないのはラストシーンだ。ドレスの発表会が無事に終わったエロイーズは鏡の中に母とサンディの姿を見とめる。死んだ母親は、結局この物語でどのような役割を担ったのか。そして、エロイーズを殺そうとして焼死してしまった老サンディが、なぜ若い姿でまた現れたのか。
顔のない男の亡霊のように、サンディは燃える老女の亡霊として登場すべきではないのか。どうにもスッキリしない。