『まともじゃないのは君も一緒』
予備校講師・成田凌と教え子・清原果耶の噛み合わないトークバトルの痛快さ。普通じゃない二人のちょっと風変わりなラブ・ストーリー。思いっきり笑った後に残る、このほんわかと温かい心持ちは何だろう。
公開:2021 年 時間:98分
製作国:日本
スタッフ 監督: 前田弘二 脚本: 高田亮 キャスト 大野康臣: 成田凌 秋本香住: 清原果耶 宮本功: 小泉孝太郎 戸川美奈子: 泉里香 君島彩夏: 山谷花純 柳雄介: 倉悠貴
勝手に評点:
(オススメ!)
コンテンツ
あらすじ
外見は良いが、数学一筋でコミュニケーション能力ゼロの予備校講師・大野(成田凌)。彼は普通の結婚を夢見るが、普通がなんだかわからない。
教え子の香住(清原果耶)は、そんな大野を「普通じゃない」と指摘してくれる唯一の相手だが、自分は恋愛上級者と思い込むだけで、恋愛経験ゼロ。
そんな彼女に、大野はどうしたら普通になれるか教えてほしいと懇願する。
レビュー(まずはネタバレなし)
噛み合わない会話が痛快!
監督・前田弘二と脚本・高田亮のタッグと言えば、『婚前特急』に『わたしのハワイの歩きかた』。今回もその手のラブコメかと思いきや、どうにもジャンルが不明のユニークな作品だった。
少々変わり者の予備校講師と、気の強そうな意識高い系の女子高生の教え子。この二人がとにかく喋りまくる、全く噛み合わない会話の圧倒的な文字数と絶妙なおかしさ。
いやもう、このまま何時間でも聞いていたい。こんなに会話のテンポと内容が心地よいのは、夏帆とシム・ウンギョンの『ブルーアワーにぶっ飛ばす』以来だわ。
◇
高田亮は<台詞であまり説明しないのがいい映画>という風潮をひっくり返したいと、この脚本を書いたそうだが、それは成功といえるだろう。台詞は説明的というより、それ自体を映画の魅力にしてしまうのだから、ちょっとずるいけど。
この二人の主演以外想像できない
主演の二人の組み合わせが、素晴らしい。この正解を知ってしまうと、ほかの解答が思い当たらない。
◇
見た目はいいのにコミュ障で数学の世界に幸福を感じる予備校講師の大野役に成田凌。理屈っぽさや何でも聞き返すところ、繊細そうな雰囲気と不気味な笑い方。
それら全てを自然に感じさせてしまうところが、さすが技巧派の成田凌だと思う。『愛がなんだ』の軟弱な男からカツベン、スマホを落としたり、チーズの夢を見たりと多様なキャラで活躍中だが、この役は実にフィットしている。
告白された相手に「その好きって、定量的にどれくらい?」って聞き返しても、成田凌がやると、ガリレオ教授みたいにちょっと見下した感じにならないのだ。
◇
一方の女子高生・秋本香住もまた、清原果耶以外に考えられない。彼女の特徴的なちょっと厳しい感じの眼差しが、この役には必要なのだ。
自信たっぷりに講師の調教モードから始まる前半から、次第に不安になり揺れ動く恋心の中盤以降まで、単に長い台詞をクリアするのではなく、見事に表現しているのはさすが天才肌。
『宇宙でいちばんあかるい屋根』みたいな真面目な役より、こういうツッコミどころのある役の彼女のほうが、私には魅力的に見える。
本質的に何が違うの?根本的に違うのよ!
普通ではないがその自覚もない大野は、「それじゃいつまでも結婚もできないよ」と指摘してくる教え子の香住に、指南を願い出る。
香住には知識詰込型の中学受験に絶望した頃から、教育の在り方を変えようと唱えていた知育玩具等を手掛ける実業家の宮本功(小泉孝太郎)という憧れの存在があった。
彼に婚約者・美奈子(泉里香)がいることを知った香住は、大野をうまく使って美奈子に接近させ、この婚約を解消させようと企む。半ば強引なストーリー展開が、小気味よいテンポで進んでいく。
◇
だが、計画が難航し、あきらめかけた香住の肩を大野がつかむ。
「今変わらないと、一生変われない。僕には君が必要なんだ!」
そこから、彼女には不思議な感情が芽生える。
本作は<まったく噛み合わない二人が繰り広げる、普通でないラブストーリー>。そう謳うのだから、主演の二人の恋愛ものになるのだろうが、なかなか終盤まで全貌は見えてこない。
また、二人の会話には散々笑わせられるが、コメディと呼ぶにも抵抗がある。きちんとハートウォーミングなドラマになっているから。
◇
この作品が3月のFilmarks初日満足度ランク1位だったというのは、どこか納得できる。大いに笑ったあとに爽快感もあり、鑑賞後の心持ちがとても良いから。
ただ、余計なお世話だろうが、あの成田凌と清原果耶のヘン顔百面相みたいなポスターは、作品のイメージと合っていないと思う。あれで一定数の観客動員を取り逃がしてしまっているのではと、他人事ながら気になる。
レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意願います。
政略結婚目前の<普通>の男女
香住の憧れていた実業家・宮本の本性が次第に浮き彫りになってくる。
宮本が事業拡大のために美奈子の父と結託し、政略結婚を企んでいるという仮説をでっちあげ、大野を使って攪乱を始める香住だが、やがて本当に宮本の実像が分かり、失望する。
◇
宮本を演じた小泉孝太郎はテレビドラマのひとだという印象が強く、スクリーンで観たのは多分初めてだ。この手の映画の起用にはやや軽薄な印象かと当初感じたが、そもそも宮本とはそういう役柄なので、むしろお手の物だった。
何より、香住をラブホにむりやり連れ込んで、「え、キミ高校生なの?じゃ、ダメだ。絶対ダメ。退学してないの?」
こういうノリができて、かつベッドの上でも生々しさも危険さも感じさせない清潔感は、小泉孝太郎ならでは。
一方、婚約者の美奈子に近づく大野が、意外と彼女相手だと会話も噛み合い、なかなかいい雰囲気になってしまうのも面白い。
大野が夜道を歩きながら美奈子に、数学の魅力と森の中の完全調和の世界について熱く語るシーンは、本作随一のロマンティックな場面。
「失敗しろ、失敗しろ、聞き返せ!」
会話を盗聴して失敗を念じる香住の複雑な女ごころ。
◇
横浜元町や関内近辺をロケ地に多用するも、観光地ショットを出さないさりげなさが良い。同じ高田亮脚本の『そこのみにて光輝く』や『オーバーフェンス』も、函館をそんな風にさりげなく扱っていたのを思い出した。
<普通>かどうかなんてどうでもいい
香住がいつも一緒にいる高校の女友達は、いつも誰かのゴシップやくだらぬ話に明け暮れている。だが、香住は全く興味がない。彼女たちが<普通>なら、香住はそこには属さない。
◇
冒頭でただの生意気な美男美女カップルとして描かれる君島(山谷花純)と柳(倉悠貴)に、中盤から意味が与えられるのも楽しいではないか。
同じ学校だが名前も知られていない君島にズカズカと近寄る香住が、二人がつきあう馴れ初めを聞き恋愛指南を受けるシーンは何とも微笑ましい。
◇
何もしないまま香住とラブホから出た宮本は、美奈子と鉢合わせし、婚約破棄騒動に発展する。策略通りだが、
結局元のさやに納まる。そう簡単に、資産家同士の政略結婚は揺らがない。それが<普通>だ。
「<普通>って何? <普通>かどうかなんて、どうでもいい! 僕は、君を傷つけたあの宮本っていう男が許せないよ!」
大野が初めて大きな声を上げたとき、胸からつっかえが取れた気になる。
◇
結局、大野と香住はそれぞれが<普通>というカテゴリーには属していないこと、そして、それ自体に何も意味がないことを分かり合う。
<普通>と<まとも>の森
本作で語られるのは<普通>かどうかであって、<まとも>という台詞はなかったように思う。
ただ、タイトルを<普通でないのは君も一緒>にすると、<まともでないのは…>に比べ、やや迫力に欠け、また意味合いも薄らぐ。そいう判断があったのではないかと想像する。
勿論、この二人は、<普通>イコール<まとも>だとは思っていないだろうけれど。
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本作は森で始まり、森で終わるなかなか楽しい作品だった。山崎賢人主演で映画化した『羊と鋼の森』ではピアノの音楽の世界を森に例えたが、本作では数学の調和の世界が森につながる。
数学の美しさを熱く語る人と言えば、私の中ではこれまでは『博士の愛した数式』の寺尾聡だったけれど、本作でだいぶ若返った。
◇
ところで、予備校の講師って、あんな感じで教え子の女子高生と二人っきりで行動してしまうものなのか? そこは年頃の娘を持つ親として、少々引っかかるところ。この予備校の就業規則を確認してみたいものだ。