『風花』
相米慎二監督の遺作となった、小泉今日子と浅野忠信の共演で贈るロードムービー
公開:2001年 時間:116分
製作国:日本
スタッフ
監督: 相米慎二
脚本: 森らいみ
原作: 鳴海章
『風花』
キャスト
冨田ゆり子: 小泉今日子
澤城廉司: 浅野忠信
美樹: 麻生久美子
ゆり子の母: 香山美子
住職: 高橋長英
風俗店店長: 尾美としのり
廉司の上司: 小日向文世
廉司の父: 寺田農
温泉宿の親父: 柄本明
温泉宿のおっさん: 綾田俊樹
温泉宿の若い男: 酒井敏也
冨田重之: 鶴見辰吾
冨田香織: 山本真亜子
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
ある春の日の朝、満開の桜の木の下でふと目を覚ました廉司(浅野忠信)。隣には見覚えのない女性の姿があった。
廉司は、将来有望な文部省の若手官僚だったが、酒癖の悪い彼は泥酔して万引きしたことが週刊誌に報じられ、自宅謹慎処分の身に。
前夜、やけ酒をあおった廉司は、風俗店でゆり子(小泉今日子)と出会い、酔った勢いで、北海道の実家に帰る予定の彼女と、一緒に旅をする約束をしていたのだった。
こうして二人は、北海道を目指してともに旅に出る。
今更レビュー(ネタバレあり)
遺作となってしまった
相米慎二監督の遺作となった作品。酒癖の悪い若手官僚の廉司(浅野忠信)が、ピンサロで出会った女・ゆり子(小泉今日子)との約束を守り、彼女の故郷である北海道まで一緒に旅をすることになる奇妙なロードムービー。
薬師丸ひろ子や斉藤由貴といったアイドル女優を厳しい指導で育ててきた相米慎二監督だが、小泉今日子に対しては、同じ扱いではないのだろう。何せ今回、彼女の役はピンサロ嬢なのだから、アイドル映画とは違う。
特にキワドイ場面はないとはいえ、ちゃんとキョンキョンがそれっぽい職業の女に見えるところはさすがだ。有村架純が元風俗嬢を演じた『ちひろさん』(今泉力哉監督)も、この演出力を見習ってほしい。
映画は満開の桜の樹の下で泥酔して寝たまま朝を迎える廉司とゆり子のシーンから始まる。
映像的には実に美しいカットだが、ここで伝えたいのは、廉司が恐ろしく酒癖が悪いこと、そして、ゆり子が北海道に墓参りに行くのに付き合ってやる約束をしたらしいことだ。
二人は別に交際している訳でもなく、ただの風俗嬢と一見客の関係だったが、その後廉司が酔いつぶれたことで親しくなる。廉司は若手官僚だが、上司(小日向文世)に、しばらく出社しないよう指示される。
彼のスキャンダルが写真週刊誌に掲載されたのだ。汚職のババでもつかまされたかと思いきや、どうやら泥酔のうえでコンビニの万引きで捕まったというもの。だから当面やることもなく、北海道行きは持ってこいの話だった。
ゆり子は死んだ夫(鶴見辰吾)の借金をかぶって、幼い娘を母(香山美子)に預けて上京し、帰省もせずに5年が経過していた。今回の帰省で、夫の墓参りをして娘の顔を見ようという計画だった。
不機嫌なロードムービー
男女カップルのロードムービーでありながら、二人とも仲睦まじいわけでなく、まるで倦怠期の老夫婦のよう。廉司は素面の時には減らず口しか叩かない可愛げのない男で、一方のゆり子はそんな相手に悪態をつきまくる。
しかも、それぞれを取り巻く環境はさらに深みにはまっていく。ゆり子の母は住職(高橋長英)と再婚しており、「置いていった孫娘を実子として育てるから、あんたは母親として顔を出すな」と言い渡され、悲嘆する。
廉司は付き合っていた美樹(麻生久美子)とのトラブルが発覚し、上司に解雇を言い渡される。
◇
こんな感じで、寒空のなか北海道の寂れた田舎町を巡る退廃的なロードムービーは、心中まっしぐらの雰囲気で進む。ピンク色のレンタカー(スズキ・エスクード・ノマド)だけが、場違いな明るい雰囲気を醸し出す。
それにしても、ここまで暗鬱なトーンで話が進む相米映画がほかにあっただろうか。すっかり、性格の悪い若手官僚になりきっている浅野忠信が新鮮にみえる。
『酔いがさめたら、うちに帰ろう。』(東陽一監督)でも浅野はアル中の役を熱演していたが、その素地はここで培われたか。
彼は小泉今日子の昔からのファンだったそうで、この共演は嬉しかったらしい。ただ、独自のアプローチなのか天然なのか分からないが、浅野忠信ならではの芝居に合わせる女優の方はなかなか大変そうに見えた。
ピヨピヨと歌う柄本明
雰囲気が大きく変わるのは、道に迷った末にたどり着く雪深い山の中の温泉旅館。愛想の悪い主人(柄本明)が食事はあと30分でお終いだよとか塩対応するのだが、定食屋のような食堂に行くと、様変わり。
主人がひとりで舞台に立ち、旅芸人の一座のように座頭市を演じたり、ちょっとお下劣な「ピヨピヨ」ソングを弾き語りしたりと、エンターテイナーぶりを発揮。男ばかりの常連客も大騒ぎ。そこに紅一点のゆり子は艶めかしく見える。
このむさ苦しい男ばかりの温泉宿でゆり子におっさん(綾田俊樹)が言い寄ったり、彼女がプロと聞いて童貞男(酒井敏也)を連れて部屋まで押しかけたりと、昭和感漂う情景。
居酒屋で田舎町の悪態ばかりついている廉司が常連客(木之元亮)に殴られるのもそうだが、文化の違いで気まずさ満点。
◇
この柄本明の怪演あたりから、終盤、ひとりで雪原の上で寝そべって凍死しようとするゆり子が、凍てつく川にひざ下まで入り線香花火を楽しみ、睡眠薬を飲みながら薄着になって横たわるシーンが幻想的。
傑作『お引越し』の琵琶湖の幻の舟のシーンを彷彿とさせる。ダイヤモンドダストのような雪の美しいこと。でも、この撮影はきっと、死にそうに寒かったに違いない。だって相米慎二だもの。
これでゆり子が死んでしまったら、きっと廉司も後追いしてしまうだろうし、何と悲しい遺作になるところだったが、ラストは何とか挽回し、ゆり子は娘と再会する、希望のあるエンディングを迎える。
◇
この映画は単体では地味すぎて相米イズムがあまり感じられないものの、常連の寺田農を筆頭に、柄本明、鶴見辰吾、尾美としのり、木之元亮、声だけだが笑福亭鶴瓶など、相米組の役者たちが多く登場する。
意図したわけではないだろうが、監督デビュー20周年の本作は、結果的に遺作にふさわしいものになっていた。
相米慎二のような厳しい演技指導スタイルの監督は、コンプラ意識の高い昨今ではもはや登場しても叩かれるだけだろう。よくも悪くも、武勇伝の多い監督だった。
彼が本作の次に企画していた『壬生義士伝』は、没後、滝田洋二郎監督によって映画化された。『東京上空いらっしゃいませ』の中井貴一に、『魚影の群れ』の佐藤浩市の共演だ。
作品自体は面白かったのだが、相米慎二監督版も観て見たかった。