『ブル-ピリオド』
突如絵画の魅力にとりつかれ、東京藝大への受験を目指す物語。半分どころか全面的に青い
公開:2024年 時間:115分
製作国:日本
スタッフ
監督: 萩原健太郎
脚本: 吉田玲子
原作: 山口つばさ
『ブル-ピリオド』
キャスト
矢口八虎: 眞栄田郷敦
ユカちゃん(鮎川龍二):高橋文哉
高橋世田介: 板垣李光人
森まる: 桜田ひより
桑名マキ: 中島セナ
矢口行信: やす(ずん)
矢口真理恵: 石田ひかり
佐伯先生: 薬師丸ひろ子
大葉先生: 江口のりこ
橋田悠: 秋谷郁甫
恋ヶ窪晋: 兵頭功海
後藤先生: 三浦誠己
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
高校生の矢口八虎(眞栄田郷敦)は成績優秀で周囲からの人望も厚いが、空気を読んで生きる毎日に物足りなさを感じていた。
苦手な美術の授業で「私の好きな風景」という課題を出された彼は、悩んだ末に、一番好きな「明け方の青い渋谷」を描いてみる。
絵を通じて初めて本当の自分をさらけ出せたような気がした八虎は、美術に興味を抱くようになり、またたく間にのめりこんでいく。そして、国内最難関の美術大学への受験を決意するが…。
レビュー(まずはネタバレなし)
美大なんて将来性あるのか
マンガ大賞を獲った山口つばさの原作コミックは未読につき、眞栄田郷敦主演で美大受験を扱った青春映画という程度の予備知識しかなかった。
観てみると、いい意味で想像を裏切ってきた。ここまで愚直に受験勉強を頑張る話だとは思わなかった。観ている方も、身が引き締まる。
◇
冒頭、渋谷センター街で悪友たちとサッカー観戦に興じて朝まで盛り上がっている主人公の高校生・矢口八虎を演じている眞栄田郷敦。
彼には『東京リベンジャーズ』の印象が強いせいか、不良学生たちの青春ムービーなのかと思いきや、実は結構成績優秀で、酒やらタバコやらとハメをはずしているのは悪友たちとの付き合いを優先しているからと分かる。
美大を目指している、級友で美術部員のユカちゃん(高橋文哉)に、「美大なんて将来性あんの?」と真顔で尋ねるような八虎だったが、森先輩(桜田ひより)の天使の絵にどこか心惹かれる。
◇
彼の人生を変えるきっかけとなったのは、授業で出された「私の好きな風景」という課題だった。
自分の好きな<明け方の青い渋谷>を斬新なタッチと色合いで描いてみると、みんなからも高い評価を得て、自分の人生で初めて、好きな事、やりたい事が見つかる。
そこからは、いてもたってもいられない。志望校を東京藝大の絵画課に絞る。最難関だが、もともと家計を考えての国公立志望。藝大だって、同じ国公立だ。
好きなことなら、趣味でいいじゃないか。それは大人の発想で、好きな世界で生きたいと考えるのがモノの道理だろう。八虎の純粋さが青い。
キャスティングについて
眞栄田郷敦も自身、サックスでプロを目指し藝大を受験した経歴があり、この役とは相性がいいのかもしれない。鋭い眼光でキャンバスの前で絵筆を握る姿がサマになっている。
絵を描く面白さに目覚める映画というと、近年では横浜流星の『線は、僕を描く』(2022)か。あれは水墨画、こちらは油絵。
流星も郷敦もキラキラネームで空手の達人という共通点はあるが、筆を持たせると、ちゃんと画家の才能があるように見えるところは、さすが。
監督は『東京喰種 トーキョーグール』、『傲慢と善良』の萩原健太郎。どちらも原作との改変が気になって落胆が大きかったが、本作にはこれといった違和感を覚えないのは、単に原作未読だからか?
少なくとも、美大の受験事情に明るくない者としては、何ごとも新鮮に見えた(二次試験に何日もかかるとか)。
◇
高校の美術の佐伯先生を演じる薬師丸ひろ子が、芯は強いがやや静かでソフトな印象で、受験をアシストする雰囲気が足りない気がした。
だが、八虎が通い始める美術学校の大葉講師役の江口のりこが、対照的で力強く、頼もしかった。『愛に乱暴』や『お母さんが一緒』など、最近空回りする役が多かったので、この役には安堵感。
級友のユカちゃんこと鮎川龍二(高橋文哉)は女装趣味ではなく、心が乙女のロン毛の美男子。八虎を美術の道に誘い込み、自らは藝大の日本画科を目指す。映画に八虎と恋愛関係にあるヒロインが登場しないのは、鮎川の存在ゆえか。
旅館で二人とも裸になったときはどうなるのかと思った。高橋文哉は『からかい上手の高木さん』にいじられてた西片かあ。雰囲気違ってて分かんなかった。
一方、『八犬伝』で女装犬士を演じていたのが、美術学校の優秀な生徒・高橋役の板垣李光人。近作は『はたらく細胞』の赤血球。
ムサビに進んだ森先輩役に桜田ひよりは、萩原監督の『東京喰種 トーキョーグール』繋がりか。彼女がヒロインなのかと思ったが、そういうわけではないらしい。
八虎の両親は、父親にずんのやす、母親役が石田ひかりの家庭の一人息子。かつて社長だった父が没落しているらしく、母は「進学先は国公立でよろしくね」と、八虎を応援しつつやんわりとプレッシャーをかける。
温かい家庭ではあるが、八虎が美大進学を言えずに苦悩するのは、父親ではなく母親に対してというのが興味深い。「美大なんて、食べていけないわよ」と、現実目線の母。「母さんの望む生き方できなくてごめん」と呟く息子が泣かせる。
我が子が食っていけるように道筋をつけてあげるのも親の仕事なら、我が子がみつけた道を信じて背中を押してあげるのも親の仕事。どちらが正解とも単純には言い難い。
レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意ください。
東京藝術大学の現役生の倍率は200倍で、現役合格は毎年5人くらいだという。本当か知らないが、恐ろしく狭き門なことは確かだろう。終盤に合格者発表場面があるが、その合格者数の少なさに、門の狭さを再認識する。
いろいろな課題に取り組んで自分の絵を追求し、そして成長していく八虎をみていくことが楽しい。
この手のドラマにありがちな、仲間うちとのライバル争いやら足の引っ張り合いみたいなものは、極めて希薄。だが、それでよいと思う。だって、受験の対戦相手はまだ見知らぬ天才たちであり、同じ学び舎の仲間ではないのだから。
受験ドラマである以上、クライマックスには合格発表がある。ここでその当落には触れないが、描き方としてはやや淡泊すぎる気もした。
それよりも言葉足らずだったのは、受験開始直後にデッサンにバッテンを書いて退場したユカちゃんの心情だ。
彼女はそこで、自分の進むべきは日本画科ではないと悟り、服飾の道に進み直すことになるのだが、映画ではその心のひだが十分に伝わってこなかったように思う。
映画全体としては、派手さや盛り上がりに欠けるという声もありそうだが、普段あまり接することのない美大受験について、ここまでマジメに向き合ってくれる娯楽作品はそうそうない。原作を読んでみたい気になった。