『シザーハンズ』
Edward Scissorhands
ティム・バートン監督が盟友ジョニー・デップと初めて出会った切ないファンタジー
公開:1990年 時間:105分
製作国:アメリカ
スタッフ
監督: ティム・バートン
脚本: キャロライン・トンプソン
キャスト
エドワード: ジョニー・デップ
キム: ウィノナ・ライダー
ペグ: ダイアン・ウィースト
ビル: アラン・アーキン
ケヴィン: ロバート・オリヴェリ
ジム: アンソニー・マイケル・ホール
ジョイス: キャシー・ベイカー
発明家: ヴィンセント・プライス
勝手に評点:
(オススメ!)
コンテンツ
あらすじ
化粧品販売の仕事をしている女性ペグ(ダイアン・ウィースト)が町外れの屋敷を訪ねたところ、そこには発明家(ヴィンセント・プライス)が生み出した人造人間エドワード(ジョニー・デップ)がいた。
完成前に発明家が亡くなったため、手の代わりにハサミがつけられたままだった。同情したペグはエドワードを家に連れ帰り、家族と一緒に暮らすことに。
植木を美しく整えたりペットの毛をトリミングするなど、ハサミを活かした特技でエドワードは地域の人気者になり、やがてペグの娘キム(ウィノナ・ライダー)に惹かれていく。
今更レビュー(ネタバレあり)
ハサミの手を持つ人
おそらく公開時以来久々に観たのではないかと思う。クリスマスシーズンに相応しい現代の寓話。
『ビートルジュース』(1988)、『バットマン』(1989)と毎年ヒットを飛ばしてきたティム・バートン監督だが、まさか翌年にこんな甘く切ないファンタジーを世に送り出すとは驚かされた。
おとぎ話のフォーマットに沿うように、「おばあちゃん、雪はなぜ降るの?」と雪の降る夜にベッドで寝付けない孫にせがまれ、祖母が<ハサミの手を持つ人>の長い物語を話しだす。
◇
回想で登場する、物語の舞台となる西海岸の住宅街の町並の何と美しいこと。広い庭をもつ邸宅が並ぶ住宅街は珍しくないが、その家々がどれも色とりどりのパステルカラー。
更にご丁寧にも、各邸宅のクルマも、有閑マダムたちが着ている服も、みなパステルで統一。まるでウェス・アンダーソン監督の世界だと見惚れてしまうが、時代的にはこちらが先行か。
そんな街中でご近所を回っているエイボン化粧品のセールスレディ、ペグ(ダイアン・ウィースト)が、新規開拓にと山の上に聳える古城のような屋敷を訪ねると、そこには両手がハサミのエドワード(ジョニー・デップ)が長年孤独に暮らしている。
バートン meets デップ
天才発明家(ヴィンセント・プライス)が人造人間の製造に成功したが、人間の手を与える寸前に心臓麻痺で死んでしまったようだ。
だから、エドワードの両手はハサミのまま。それもバルタン星人の造形とは違い、五本の指がいろいろなハサミでできているような構造。
黒革のツナギのような服に青白い顔とモジャモジャヘアで、何をするにもオドオドときょとんとしたエドワード・シザーハンズ。演じるのは当時まだ無名に近いジョニー・デップ。
I agree a “Edward Scissorhands” sequel is not needed
— ReemDepp – Johnny Depp is A Legend 🦇 (@ReemDepp) December 2, 2024
This is fair enough ♥️ pic.twitter.com/jXaoL2uZVl
ティム・バートン監督は、当時彼を見て、演技は下手だが殻を破る意欲のある若者と思ったそうだが、まさか本作の出会いから、以降数多くの傑作を生みだす盟友になるとは想像しなかっただろう。
本作でエドワードの見せる珍妙な動きや表情は、大物俳優となったジョニー・デップではとても応じてくれなかったかもしれない。その意味では貴重な作品だ。撮影前に両手にハサミを持って、細かい作業にも順応できるよう練習した甲斐がある。
ハッピーエンドへの改変を要求して降板したというトム・クルーズも主演候補だったというが、よくぞジョニデ抜擢でサッドエンドの映画にしてくれました。
優しいホストファミリー
古城でエドワードと出会ったペグは、驚いて叫ぶでも化粧品を売りつけるでもなく、彼を自分の家に連れて行って面倒をみてあげる。心優しい女性なのだ。演じるダイアン・ウィーストは、『運び屋』でイーストウッドの奥さん役だった女優だ。
彼女の家には夫のビル(アラン・アーキン)と小学生の息子ケヴィン(ロバート・オリヴェリ)。家族はみな心優しく、エドワードを歓待する。
両手がハサミのエドワードは、着替えも食事もままならず、顔は生傷だらけ。それでも楽しそうに家族の世話になる。
そこに夜遊びから帰ってきたキム(ウィノナ・ライダー)が登場。自室に寝ているエドワードを見つけ絶叫。彼も驚いてウォーターベッドに穴をあけてしまい水が噴出。このシーン、好きだなあ。
一風変わっているがよく見ればハンサムな新参者の登場に、有閑マダムたちは興味津々。呼ばれもせずにペグの家でBBQパーティだと押しかける。
エドワードは得意のハサミさばきで、町中の樹々をトリミングして恐竜や人物像を作ってみたり、愛犬たちのグルーミングをしてあげたりで一躍人気者に。
ついには、ひらめきに任せてマダムたちのヘアカットまで。まるでカリスマ美容師のようだと思ったら、そもそもシザーハンズのモデルになったのは、エドワード・トリコミという実在する美容師なのだそうだ(日本にも店舗あり)。
ティム・バートン監督が、彼のハサミさばきに魅了されちゃったんだろうな。名前まで拝借してるし。
そして悲劇が訪れる
でも、このまま町の人々に愛されて順風満帆な半生だったら、寓話にならないわけで、エドワードに悲劇が訪れる。
キムのボーイフレンドで放蕩バカ息子のジム(アンソニー・マイケル・ホール)が、エドワードを悪事に誘い込む。自分の家に不法侵入してクルマを盗むのを手伝わせるのだが、エドワードだけが捕まってしまう。
「武器を捨てろ」と警察に包囲されるが、両手のハサミは捨てようがないエドワード。ここは気の毒すぎて笑えない。
◇
ジムたちは彼を見放し、町のマダムたちも彼に手のひらを返したような扱いを始める。エドワードに色仕掛けで迫って拒絶された欲求不満の主婦ジョイス(キャシー・ベイカー)は、「彼にレイプされそうになった」と吹聴する。
だが、エドワードが一番傷ついたのは、彼を心配し気遣うペグたちホストファミリーでさえ、彼が美容院の開店資金欲しさに犯行に及んでしまったと誤解していることではないか。
秘かに思いを寄せるキムだけはエドワードの本性を分かってくれているが(もとはと言えば、悪事に付き合ったのも彼女のせいだし)、クルマに轢かれそうになったケヴィン少年を助けてもハサミで傷つけたと思われてしまう。
町中が彼を敵視する状況はいたたまれない。警察に追われたエドワードは、空砲を撃って逃がしてくれた巡査(ディック・アンソニー・ウィリアムズ)のおかげで、どうにか町から山の上の古城に戻る。
信頼していた者たちに裏切られたら、普通は憎んで大暴れしてしまうものだが、エドワードは元の通りにひっそり生きようと考えたのだ。
なぜ雪は降るの?
彼を見ていると、<ハリネズミのジレンマ>を思い出す。愛しているのに、相手を傷つけてしまうから近づくことができない。でも、キムはエドワードの懐に飛び込んで、彼を抱き締めてくれた。
もしも、元ボーイフレンドのジムが執拗に彼を古城まで追いかけ、襲いかかってこなければ、愛し合う二人にはハッピーエンドが待っていたかもしれない。
だが、エドワードはもみ合いの末、ジムを刺殺してしまう。そこに町のマダムたちが、彼を警察に突き出そうと山の屋敷まで上がってくる。
キムはとっさに、「エドワードはジムと相討ちで死んだわ」といい、屋敷にあったハサミの手を見せてみんなを欺く。
◇
結局、二人は別れるしかなく、数十年後、エドワードは今も若いままで孤独に暮らし、氷を削ってキムの彫刻を作っている。
「その氷の破片が、雪になって落ちるのよ」
これが冒頭で孫に聞かれた「なぜ雪が降るのか」の答えだった。よくみれば、このおばあちゃんはウィノナ・ライダーではないか。この年齢では、若いままのエドワードには会いに行きたくないという女ごころ。
ひと昔前のおとぎ話なら、最後にエドワードは人間の手を装着してもらい、キムと幸福に暮らしていただろう。『美女と野獣』のビーストが王子様に戻ったように。
だが、後年に撮られたギレルモ・デル・トロ監督の『シェイプ・オブ・ウォーター』にも受け継がれていることだが、本作は悲恋だからこそ、何年も人々の心に残り続ける寓話となり得たのだと思う。