『燃えつきた地図』考察とネタバレ!あらすじ・評価・感想・解説・レビュー | シネフィリー

『燃えつきた地図』今更レビュー|勅使河原宏のシュールな世界④

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『燃えつきた地図』

勅使河原宏監督と安部公房脚本のコラボに、勝新太郎が加わった第4弾。

公開:1968年  時間:118分  
製作国:日本

スタッフ 
監督:        勅使河原宏
原作・脚本:      安部公房

『燃えつきた地図』
キャスト
男(探偵):      勝新太郎
女(依頼人):     市原悦子
依頼人の実弟:      大川修
田代:          渥美清
大燃商事常務:     小松方正
男の妻:        中村玉緒
喫茶店つばき 主人:   信欣三
喫茶店つばき 女店員:吉田日出子
ヌードモデル:     長山藍子
タクシーの運転手:   田中春男
駐車場の管理人:  小笠原章二郎

勝手に評点:3.0
(一見の価値はあり)

(C)東宝1968

あらすじ

ある日、探偵(勝新太郎)のもとへ依頼人の女(市原悦子)がやってくる。夫が失踪したので行方を捜してほしいと言うのだが、彼女は夫捜しに熱心でも協力的でもなかった。

探偵は女の弟(大川修)だという男と出会い、失踪した夫の日記を見せてもらう約束を取り付ける。しかし弟は暴力団同士の抗争に巻き込まれ死亡、探偵も興信所から解雇されてしまう。

男は夫の部下である田代(渥美清)から、夫にヌード写真の趣味があったと教えられるが、それは嘘だったことが判明する。田代は弁明しようとしたが男は聞き入れず、田代はそのまま自殺してしまった。

今更レビュー(ネタバレあり)

勅使河原宏監督と安部公房のタッグとしては第4弾であり最後となった作品。失踪した男の調査を依頼された探偵が、追跡を進めるうちに、手がかりとなるものを次々と失い、大都会という砂漠の中で自分を見失っていく。

自分というアイデンティティを失って町に溶けこんでいく悲劇は、安部公房の著作で頻出するテーマだ。

冒頭、「失踪した夫を探してほしい」という妻の調査依頼書が女の声で読み上げられる。特徴のある声は、顔の出る前に市原悦子だと分かる。前作『他人の顔』の知恵遅れの娘から、随分年齢を重ねたように見える。

勝新太郎が演じる探偵は調査のために喫茶店つばきを訪れる。ウェイトレス役の吉田日出子がまだあどけない。

(C)東宝1968

団地に住んでいる依頼人の女(市原悦子)は本気で失踪夫を探す気があるのか分からず、情報は出し惜しみし、探偵にしきりにビールを奨める。

調査に行く先々に先回りして探偵に「偶然ですね」と声をかける、派手な赤いコートを着た依頼人の弟(大川修)。表情や立ち振る舞いが誰かに似てると思ったら、古坂大魔王だ。

探偵が主人公のハードボイルドものかと思いきや、調査の過程も進展もとても分かりにくく、未読の方にはとっつきにくい。これは原作通りなのだが、ミステリーというより、探偵が次第に自分の立ち位置を見失っていくことに主眼が置かれる。

グラサン姿で髭面の勝新ががっちりした体格で乗り回すのが、てんとう虫の愛称でお馴染みの小さなスバル360というのが微笑ましい。この小型車で交通量の少ない60年代の東京を走り回る風景を見ているだけでも楽しい。

ただ、映画自体は勅使河原宏安部公房との共作も4作目となると、前衛的な魅力や斬新さはさすがに薄れた気が。

何が物足りなかったかというと、逆説的だが、主演の勝新太郎が目立ちすぎたというか、カッコよすぎたせいではないかと思う。勝プロダクション製作の二作目ということで気合いも入っていたのだろう。

だが、これまでの勅使河原監督作品は、殺されて幽霊になる井川比佐志『おとし穴』)、砂漠で軟禁される岡田英次『砂の女』)、包帯ミイラの仲代達矢『他人の顔』)と、二枚目俳優でも散々な扱いなのが良かったのだ。

探偵勝新だけがハードボイルドで活躍するのは解せない。愛妻である中村玉緒もしっかり結婚後初共演しているし。

ただ、座頭市勝新太郎を現代に甦らせ探偵に仕立てたうえに、まだ『男はつらいよ』のドラマが始まる直前の渥美清を共演者に持ってきているのは興味深い取り合わせ

渥美清が演じるのは依頼人の失踪夫の重要な参考人である部下の田代。失踪者はヌード写真の撮影が趣味だったと明かす。渥美清はがクソ真面目な社員を演じているところが新鮮に見える。

新宿西口でお馴染みの未来的なロータリーを背景にした喫茶店が登場するのだが(そこでヌード写真を人気俳優二人が隠し見ているの笑)、そんな場所に店は現存しないと思っていたら、セットを組んだらしい。

前衛芸術性に関してはこれまでの三作ほどの驚きはないのだが、一方でカメラワークは素晴らしいものが多い。

依頼人の暮らす団地のシーンには特徴的なレモンイエローを活かし、街中のシーンでは窓ガラスに映り込んだ登場人物を巧みにカメラにとらえ、映像に面白味を与え続ける。

新宿南口あたりのタイル張りの舗道を探偵が歩く姿を真上から撮るカットがアート作品のよう。また、喫茶店で探偵と田代が会話するシーンでは、金属製のナプキンホルダーに歪んで映る渥美清の顔に台詞を言わせており、この演出も秀逸だった。

その他、主なロケ地は以下の通り。

  • 新宿の西口から南口にかけてのロケ地はどこか見覚えのある風景
  • 廃バスを利用した飲み屋での乱闘シーンは多摩川の河原
  • 依頼人の住む団地は赤羽台団地(今は「URであーる」のCMロケ地なのかな)
  • 鳥尾町の燃料店は東村山らしい
  • 探偵が幻想で砂漠を彷徨っているときの遠景はマンハッタンの合成

はじめに依頼人の弟が殺され、次には虚言癖がバレた田代が自殺し、興信所も解雇された探偵は手がかりと自分の所在を失っていく。

やがて探偵は、喫茶店つばきの正体が、日雇運転手の斡旋所だったことを知る。彼らは身許も過去も問われない、失業者の群だった。

探偵はその店で客たちに襲われ、気を失ったまま、依頼人のベッドの上で目覚める。そして再度つばきを訪れるが、もはや自分が誰で、どこにいるのかもわからなくなっている。地図は燃えつきてしまったのだ。

この終盤の展開は原作に比べると淡泊で物足りない印象だが、随所にみられるクールな映像と勝新の男臭さだけでも、十分見応えはある。