黒澤明監督の痛快エンタメ時代劇と、樋口真嗣がリメイクしたアイドル時代劇の新旧比較レビュー。
『隠し砦の三悪人』
公開:1958 年 時間:139分
製作国:日本
スタッフ
監督: 黒澤明
キャスト
真壁六郎太: 三船敏郎
雪姫: 上原美佐
太平: 千秋実
又七: 藤原釜足
田所兵衛: 藤田進
長倉和泉: 志村喬
峠の関所番卒: 藤木悠
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
『隠し砦の三悪人 THE LAST PRINCESS』
公開:2008 年 時間:118分
製作国:日本
スタッフ
監督: 樋口真嗣
キャスト
真壁六郎太: 阿部寛
雪姫: 長澤まさみ
武蔵: 松本潤
新八: 宮川大輔
鷹山刑部: 椎名桔平
長倉和泉: 國村隼
峠の関所番卒: 髙嶋政宏
勝手に評点:
(悪くはないけど)
コンテンツ
あらすじ
戦国時代のある地方。秋月家は隣国の山名家との戦いに敗れ、秋月家の侍大将である真壁六郎太(三船敏郎/阿部寛)は、世継ぎである雪姫(上原美佐/長澤まさみ)と秘密の砦にこもる。
二人は大量の黄金を持っており、砦から逃げだすのは容易ではない。
それでも二人は同盟の領地、早川領へ向かわねばならず、六郎太はふと出会った二人(千秋実+藤原釜足/松本潤+宮川大輔)を味方に引き入れ、薪を運ぶ一行に変装して出発する。
しかし道中には敵である山名家など数々の障壁が待ち受けていた。
新旧比較レビュー(ネタバレあり)
ジョージ・ルーカスも模倣した痛快時代劇
オリジナルは黒澤明監督の時代劇の中でも、エンタメに徹した感のある一本。毎度おなじみ三船敏郎が演じる戦国時代の侍大将・真壁六郎太が、上原美佐扮する雪姫と200貫の黄金を守りながら敵の追撃と戦う。
勿論、主人公はこの六郎太なのだが、ひょんなことから逃亡劇の一行に参加することになる百姓出の二人組、太平(千秋実)と又七(藤原釜足)のずっこけコンビが最高に面白く、実質的な主演といってもいいほどだ。
セカイの黒澤明がどれだけ娯楽性を追求しても、結局最後にはチャンバラ時代劇になってしまう他の作品群に対し、本作はこのとぼけた二人組のおかげで、ユーモアたっぷりな作品に仕上がっている。
かのジョージ・ルーカスがこの二人組に着想を得て、『スター・ウォーズ』のC3POとR2D2という大人気のロボットキャラを生み出したことはあまりにも有名。
レイア姫という気の強いお姫様キャラも、本作の上原美佐にインスパイアされているのかもしれない。となれば、三船の演じた六郎太がハン・ソロに近い役回りとなるのだろう。
戦国時代。百姓の太平と又七は、秋月家の兵として山名家との戦いに参加したが、山名に敗れその捕虜になって焼け落ちた秋月城で埋蔵金探しの苦役をさせられる。二人は脱走するが、その途中で秋月の金の延べ棒を発見する。
そこに現れた屈強な男が秋月家の侍大将・真壁六郎太(三船敏郎)で、落城後、大量の金を薪に仕込んで泉に隠し、秋月家の生き残りである雪姫(上原美佐)や重臣(志村喬)らとともに、山中の隠し砦に身を潜めていた。
秋月家再興のため、同盟国の早川領へ逃げ延びる方法を思案していた六郎太であったが、国境は山名に固められている。
しかし太平と又七が口にした、一度敵の山名領に入ってから早川領へ抜ける脱出法が妙案であったため、これを実行に移すことに決める。こうして、四人の逃亡劇が始まるのだ。
大胆だが無謀なリメイク
さて、樋口真嗣監督により2008年に本作をリメイクしたのが『隠し砦の三悪人 THE LAST PRINCESS』。秋月領から山名の目を逃れて早川領を目指すという基本プロットこそ変わっていないものの、随所に独自のアレンジが施されている。
黒澤明監督の作品をリメイクする時点ですでに大胆な企画ではあるが、それに加えての追加的な脚色や設定変更は、正直いって無謀といえる。
◇
ジョージ・ルーカスが黒沢作品の本質的な面白味をきちんととらえているのに対して、こちらはその骨格部分をズタズタにしてしまっている。
その点、『椿三十郎』をリメイクした森田芳光監督は、残念ながらオリジナルを超えることはなかったが、黒澤作品に敬意が感じられ、トホホな改悪は少なかったと思う。
リメイク版でいただけないのは、松本潤が演じる武蔵のキャラ設定に尽きる。
この武蔵という役は、本来は新八(宮川大輔)とずっこけコンビを組むべきキャラだが、マツジュンが演じたことで、真壁六郎太(阿部寛)を押しのけて後半では主役級の活躍をする役になっている。
雪姫(長澤まさみ)とも意識し合う仲になってしまって、オリジナルにはなかった恋愛要素まで匂わせている。
◇
某事務所に属するトップアイドルが演じるのだから、事務所の圧力も製作陣の忖度もあって、こういうハチャメチャな脚本になったのは想像に難くない。
だが、おかげでずっこけコンビはC3POとR2D2のような、<弱っちいが憎めない対等な関係のコンビ>ではなくなってしまったし、本来主役であるべき阿部寛の影が薄くなってしまっている。
黒澤版ではR2D2だったはずのキャラが、なぜか樋口版の後半からハン・ソロになって、姫といい雰囲気になる訳だ。主役を奪われた六郎太は、豪胆さが売りのチューバッカになってしまったようにみえる(『スター・ウォーズ』キャラ名ばかりですみません)。
新旧比較で気になる点
例えば、敵の山名領にわざわざ潜り込んで目的地の早川領を目指すという方策も、オリジナルではとっさの適当な思い付きが実は妙案だったという面白味があったはず。
だが、リメイク版ではマツジュンが軍師のように賢そうに案を語るスタイルになってしまった。
また、コンビの対等なバランスが崩れたことで、宮川大輔ばかりが悪態をつき悪目立ちしているのも気の毒。阿部寛の六郎太はさすがに三船敏郎の存在感には劣るが、それでも健闘していたと思う。
面白いのは雪姫のキャスティングだ。黒澤版の上原美佐は本作デビューの素人で、確かにうまい演技とは言えないかもしれないが、気の強い姫のキャラが立ち振る舞いや話し方から、よく滲み出ている。これが黒澤流の演出というものか。
一方の長澤まさみは、当時既に売れっ子女優だったはずだが、なぜかあまり姫には見えない。彼女は気の強いアクティブなキャラは得意とするところだろうが、お姫様キャラは似合わないのではないか。
近作の『キングダム』然り、『シン・ウルトラマン』や『シン・仮面ライダー』然り、長澤まさみはやんちゃな姫よりも女戦士キャラなのだと思う。
山名側の敵役についても言いたいことがある。オリジナルで魅力的なキャラの最右翼が、槍の名手・田所兵衛(藤田進)だろう。
六郎太とは長年の好敵手であり、腕自慢の二人は、兵たちが見守る中で、一対一で対戦をする。そこで負けてしまう田所兵衛に六郎太はとどめを刺さなかったが、そのせいで殿に罵られ顔に傷を負った兵衛は六郎太を逆恨み。
後日、関所で山名に捕まった六郎太と雪姫は、兵衛によって処刑されるところだったが、姫の死を前にした潔さに心を打たれた兵衛は、山名から寝返って二人を解放する。
「裏切り御免!」と山名に槍を向ける兵衛の爽やかさと単細胞ぶりが、何とも心地よい。藤田進の儲け役だ。
◇
一方、リメイク版にその爽快感はない。六郎太との対戦に負け、殿から顔に傷をつけられた敵役は鷹山刑部。演じる椎名桔平はキャラが立っているが、最後まで悪党のままで、大らかな快男子ではない。
「裏切り御免!」の名台詞は長澤まさみと松本潤がそれぞれ引き継ぐが、爽やかな使われ方ではなく、生きた台詞とは言い難い。
裏切りは御免だ
リメイク版では雪姫を生還させるために、六郎太の妹が影武者となり死ぬ(黒澤版では説明のみで役はない)、また人買いから買い戻した秋月の町娘も身代わりとなり死ぬ(黒澤版は生き延びる)。
そのほか、秋月の町民たちは裏切らずに金の延べ棒を早川領まで運んでくれているかどうか、つまり姫は民に愛されているかがラストに明かされるという、『幸福の黄色いハンカチ』のような展開が加わっている。
総じて、樋口版は黒澤版より、説教臭い感じが強まった。
そのくせ、樋口版の峠の関所では、男装の雪姫を美少年と勘違いして触手を伸ばす男色家の関所番卒(髙嶋政宏)を登場させ、姫が「自分は女だ」と着物を脱いで分からせるという、悪趣味なシーンが加えられている。こうして、映画のバランスは崩れていく。
◇
全編モノクロのオリジナル版に対し、リメイク版はカラーだから優位にあるというものでないことは『椿三十郎』でも実証済だ。
本作も、製作日数が予定の倍の200日、製作費も大幅予算超過となった、妥協を許さない黒澤監督作品の圧倒的な画の迫力の前に、リメイク版は技術の進歩をもってしても、とても歯が立たない。
ただ、それは樋口真嗣監督のせいではなく、相手が大物すぎたということだろう。
黒澤版のラストでは、又七と太平は無事にたどり着いた早川領で城に連行され、本来の姿に戻った雪姫と六郎太、そして兵衛に再会し、ようやく彼等の素性を明かされて仰天する。
ここで初めて、冒険の旅をともにした女性が姫だと知り、また報奨金を貰うのである。『スター・ウォーズ』と『ローマの休日』が混ざったような結末で面白い。
一方のリメイク版では、姫の正体はとうの昔にバレてしまっている。最後は、一緒にいてほしいという姫を「裏切り御免」と振り切って去っていく武蔵。すっかり二枚目路線になっている。
結局、リメイク版はアイドル映画に成り下がってしまったように思う。それも込みで「裏切り御免」なのか。