『かくしごと』
その嘘は、罪か、それとも愛か。あの夏、彼女と少年、そして父親の三人は確かに<家族>だった。杏が再び問いかける『真夏の方程式』。
公開:2024 年 時間:128分
製作国:日本
スタッフ
監督: 関根光才
原作: 北國浩二
『嘘』
キャスト
里谷千紗子: 杏
犬養洋一/ 里谷拓未: 中須翔真
里谷孝蔵: 奥田瑛二
野々村久江: 佐津川愛美
犬養安雄: 安藤政信
犬養の妻: 木竜麻生
亀田義和: 酒向芳
弁護士: 和田聰宏
検事: 丸山智己
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
絵本作家の千紗子(杏)は、長年にわたって絶縁状態となっていた父・孝蔵(奥田瑛二)が認知症を発症したため、仕方なく故郷へ戻って介護をすることに。
他人のような父との同居に辟易する日々を過ごしていたある日、彼女は事故で記憶を失った少年(中須翔真)を助ける。
その少年の身体に虐待の痕跡を見つけた千紗子は少年を守るため、自分が母だと嘘をついて一緒に暮らし始める。
認知症が進む父と三人で、最初はぎこちないながらも次第に心を通わせ、新しい家族のかたちを育んでいく千紗子たちだったが、幸福な生活は長くは続かなかった。
レビュー(まずはネタバレなし)
生きてるだけで、杏のこと
難病ものを中心に感動を強要してくる過剰演出の劇場予告はいまだに減らないが、本作の劇場予告はなかなか抑制が効いていて、観たいと思わせるものだった。そんな訳で、初日に劇場に足を運ぶ。
主人公の絵本作家・千紗子を杏が演じている。とある事情から自宅に連れ帰った、記憶を失ってしまった少年の身体を見て、千紗子は少年が親に虐待を受けていたことを確信する。
少年を守りたい一心で、彼女は自分が母親だと少年に嘘をつき、認知症の進む父・孝蔵(奥田瑛二)と三人で暮らし始める。そういう話だ。
監督は趣里主演の『生きてるだけで、愛。』の関根光才。広告やMVなど映像クリエイターの人ながら、本作はそれを感じさせない、実にしっとりとした仕上がりになっている。
『キングダム 運命の炎』で凛々しい杏の演技に惚れ直した人には、本作で更に彼女の迫真の演技を堪能してほしい。
千紗子の嘘から始まった物語。原作は、北國浩二の小説『嘘』。未読だが、読んでみたいと思った。このタイトルではインパクトが弱いと思ったか、『かくしごと』に改題したのは好判断。
ただ、アニメの『かくしごと』とは全く関係なく、上映前には何度も『言えない秘密』(別物だけど意味的には類似)の劇場予告がかかり、更に同日公開の『あんのこと』なんて映画もあったりして。本作に罪はないが、混乱しそう。
虐待児を匿う話の既視感
本作の舞台は長野県伊那市。ポツンと一軒家でひとり暮らしの老父・孝蔵のもとに娘の千紗子が帰ってくる。裸で徘徊して保護された父の独り暮らしは危ないと言われ、介護認定がおりるまで彼女が面倒をみる羽目になったのだ。
母には先立たれ、とある確執から父とも絶縁していた千紗子。7年ぶりの再会だったが、孝蔵は娘のことも分からないほど、認知症が進んでいる。
◇
久しぶりの実家暮らしで、親友の野々村久江(佐津川愛美)と旧交を温めに居酒屋に行くが、運転代行が捕まらずクルマで帰ると言い出した久江が夜道で少年を轢いてしまう。
公務員勤めの久江は飲酒運転もあり通報をためらい、とりあえず同乗していた千紗子の家に少年を運ぶ。幸い交通事故の傷は浅かったが、少年には記憶がなく、また身体には虐待の痕跡が。
こうして、久江の反対を押し切り、千紗子は少年を守るために、自分が母親となり嘘の共同生活を始める。半ば強引な展開ではあるものの、杏の熱演がそこに説得力を与えている。
ただ、本作にみられる展開は、わりと他作品でも多くみられる。偶然だが、数日前に観たペ・ドゥナ主演の韓国映画『私の少女』(2014)もそうだし、近作なら杉咲花の『52ヘルツのくじらたち』もそうだった。
法律に触れると知りながら、虐待で生傷だらけの子供を無断で匿ってしまうパターン。更には、自分が母親なのだと子供に信じ込ませて育てていく話となれば、『八日目の蝉』にも近い部分があるともいえる(あちらは乳児誘拐だったが)。
認知症の父の存在が大きい
あちこちに既視感を感じさせる要素がありながら、本作はそれでも<見せるドラマ>になっているのは、認知症の父の存在のおかげではないかと思う。
もしも千紗子と久江の二人だけで、少年を匿ったり、彼を捨てた親がどんな奴か探りを入れたりと、言い合いしながら進んでいく慌ただしい展開だったら、ここまでの家族ドラマにはできなかっただろう。
認知症で言動も支離滅裂かもしれないが、元教師だという、この父親の存在は大きい。あの奥田瑛二がついに、こういう老人役をやるのかと驚いたが、三國連太郎が登場したのかと思うほど、見事な変貌だった。
渡辺謙の実娘と、安藤サクラの実父が父娘を演じているというのも面白いが、まあ両家とも芸能一家だから、いろんな共演はありえるか。
◇
もう一人、いい味を出していたのが田舎町の医者の亀田先生を演じていた酒向芳。最近ではアクの強い悪党か警察官僚が多かったように思うが、こういう普通の善良な市民もメチャクチャうまいではないか。
千紗子がなぜ、異様なまでに少年の保護にこだわったのか。それには彼女の過去が影響している。
学生結婚で子供を作った千紗子だったが、海難事故でその息子を亡くしてしまい、それが原因で夫とも別れる。厳格だった父とは、学生結婚に加え、子供の事故死をきっかけに、決定的な溝ができてしまう。
父は今、その溝を埋めないままに、過去を全て忘れようとしているのだ。それをずるいという千紗子が、息子の死に対する自責の念にとらわれ、この少年を守らなければと考えたことは想像に難くない。
安藤政信の狂気
千紗子と少年は、認知症の父と暮らし始める。父は、少年はこの女の子供だと認識はしているものの、それ以上は何も聞かず、ただ仏像づくりに専念する。安易に三人が仲良くならない匙加減がほどよい。
本作はあくまでニセの母と子の物語だが、頑固な父をけして赦さなかった千紗子が、日に日に幼児化していく父に涙し、少しだけ寛容になる描写もいい。
ただ、このまま三人が幸せに暮らすだけでは、ドラマが成立しない。少年の義父である犬養安雄(安藤政信)がついに登場し、これにより、ドラマは転調することになる。
安藤政信がハマリ役だ。振り返ると、彼の登場するのはほんの2シーン、時間にして5分もないか。カット数なら、むしろ妻役(少年の実母)の木竜麻生の方が多いくらい。だが、本作の安藤政信は、狂人の眼差しで強烈な爪痕を観る者の胸に残すはずだ。
映画の終盤は法廷劇になる。じっくり描けば2時間半くらいの作品になったと思うが、特に後半はテンポよく切り上げて無駄なくまとめた印象。悪くはないが、人によっては、ちょっと淡泊に感じるかもしれない。
レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見・未読の方はご留意ください。
『八日目の蝉』で子連れ隠遁生活の誘拐母が見つかってしまったのは、意図せず撮られた新聞記事の写真だった。本作ではどうなるかと思ったら、やはり似たようなものがきっかけとなる。
ここまでは容易に読めた。だが、三人が暮らす山奥のポツンと一軒家に、突如、少年の父が現れただけでなく、その後にすぐ刺殺されてしまうのは、さすがに呆気なく、驚く。
ここで父は彫刻用のナイフを持って男に突進するが、男を刺したのは別人だ。てっきり、認知症の父に殺人の罪をかぶってもらう話になるのかと思った。
それでは、東野圭吾の『赤い指』だ。杏はかつて『真夏の方程式』のヒロインを演じているとはいえ、そこまで東野圭吾ワールドに傾倒する義理はない。
◇
さて、少年の父の死体遺棄、そして隠蔽といった話かと想像したが、テンポのよいことに、すぐに裁判のシーンに移行する。被告人は千紗子。少年を誘拐し暮らしていたが、実の父親が現れたため、刺殺したという罪状だ。
検事に丸山智己、弁護士は和田聰宏。法廷劇としては、わりとあっさり目。裁判の行方はここでは伏せさせていただくが、最後はキレイに収まる。最近はやりのモヤモヤ系エンディングよりも、精神衛生上とてもよい。
気になったのは、いくら少年を自分の子供だと騙しとおしても、学校に通わせないわけにはいかないだろうということ。これは1か月くらいの話だから、丁度夏休みだったということなのかな。