『グエムル 漢江の怪物』
괴물 The Host
漢江に生息する巨大モンスターと家族との戦いを描いたポン・ジュノ監督の怪獣映画
公開:2006年 時間:120分
製作国:韓国
スタッフ 監督・脚本: ポン・ジュノ キャスト パク・カンドゥ: ソン・ガンホ パク・ヒョンソ(娘): コ・アソン パク・ヒボン(父): ピョン・ヒボン パク・ナミル(弟): パク・ヘイル パク・ナムジュ(妹): ペ・ドゥナ 怪物の声: オ・ダルス
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
ソウル中心部を流れる漢江の河川敷に、突如として正体不明の凶暴な怪物が出現。怪物は見物に集まった人たちを次々と襲った後、河川敷で売店を営むパク一家の娘ヒョンソ(コ・アソン)を奪って水中へ消えてしまう。
韓国政府は、怪物が伝染病ウィルスの宿主であるという声明を発表。怪物と接触したパク一家はウィルスに感染している可能性が高いとして病院に収容される。
娘ヒョンソの生存を信じるカンドゥ(ソン・ガンホ)は家族と共に病院を抜け出し、自ら怪物に立ち向かうことを決意する。
今更レビュー(ネタバレあり)
ポン・ジュノ版ゴジラ
『殺人の追憶』で大ヒットを飛ばしたポン・ジュノ監督が、突如方向性を変えモンスターパニックの映画を撮ると聞き、公開当時は驚いたものだ。
ソウルに流れる漢江に生息する爬虫類か両生類のような巨大な怪物の物語。勿論、怪物が暴れ回るだけの痛快な怪獣映画ではなく、ポン・ジュノ監督らしい社会風刺が随所にみられる。
◇
物語は2000年から始まる。どこぞの霊安室のような研究施設で、潔癖症の白人男性の上司が韓国人の部下に部屋が埃まみれだと注意する。
「ビンに埃のついたホルムアルデヒドを全て下水に流して処分しろ」との上司の指示で、毒物が漢江に流れ込む。こうして、漢江には畸形の生物が育ち、6年かけて巨大化する。
特に説明もないのにすぐに理解できるのは、それがゴジラの出自とよく似ているからだ。
あちらは確か、米軍の水爆実験から誕生した怪物。本作の元ネタも、在韓米軍が実際に漢江に薬品を流出させた事件である。米軍が自然環境を破壊したツケを払わされるアジアの小国という構図も、ゴジラと共通している。
白昼堂々の大暴れ
主人公のパク一家は漢江の河川敷で売店を営んでいる。昼寝ばかりで店番も満足にできないカンドゥ(ソン・ガンホ)。13年前に妻に逃げられたが、中学生の娘ヒョンソ(コ・アソン)は健やかに育っている。
店を経営するのは老父ヒボン(ピョン・ヒボン)。ほかに妹のナムジュ(ペ・ドゥナ)と弟のナミル(パク・ヘイル)がいる。
どうみてもカネはないが、貧しくても逞しく元気に暮らす家族、その中心にソン・ガンホがいるという設定は、後にポン・ジュノ監督が『パラサイト 半地下の家族』でも再度用いることになる。
この漢江の河川敷にグエムルが襲来することは当然想像通りだが、その見せ方には驚く。
周囲には行楽客等大勢の人々がおり、それが橋にぶら下がる正体不明の巨大な生き物を「何だあれ?」と騒いでいたのも束の間、すぐにグエムルは川面から飛び出して、次々と人々に襲いかかる。
ゴジラと同じなら、もっとチラ見せで焦らした後、満を持してのお目見えかと思っていたら、何とサービス精神旺盛なことか。何ら勿体つけることなく、すぐに真打登場で、白昼堂々ヌメヌメとした全身を晒す。
この手のウェット系の謎の生命体は、暗所で一瞬だけ登場させるのが『エイリアン』からのお作法で、それを無視して全身を鮮明に披露した『エイリアン3』が駄作扱いされたものだ。だが本作はその<やっちまった感>がない。
『アバター』などで知られるWETAデジタルが手掛けた怪物が秀逸なせいか、そもそも怪物の姿で観客を脅かすことをねらっていないせいか。
このグエムルは多くの人々を襲った挙句に、ヒョンソをかっさらって漢江に戻ってしまう。中学の制服姿のヒョンソの背後から近づく巨大な怪物が、彼女を尾っぽで巻き取って攫って行くカットは、何とも怖く美しい。
怪物に殺されてしまったと集団葬儀まで行われたヒョンソだが、ケータイに連絡が入ってきて生存が確認される。家族は力を合わせて、ヒョンソの所在場所を突き止め、怪物を倒して救出しようと懸命になる。
情けない家族の活躍と米国風刺
ポン・ジュノ監督はあえてこの家族を情けない者たちの集まりにしている。
このような局面で家族のために強靭な存在になりえるのは母親で、だから二世代にわたり母親がいない設定にしているそうだ。そのために、知恵と力を絞り、パク家の四人は奮闘するのだ。
面白いことに、ゴジラと違い、本作では政府も軍も何も手助けしてくれない。あれだけ被害者を出したのに退治しようともせず、国はグエムルの病原菌対策ばかり気にしている。
ヒョンソ救出に奔走するカンドゥに対しても何ら協力することなく、逆に一家を保菌者として逮捕しようとするのだ。頼れるのは学生運動ばかりなり。まるで光州事件のようだ。
そういえば、『タクシー運転手 約束は海を越えて』もソン・ガンホ主演だった。
◇
そして、グエムルを生み出した米国もまた直接的に怪物退治することなく、ウィルスに効果のある「エージェント・イエロー」なる化学兵器を散布することに躍起になる。
この名称はベトナム戦争での枯葉剤「エージェント・オレンジ」に因んでいるらしい。
更に、米軍は身柄確保したカンドゥをロボトミー手術で黙らせようとまでしており、ここまで米国相手に風刺を利かすポン・ジュノ監督の姿勢には頭が下がる。日本のメジャー作品にこんな度胸はないだろう。
ポン・ジュノ組の常連たち
パク家族のキャストはポン・ジュノ監督作品の経験者ばかり。
カンドゥ(兄):ソン・ガンホ
『殺人の追憶』・『スノーピアサー』・『パラサイト 半地下の家族』
ヒョンソ(娘):コ・アソン
『スノーピアサー』
ナムジ(妹):ペ・ドゥナ
『ほえる犬は噛まない』
ナミル(弟):パク・ヘイル
『殺人の追憶』
ヒボン(父):ピョン・ヒボン
『ほえる犬は噛まない』・『殺人の追憶』・『オクジャ』
◇
2023年に亡くなったベテラン俳優のピョン・ヒボンは、その演技に惚れたポン・ジュノがデビュー作『ほえる犬は噛まない』に出演を懇願した経緯あり。
またペ・ドゥナとソン・ガンホは、『復讐者に憐れみを』(パク・チャヌク監督)や『ベイビー・ブローカー』(是枝裕和監督)でも共演している。
火炎瓶とアーチェリーと交通標識
以下、ネタバレになるので未見の方はご留意願います。
ヒョンソ救出に悪戦苦闘する家族は、途中で老父のヒボンも怪物の餌食になるが、ようやく娘の居所を突き止める。一時期はバラバラになっていた兄弟たちだが、ここで結集する。
ナミルが学生運動で覚えた巧みな腕で火炎瓶をグエムルに放り投げる。だが、大きなダメージは与えられない。そこに、仲間であるホームレスの男(ヨン・ジェムン)がグエムルにガソリンを浴びせかける。
だが、とどめの一発を決めようとして、ナミルは火炎瓶を手元に落として割ってしまう。万事休す。
そこにお待たせしましたと言わんばかりにナムジが颯爽と現れ、アーチェリーの矢の先端に焼け棒杭を刺し、怪物に矢を放つ。火矢がきれいな弧を描いて怪物の目にささる。ブルズ・アイだ。
炎上するグエムル。そして交通標識の棒でカンドゥがとどめを刺し、胃の中からヒョジュンと、もう一人の男の子を救い出す。美しい連携プレイ。これで怪物は死に、予定調和のハッピーエンドで何の不満もなかった。
予定調和でいいんだよ
だが、あろうことか、すでにヒョジュンは息絶えていた。カンドゥは、ヒョジュンが懸命に救おうとした小さな男の子を抱き上げる。
映画のラストでは、数か月後に、この少年とカンドゥが二人で河川敷の家で夕食をとるシーンで終わる。
本作は一貫して娘を怪物から救出する物語であったはずだ。
誘拐事件で子どもが死ぬドラマはあっても、怪物を退治したのに娘を死なせてしまう物語というのは相当珍しい。日本映画なら、まず企画が通らない。
ヒーローになりえる母親二人は登場せずとも、中学生のヒョンソが、自らを犠牲に小さな子を助けるヒーローになったといいたいのか。だが、さすがにこれは後味が悪い。死んだ老父も浮かばれないではないか。
シャマランの『サイン』みたいに勿体つけることもせずに怪物を披露し、ノーランの『ダンケルク』さながらに国家ではなく一個人の視点で戦いを描き、『宇宙戦争』のトム・クルーズのような頼もしさとは無縁のダメ父が奮闘する。いい映画だ。
だからこそ、退治までの戦いの盛り上げ方が秀逸だっただけに、予定調和にしなかったのが惜しまれる。クジラに飲まれたピノキオだって最後には助かるというのに!