『リボルバー・リリー』
長浦京の人気原作を行定勲が映画化。主演はアクションだってお任せあれの綾瀬はるか
公開:2023 年 時間:139分
製作国:日本
スタッフ 監督: 行定勲 原作: 長浦京 『リボルバー・リリー』 キャスト 小曾根百合: 綾瀬はるか 岩見良明: 長谷川博己 細見慎太: 羽村仁成 細見欣也: 豊川悦司 奈加: シシド・カフカ 琴子: 古川琴音 南始: 清水尋也 津山ヨーゼフ清親: ジェシー 平岡: 佐藤二朗 植村: 吹越満 三島: 内田朝陽 小沢: 板尾創路 升永達吉: 橋爪功 筒井国松: 石橋蓮司 山本五十六: 阿部サダヲ 滝田: 野村萬斎
勝手に評点:
(悪くはないけど)
コンテンツ
あらすじ
大正末期の1924年。関東大震災からの復興で鉄筋コンクリートのモダンな建物が増え、活気にあふれた東京。
16歳からスパイ任務に従事し、東アジアを中心に3年間で57人の殺害に関与した経歴を持つ元敏腕スパイ・小曾根百合(綾瀬はるか)は、いまは東京の花街の銘酒屋で女将をしていた。
しかしある時、消えた陸軍資金の鍵を握る少年・慎太(羽村仁成)と出会ったことで、百合は慎太とともに陸軍の精鋭部隊から追われる身となる。
レビュー(若干ネタバレあり)
綾瀬はるかが元諜報員
原作は長浦京による女性主人公の大正時代末期のスパイアクション小説。行定勲監督で映画化となり、主演女優は誰かと思えば綾瀬はるか。
行定勲監督はオムニバス映画『Jam Films』(2002)で綾瀬はるかの映画初出演短編を撮っている。妻夫木聡が教室からブルマー姿の綾瀬はるかを眺めてうっとりする話だったと思う。彼女は既に、原石のような輝きを放っていた。
◇
今の日本映画界で、アクションが本業ではないがきちんと動けて主役が張れる女優となれば、彼女が選ばれるのは肯ける。
綾瀬はるかが元諜報員の役と聞くと、『奥様は、取り扱い注意』を想像してしまうが、アクションのレベルはともかく映画の雰囲気まであのようになってしまうと、原作の世界観が崩れるなあ、と若干不安になる。
実際蓋を開けてみると、時代背景やキャラクターをいろいろ作り込んでいる原作に比べると、どうしても140分程度の映画では淡泊になるが、その分、銃撃戦における拳銃アクションには東映らしい思い入れも感じられ、メリハリのついた作品にはなっていた。
『孤狼の血』からの東映アウトロー路線の再興の流れに乗るものといえるのかもしれない。
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コミック原作の映画化のような、キャラ造形のデフォルメが過ぎてふざけすぎになる愚も犯さず、一応はマジメ路線を貫いているのも好感。佐藤二朗のアドリブさえ、ギリギリ封じ込めている。
玉ノ井から秩父へ
舞台は大正時代末期の東京。
主人公の小曾根百合(綾瀬はるか)はかつて幣原機関と呼ばれる特務組織に所属し、”リボルバー・リリー”の異名をとった敏腕諜報員であり殺し屋。今は玉ノ井の花街で銘酒屋<ランブル>の女将をしている。
秩父にある細見欣也の家が襲われ、一家が惨殺される。一人で逃げ延びた慎太少年(羽村仁成)は父・欣也の言いつけ通り、玉ノ井の小曾根百合に救いを求めに行く。少年を捕まえようと大勢の陸軍兵が動員される。
一方、百合は細見家一家殺人の犯人・筒井国松(石橋蓮司)が自殺したという新聞記事を読み、この事件には裏があると秩父まで探りに行く。
こうして百合と慎太は列車で偶然出会い、百合は陸軍を相手に少年を庇って逃走するという流れが出来上がる。
◇
<リボルバー・リリー>の異名は劇中には登場しない。「リリーさん」などと呼ばれると、浅丘ルリ子やリリー・フランキーが頭によぎるところだが、劇中では「百合さん」だったので一安心。
列車の車内で少年を助けて敵の男たちを次々と倒すところから始まって、あとは作品中で一体百合が何人の敵を倒すのか数えたくなるようなという痛快活劇だ。
◇
百合を助けていろいろと軍部の情報を探ったり、裏の仕事をやってくれる玉ノ井の相談役ともいえる顧問弁護士が岩見良明(長谷川博己)。
彼までアクションに参加するとリリーが引き立たないので、あくまで本作では非武力の知性派。綾瀬はるかとは大河ドラマ『八重の桜』や『はい、泳げません』でも組んだ間柄。
行定勲版の「グロリア」か
少年がなぜ陸軍に追われているか。父親の細見欣也は陸軍が武器を売って作った資金を運用し、いまでは国家予算の10%という巨額になっていた。
だが香港の銀行との特殊な契約では、年次で更新手続をしないと、カネが銀行のものになってしまう。その証文と暗証番号を少年は父から授かっていた。だから陸軍は血眼になり追いかけてくる。
◇
少年と逃亡しながら、そんな背景を少しずつ理解していく百合。少年を守るために、荒くれ男たちと拳銃で応戦しながら逃げ延びる元アサシン。
ベッソンの『ニキータ』というより、カサヴェテスの『グロリア』っぽい設定ではある。もっとも同じように煙草をふかすのでも、あの頃すでにいい歳だったジーナ・ローランズと、本作の綾瀬はるかでは、だいぶ印象は違うけど。
百合役の綾瀬はるかはやはり適役。大正ロマンなヘアスタイルには若干違和感はあるものの、黒澤和子監修の衣装もピタッとサマになるし、拳銃を構えても絵になる。鍛えているからか、ちゃんとそれっぽく見える。
さすがに、あの細腕に二丁拳銃は厳しいのではないかと思うが、まあそこはご愛嬌。
なんで戦うのにスカートでノースリーブなのという点は、かつて愛した男に言われた、「どんな仕事の時にも、きちんとした身なりをしろ」というのに従っているのだ。
長谷川博己と際立った助演陣
岩見弁護士の長谷川博己はこれといったアクションはなく(一か所だけあるか)、どこか朝ドラ『まんぷく』で即席ラーメンを開発する安藤百福モデルの発明家役っぽい。
百合とは静と動の組み合わせで、こういう役柄も、ブチギレするような役も、長谷川博己はどちらもイケる。
◇
その他配役で出色だったのは、百合を執拗にねらい、彼女を最大に苦しめる低体温系な刺客、南始役の清水尋也。こういう無表情で不気味な役をやらせたら、今の若手俳優ではピカイチだろう。
『東京リベンジャーズ』や『さがす』でも絶品だった。縁日のキツネ面の下の顔が彼だったら、怖いよ。
そしてもう一人、百合の経営する店<ランブル>を手伝う奈加役のシシド・カフカ。端整な顔立ちでライフルを構える姿が実にカッコいい。戦闘となると百合以上に過激に攻める性格というのもいい。
シシド・カフカは女性ドラマーのイメージしかなかったが、女優としても存在感あるなあ。
その他の助演陣。同じ<ランブル>に勤める琴子に古川琴音。似合ってたけど、終盤の銃撃戦にまで琴子を参加させたのは嘘くさかった。
少年を追いかける帝国陸軍は、上官に板尾創路が相変わらずのヒール役が鉄板、敵対する帝国海軍には山本五十六に阿部サダヲとは驚いた。こういう配役もあるのか。でも、さほど違和感なくフィット。
◇
回想でしか登場しないが、百合がただ一人愛した男・水野役に豊川悦司。幣原機関の創設者で諜報員としての百合の育ての親ということのようだ。
以下、若干ネタバレになる。
水野はその後、平和な国造りを模索して細見欣也として生まれ変わり、陸軍資金を集め、国を立て直そうとする。だが、軍に襲撃され、息子にすべてを託し、自決する。トヨエツの活躍シーンは少なく、物足りない感はある。
水野の片腕として彼を支えてきたのが石橋蓮司演じる国松。彼も軍の手にかかり爆死してしまう。石橋蓮司はいつも善悪どっちのキャラか想像がつかないが、本作では善人。
妻でもある緑魔子が本作では妖術使いのような白髪の老婆で登場(はじめYOUだと思った)。
百合はかつて水野との子を授かったが、敵の攻撃で死なせてしまう。今回、違う女に産ませた子・慎太の命運を自分に託すとは。
死んだ元恋人の非情さに傷つき葛藤しながらも、百合は少年を保護するために、山本五十六の待つ海軍省を目指す。行く手を阻むのは帝国陸軍の精鋭たち。
アクションシーンのヤマ場二つ
まずは玉ノ井の店<ランブル>を陸軍の部隊に囲まれ、少年を引き渡せという敵に立ち向かう百合たちの銃撃戦。百合と奈加の二人が拳銃とライフルを撃ちまくって敵陣営をほぼ壊滅させるという、何とも無茶な展開ではある。
おまけに戦場に小さな子どもが泣きながら登場したり。日中からこんな派手な撃ち合いして、「玉ノ井ぬけられます」(ちゃんと看板があった)の夜間営業大丈夫かと気になる。
ところで、玉ノ井のセットはちょっとしょぼかった。新横浜のラーメン博物館に出てきそう。本物に見せるのなら、もうひと頑張りほしい。冒頭の銀座界隈だかのワンカットは頑張っていたのに、一瞬だけだった。
終盤のクライマックスは白い夜霧が立ち込める中を、敵の目をかわしながら海軍省に向かう百合と少年。百合の白いドレスが霧の中に溶けこみ、ここは美しいシーン。
とはいえ、このまま逃げ込めるわけがなく、大勢の敵を相手に撃ち合いになる。少年に武器を持たせないのは監督のこだわりだろうか。
だが、百合と<ランブル>の助っ人女性の二人で、これだけの敵を相手に生き残るのはいくら映画でも嘘がある。
百合の白いブラウスが血だらけになるのは映画的だが、あれだけ被弾したり深く刺されたら、さすがに反動がきつくて二丁拳銃撃てないと思う。
◇
最後はどうにか少年を守り、ハッピーエンドかと思いきや、岩見が告白しようとする列車の中で、百合がそれを制し、新たな刺客(鈴木亮平)と対峙。ラストは意外と軽めなタッチ。
まあ、東映アクションに嘘くささはつきものだから、素直に綾瀬はるかの拳銃さばきと白い細腕に見惚れればよいのかも。原作とは別物だと思うのが正解か。