『グロリア』考察とネタバレ!あらすじ・評価・感想・解説・レビュー | シネフィリー

『グロリア』今更レビュー|「レオン」の元ネタは「ニキータ」じゃない

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『グロリア』
 Gloria

ジョン・カサヴェテス監督がミューズの妻ジーナ・ローランズ主演で描く中年女のハードボイルド。

公開:1994 年  時間:123分  
製作国:アメリカ

スタッフ 
監督・脚本:  ジョン・カサヴェテス

キャスト
グロリア・スウェンソン:
         ジーナ・ローランズ
フィル・ドーン:  ジョン・アダムズ
ジャック・ドーン: バック・ヘンリー
ジェリ・ドーン: ジュリー・カーメン
トニー・タンジーニ: 
        バジリオ・フランチナ

勝手に評点:2.5
  (悪くはないけど)

(c)1980 Columbia Pictures Industries, Inc. All rights reserved

あらすじ

組織を裏切り、命を狙われていたジャック(バック・ヘンリー)は同じアパートに住む女性グロリア(ジーナ・ローランズ)に息子フィル(ジョン・アダムズ)を預ける。

その後、ジャック一家は皆殺しに。一方、グロリアはフィルをつれてアパートを脱出。子供嫌いのグロリアは、一時はフィルを手放そうとするが、結局その子を連れて逃走を続けるハメに。やがて彼女は組織に乗り込む決意をする。

今更レビュー(ネタバレあり)

ジョン・カサヴェテス監督が妻であるジーナ・ローランズを主演に撮った『グロリア』。ひょんなことから、ギャングの襲撃から少年を偶然かくまうことになった中年女の奮闘劇。

公開時に観た時には、カッコいいオバサンのハードボイルドの印象が強かったが、久々に観返してみると、結構ストーリーに無理があることに気づき、正直いってあまり没入できなかった。コンプラ重視の時代に慣れ過ぎてしまったせいだろうか。

そもそも本作は、インディペンデント映画の人であるジョン・カサヴェテス監督に珍しく商業映画だ。

興行的に成功しただけでなく、ヴェネツィア国際映画祭では金獅子賞を受賞しているのだから、評価もされているのだろうが、悲しいかな、私にはさっぱり楽しめなかった。

(c)1980 Columbia Pictures Industries, Inc. All rights reserved

冒頭はカサヴェテスっぽい雰囲気でいい。舞台はNY。色っぽい女性がバスから降りてアパートに帰る。

ロビーやエレベータ前には怪しいチンピラがうようよしており、逃げるように部屋に入ると、夫や子供たちが待っている。夫は過度に何かに脅えている。不穏な導入部分。

そこに、たまたまコーヒーをもらいに訪ねた隣人のグロリア・スウェンソン(ジーナ・ローランズ)。友人であるグロリアに、妻のジェリ(ジュリー・カーメン)が切羽詰まった状態で息子フィル(ジョン・アダムズ)を託す。

一家はヤバい連中に襲われかけている。夫のジャック(バック・ヘンリー)がギャングの会計係をしており、不正のネタを詳細に書き留めた手帳の存在がバレたのだ。

「子どもは苦手なのよ、特にあんたの家の子は」

そう言いながら、押し付けられたフィルと部屋に戻るグロリア。

だが、その後すぐにギャングたちは一家を襲い、家族は爆破で皆殺しになった模様。「パピーに合わせろ」と駄々をこねるフィルを黙らせ、彼女は子どもを匿って逃げることになる。

(c)1980 Columbia Pictures Industries, Inc. All rights reserved

グロリアはもともと、そのフィルの家族を襲ったギャングのボス、トニー・タンジーニ(バジリオ・フランチナ)の情婦だった。

だから組織の掟も怖さをよく分かっているのだが、成り行きでフィル少年を匿って逃げることになり、拳銃を手に反撃をし始める。

生意気な小僧にはじめは手を焼いていたものの、次第に母性愛に目覚めていくというのが、本作のキモの部分といえる。

(c)1980 Columbia Pictures Industries, Inc. All rights reserved

隣人一家の殺害事件で、生き残った子どもを匿ってギャングと戦う話。

そう聞けば思い浮かぶ人も多いだろうが、本作はリュック・ベッソン監督のヒット作『レオン』(1994)の原型ともいえる作品なのだ。だが、後発の優位性からか完成度の高かった『レオン』に比べると、本作はどうしても粗が目立つ。

最大の難点はフィル少年の演技力だろう。6歳の少年の役だから、子役に多くを求めるのは酷だとは思うが、あまりに素人っぽい。

はじめのうちは生意気な言動が続き、終盤に行くにつれグロリアとの接し方が変わっていくという、難しい部分が演じられていたかというと、甚だ疑問である。

この手の映画は子役の芝居にかかっていることを思えば、もう少し、演技ができる子役が欲しかったところ。

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ところで、このフィル少年、「ボクは一人前の男だ!何だってできる」から「お前はママじゃない。ママは美人だった」まで、父親の影響なのか生意気なクソガキ発言がポンポンと出てくる。

どこでも煙草を吸いまくるグロリアと合わせて、イマドキの社会には違和感ありまくりだが、当時はこれで普通だったのか。

『レオン』では子役だったナタリー・ポートマンの演技力と、はじめは生意気だけど健気にレオンに助けを求めるところに好感が持てた。本作では、家族が殺されたのは気の毒だが、この少年がずっと反抗期というところがどうもいただけない。

(c)1980 Columbia Pictures Industries, Inc. All rights reserved

もう一つの難点は、グロリアがなぜこんなに強いのかが理解できないところだ。だって、ただのギャングの情婦だろう?

拳銃を持っているのはいいが、本職の怖い男どもに向こうを張って、こんなにもダメージを与えられるものなのだろうか。どこで銃の腕を磨いたのか知らないが、グロリアが強すぎるのと、男どもが弱すぎるところが、何とも嘘くさい。

『レオン』ジャン・レノは、日々ストイックに鍛錬を欠かさないから強い殺し屋なわけで、毎日酒と煙草に溺れるグロリアがここまで活躍できるとは思えず。

いや確かに、とうが立った中年女がハンドバッグから拳銃を取り出して、ギャングたちに一泡吹かせるシーンには、新鮮味もありカッコいい。

路上でグロリアが突如、クルマに乗ったギャングたちに発砲する場面には度肝を抜かれたし、NYの地下鉄車内やダイナーで追っ手のギャングたちに銃を向けて反撃するシーンもサマになっている。

殺された父から授かった大事な手帳をフィル少年がタクシーに置き忘れ、それに気づいたグロリアが、去っていくタクシーをとっさに指笛で停車させるところも痺れた。

(c)1980 Columbia Pictures Industries, Inc. All rights reserved

母性に目覚め、手帳を持ってトニーのアジトに交渉に臨み、あの子は見逃してほしいと持ち掛けるグロリア。

「頭のキレる子よ。一緒に寝た男では最高ね」

だが、結局交渉は決裂し、帰りがけに大暴れするグロリア。

銃を撃ちまくるが、生還できたのかは明かされない。一方、約束の時間にグロリアが戻ってこないため、フィルは一人で、当初からの取り決め通りにピッツバーグに向かう。

フィルの家族は突然皆殺しにされてしまったため墓がない。グロリアがどこか適当な墓地の他人の墓でフィルにお参りさせるシーンが中盤にあった。

終盤、一人でピッツバーグに着いたフィルは、駅で出会ったビジネスマンとの会話で偶然、この町に大きな墓地があることを知り、タクシーでそこを訪ねる。

腑に落ちないのはこの後だ。ラストシーンで、祖母に扮装したグロリアが墓地に現れる。もう彼女に会えないと諦めていた少年に笑顔が戻り、駆け寄って抱き合う。スローモーション。

おいおい、なんてベタな終わり方だ。ローカル局の結婚式場のCMでも、こんな陳腐な演出はみかけない。大体、グロリアはどうやってフィルがこの墓地にいることを知りえたのか。キッズケータイのGPS機能か。

なんというご都合主義。ビル・コンティのジャジーな劇伴音楽が泣いている。