インデペンデント映画の注目株、ケリー・ライカート監督の初期のロードムービーを一気通貫レビュー
『リバー・オブ・グラス』(1994)
『オールドジョイ』(2006)
『ウェンディ&ルーシー』(2008)
『リバー・オブ・グラス』
River of Grass
公開:1994 年 時間:76分
製作国:アメリカ
スタッフ 監督: ケリー・ライカート キャスト コージー: リサ・ボウマン リー: ラリー・フェセンデン ジミー・ライダー: ディック・ラッセル ダグ: マイケル・ブシェミ J.C: スタン・キャプラン
勝手に評点:
(悪くはないけど)
あらすじ
マイアミ郊外。先住民が“草の川”と呼ぶ湿地で暮らす30歳の主婦コージー(リサ・ボウマン)は、退屈で刺激のない日々を過ごしていた。
「私ほど孤独な人間はいない」と考えていた彼女は、ある日自分と同じぐらい現実に失望している無職の男性リー(ラリー・フェセンデン)と酒場で知り合う。
リーとコージーは友人ダグ(マイケル・ブシェミ)が拾った拳銃を暴発させてしまい、車で逃避行に出てモーテルを転々とする。
実はその銃は、コージーの父である刑事ライダー(ディック・ラッセル)が紛失したものだった。
今更レビュー(ネタバレあり)
ケリー・ライカートのデビュー作
『ファーストカウ』が日本での初劇場公開作となったインディペンデント映画作家のケリー・ライカート監督。その過去作品をU-NEXT等で配信してくれていたので、まずはデビュー作を鑑賞。
本作はサンダンス映画祭で審査員大賞にノミネートされ注目を集めたのは良かったが、当時インディペンデントの世界では女性監督はまだ珍しく、資金繰りに難航した彼女は、次の長編映画『オールドジョイ』を撮るまでに10年以上かかっている。
長編といっても、本作もこの作品も76分という尺であり、だからこそ余計な能書きを抜きにした、アイデアと感性勝負の作品だ。
◇
本作の冒頭では、主人公コージー(リサ・ボウマン)の生い立ちと生まれ育ったマイアミ近くの町について語られる。この辺は彼女の語りと写真を繋いだ映像で構成される。
コージー(居心地がいい)などという名前は、ジャズドラマーだった父がミュージシャンの名からとったもの。母は家を出て二人暮らし、その父は今では刑事になっているというユニークな経歴。
拾った銃は撃たれる
コージーは夫と三人の小さな子持ちの主婦。乗ってるクルマは日産パルサーか、懐かしい。退屈な毎日に飽き飽きしているコージーは、ある日ふらっと子どもを置いて家を飛び出し、パブで無職の男リー(ラリー・フェセンデン)と出会う。
コージーの父のジミー・ライダー刑事(ディック・ラッセル)はそそっかしいのかすぐに拳銃を落っことす。
今回も拳銃を無くしたことで上司に叱られるが、それを拾ったダグ(マイケル・ブシェミ)が、友人のリーにこれをどうやって売るか相談していた。
パブで偶然出会い、いい雰囲気になっている男女。男のポケットには拳銃があり、それは女の父親が失くしたものなのだ。
だが、そんなことを知るはずもなく、他人の別荘のプールに侵入し、夜の水泳を楽しむ二人。運悪く、男に渡された拳銃を持っていた彼女は、そこに現れた家主に驚き、引き金を引いてしまう。
◇
1994年公開といえば、数日前に観たばかりの阪本順治監督『トカレフ』と同時期の作品だ。ともに拾った拳銃から始まる悲劇であるが、こちらは拾った本人が使わないところは複雑な構成になっている。
故郷から一歩も出られない二人
あとは愚かしい男女の逃走劇になる。ケリー・ライカート監督だからロードムービーを勝手に想像したのだが、むしろ逆である。本作はユニークなことに、この男女とも忌むべき故郷の町を一歩も出られないのだ。
フロリダ州マイアミというと、光り輝くリゾート地のイメージがあるが、コージーの住むマイアミ郊外は、タイトルの<草の川>という名にふさわしい、湿地帯。一方のリーの住むデイド郡も治安の悪い地域のようだ。
◇
銃で人を撃ってしまったコージーは、リーと一緒にすべてを捨ててこの町から逃げようとする。
だが、モーテルの延泊料金20ドルの支払いにも苦慮し、ドラッグストアでは強盗する前に銃を持った別人にレジの金をとられ、グレイハウンドバスでNYに旅立とうにも、窓口で怪しまれる。
序盤にコージーが愛車日産パルサーでハイウェイ走行中に父の同僚刑事J.C.(スタン・キャプラン)に呼び止められ、自分がハイウェイの終点に興味を持っていることに気づくシーンがある。
だが、結局コージーとリーは、最後までこの町を出られない。25セントの料金も払えずにハイウェイの料金所を突破しようとして警察につかまり、無銭なら来た道を戻れといわれるのだ。
狭い町に起きた悲喜劇
せまい町でこの発砲事件を負う父ライダー刑事たちは、使われた銃が自分のもので、撃ったのは失踪したコージーだとにらむ。さすが狭い町の事件だ。
それ以外にも、モーテルの女主人や、リーが母のジャズのレコードを売りさばきに行く店がライダー刑事の馴染みであり、町中知人だらけである。
モーテルにいつもいる、彼女を虫けら呼ばわりする謎の男が誰なのかは、よく分からない。途中でコージーたちの部屋に入り込んでいるカットがあるが、あれではまるで幽霊だ。
◇
以下、ネタバレになる。
コージーが殺したと思っている家主は無事だった。だから彼女の罪は軽くなるはずだが、彼女が殺人者ではなかった事実を知りながらリーはそれを彼女に言いそびれていた。
そのリーが「このまま一緒に逃亡しよう」と言い寄ってきたことにコージーは腹を立て、ついに運転中に助手席のリーに銃弾を一発お見舞いする。
このカットが秀逸だ。撃たれたリーはフレームの外におり、ただ銃声と、ドアを開けて捨てられた後の車内しか映らない。予算の制約かもしれないが、このカット割りの斬新さはいい。
結局、彼女はその拳銃を父親の者とも知らず、クルマの窓から捨てる。そこは偶然にも父親が落とした場所と一致する。だが、その場所を離れている間に、拳銃は家主を撃ち、ゴキブリを撃ち、そしてリーを撃ち殺したのだった。