『ファーストカウ』考察とネタバレ!あらすじ・評価・感想・解説・レビュー | シネフィリー

『ファースト カウ』考察とネタバレ|これもひとつのオレゴン魂

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『ファースト・カウ』
 First Cow

ケリー・ライカート監督の日本初の劇場公開作品。西部開拓時代のオレゴンで出会った料理人と中国人移民の友情。

公開:2023 年  時間:122分  
製作国:アメリカ
 

スタッフ 
監督・脚本:    ケリー・ライカート
原作・脚本:  ジョナサン・レイモンド
           『The Half Life』
キャスト
フィゴウィッツ(クッキー):
            ジョン・マガロ
キング・ルー:     オリオン・リー
仲買商:      トビー・ジョーンズ
仲買商の妻:  リリ・グラッドストーン
トッティリカム: ゲイリー・ファーマー
隊長:      スコット・シェパード
犬を連れた女性: アリア・ショウカット

勝手に評点:3.0
(一見の価値はあり)

(C)2019 A24 DISTRIBUTION. LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

あらすじ

西部開拓時代のオレゴン州。アメリカンドリームを求めて未開の地へ移住した料理人クッキー(ジョン・マガロ)と中国人移民キング・ルー(オリオン・リー)は意気投合し、ある大胆な計画を思いつく。

それは、この地に初めてやってきた“富の象徴”である牛からミルクを盗み、ドーナツをつくって一獲千金を狙うというビジネスだった。

レビュー(まずはネタバレなし)

A24の製作というキャッチコピーに惹かれて観に行った感は否めないが、お馴染みのキワモノ感もゴア表現も感じさえない、驚くほど静かで正統派な作品だった。

西部開拓時代のオレゴン州が舞台であり、その意味では西部劇の範疇に入るのだろうが、貧しく不衛生な辺境の地で暮らす人々の生活には、カウボーイが馬に乗って原住民を銃で蹴散らすような派手さはなく、至ってリアル一辺倒。

ケリー・ライカート監督は本作が日本では初の劇場公開となるため、これまでの作品は未見なのだが、こういう作風が持ち味なのだろうか。U-NEXT独占配信で過去作が観れるようなので、ぜひ追いかけてみたいと思う。

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「鳥には巣、クモには網、人間には友情」

映画はウィリアム・ブレイクの詩とともに始まり、オレゴンを流れるコロンビア川を左から右へと大きなはしけ船が移動していく。固定カメラがそれをただじっと映し出すのが特徴的だ。

そして散歩中のイヌがここ掘れワンワンと騒ぎだし、女性(アリア・ショウカット)がそこを探ってみると、二体の手を繋いだ白骨死体が登場する。

そこから、時は現代から米国開拓期に一気に遡る。先ほどと同じ森の中を、懸命にマッシュルーム採集する主人公のクッキー(ジョン・マガロ)

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一緒にいる仲間たちは毛皮用のビーバー狩猟のためにやってきた連中で、クッキーは食事番として雇われているようだ。食糧の乏しい中で、彼が苦労している様子が伝わってくる。

ある日森の中で、クッキーは飢えに苦しみ裸で倒れている男と遭遇する。なけなしの食糧を与えたこの男は中国人の移民者キング・ルー(オリオン・リー)

やがてクッキーは仕事を終え、カネをもらい、荒くれ者たちのバーで一杯やっているところでこのルーと再会。

周囲の連中と違いどこか知性的なルーと、元はパン屋で修行を積んだ料理人のクッキーはウマが合い、二人でちょっとした商売を始める。それは、ドーナツを焼いて、白人たちに売りつけるというものだった。

FIRST COW | Official Trailer | Exclusively on MUBI Now

どんな話か皆目見当がつかずに観ていたのだが、ここにきてようやく筋道が見えてきた。これまで属していた猟師集団もバーの連中も関係なく、クッキー(野性爆弾じゃないよ)がルーと組んで一旗揚げる話なのだろう。

そうと分かると、話の展開が俄然面白くなる。二人のドーナッツは、未開の地でカネの使い道のない白人たちに飛ぶように売れ始める。

銀貨や貝などで支払われた売上は、掘立て小屋では物騒なので木の穴にしまいこむ。クッキーの焼くドーナッツは、大都市の店にも劣らない味だったが、それには秘訣があった。牛乳を使用しているのだ。

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当時、オレゴンには一頭の雌牛しかいなかった。仲買商(トビー・ジョーンズ)が高額で仕入れたのだ。これが「ファースト・カウ」の題名の由来である。「ファースト・ペンギン」の最初の一歩の勇気の意とは大分違った。

二人は、夜な夜なその敷地に忍び込み、秘かにこのファースト・カウを搾乳していたのだった。

ろくな設備もない時代につくったサーターアンダギーのような菓子のうまさが評判を呼び、二人はサンフランシスコでホテルやパン屋の開設だと、次の夢を膨らませるが、そう話はうまくいかない。

クッキーの搾乳のせいとも知らず、「牛の乳の出が悪い」と嘆く仲買商が、彼らのドーナツを「ロンドンの懐かしい味がする」と気に入ってしまったのだ。

やがてクッキーに、自分の家の招待客のために、焼き菓子を作ってくれと依頼する。この危険な依頼に、乗ってしまったクッキー。トビー・ジョーンズがただの人の善いお客さんを演じて終わるはずがないのに。

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レビュー(ここからネタバレ)

ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意ください。

西部劇に精通しているわけではないので、本作のレビューによく引き合いに出されるロバート・アルトマン監督の『ギャンブラー』(1972)やジム・ジャームッシュ監督の『デッドマン』(1995)などとの関連性がピンとこないのは悔しい。

トッティリカム(ゲイリー・ファーマー)をはじめ原住民が白人たちと敵対せずに暮らしていたり、流れ者たちがおそろしく粗末な小屋に暮らしていたり、牛がまだいない生活があったり。

ここで描かれている西部開拓時代が、本物っぽくみえてしまうのは面白い。

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ビーバーの毛皮はもうロンドンでは流行しなくなりつつあるが、中国ではまだまだ売れる」だとか、「パリの今年の流行はどうなっているのか」とか。

辺境の地にいて世俗的な会話に花が咲くというのも、よほど楽しみの乏しい田舎暮らしなのだろう。

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全体的に薄暗いトーンのカットが多く、特に夜のシーンなどは照明なしで撮っているのかと思えるほど、闇に溶けこむ映像になっている。この暗さは、最近の邦画などではまずお目にかかれないもので、つい入り込んでしまう。

振り返ってみれば、ストーリーはシンプルなものだ。牛乳泥棒がいることが発覚したことで、仲買商はすぐに二人が犯人だと察し、銃を持った配下たちに追跡させる。

二手に分かれて命からがら逃げたクッキーとルーは、何日かたってから小屋に戻り、偶然にそこで再会し抱擁しあう。この二人は『ブロークバック・マウンテン』のような、互いに愛を求め合う関係ではない(と思う)

ただ、パン職人という素性もあってかクッキーは何事にも女性的な性格であり、一方のルーは野心家で知的であり、町に溢れる粗野な連中とは明らかに違う二人が互いに惹かれ合うことに違和感はない。

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どうにか、木の上に隠していた売上の袋を取り返したルーは、「ここは危険すぎるから」と、クッキーと二人でオレゴンを離れようと歩き出す。

途中、しばらく休息が必要だと、森の木の陰で並んで横たわる二人。その少し前に、不審な二人に気づいた若者が猟銃を持って狙う場面がカットバックされる。

そうとは知らない二人の安らかな寝顔で映画は終わる。本作は極力説明を回避する映画だ。この唐突な終わり方は、冒頭に繋がっている。

ここが死に場所になってしまったことは当然二人が望んだことではないが、信頼する友と手を繋いだまま白骨化して森の中で眠るというのも、捨てたものではないのかもしれない。

「鳥には巣、クモには網、人間には友情」