『桐島、部活やめるってよ』
朝井リョウの人気原作を吉田大八監督が映画化。アイドルのキラキラ映画とは違う、学園群像劇の傑作。
公開:2012 年 時間:103分 製作国:日本
スタッフ 監督・脚本: 吉田大八 脚本: 喜安浩平 原作: 朝井リョウ 『桐島、部活やめるってよ』 キャスト 前田涼也(映画部): 神木隆之介 武文(映画部): 前野朋哉 菊池宏樹(元野球部): 東出昌大 飯田梨紗(帰宅部): 山本美月 野崎沙奈(帰宅部): 松岡茉優 寺島竜汰(帰宅部): 落合モトキ 友弘(帰宅部): 浅香航大 東原かすみ(バド部): 橋本愛 宮部実果(バド部): 清水くるみ 小泉風助(バレー部): 仲野太賀 久保孝介(バレー部): 鈴木伸之 キャプテン(野球部): 高橋周平 沢島亜矢(吹奏楽部): 大後寿々花 詩織(吹奏楽部): 藤井武美 片山先生(映画部顧問):岩井秀人
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
ポイント
- 高校時代にどのカーストにいたかによって、見方が分かれる映画かもしれないが、それぞれ誰かに共感でき、得体の知れない不安や何かに打ち込んでた日々を思い出せるのでは。
- 映画少年だった私は、きっと桐島君とは友だちになっていなかっただろうが、映画部の二人の気持ちならよく分かる。とりあえず、観るべし。
あらすじ
田舎町の県立高校で映画部に所属する前田涼也(神木隆之介)は、クラスの中では静かで目立たない、最下層に位置する存在。監督作品がコンクールで表彰されても、クラスメイトには相手にしてもらえなかった。
ある日、バレー部のキャプテンを務める桐島が突然部活を辞めたことをきっかけに、各部やクラスの人間関係に徐々に歪みが広がりはじめ、それまで存在していた校内のヒエラルキーが崩壊していく。
レビュー(ネタバレあり)
吉田大八監督が原作を再構成
朝井リョウが大学生時代に小説すばる新人賞を受賞した人気小説が原作の青春群像劇を吉田大八監督が映画化。
原作のタイトルのうまさに当時感心した記憶があるものの、すでに高校を卒業して久しい年齢ギャップと男子校出身という経験もあってか、以前に読んだ限りでは私には深いところまでの共感が得られなかった。ターゲットの読者層ではなかったのだろう。
だがこの原作は、私と世代の近い吉田大八監督の手によって、年齢・経歴不問で楽しめるような間口の広い寛容な作品に変わっている。これはありがたい。
田舎にある県立高校で、バレー部の頼れるキャプテン・桐島が、理由も告げずに突如退部する。そこから、彼に関わっていた男女生徒たちに波紋が広がっていく物語。
主役の桐島の配役は誰かと探しても見当たらない。なぜなら、彼は主役でありながら、登場しないことに意味があるキャラクターだから。現代版『ゴドーを待ちながら』とでもいおうか。本作はカリスマ的な学校の人気者の喪失を描いているのだ。
原作では、桐島のいなくなったことによる各人の心の揺らぎを、それぞれの登場人物別の短編に切り分けて描いている。
そのままのスタイルで映画にすれば、黒澤の『羅生門』のようにみんなが各自の視点から同じ出来事を語るような作品になったかもしれないが、吉田大八監督は、あえてすべてのエピソードを骨太な一本のストーリーとして再構築した。
時には同じ学校の中の動きを、クラスの中の違う人物目線で二度三度繰り返すことまでして、ひとつの時系列、ひとつの空間の共有にこだわった。
これにより、本作のクライマックスにあたる、校舎屋上でのスクールカーストが乱れての混然一体としたカタルシスを生み出すことに成功している。
①帰宅部
では、この学校の中にいつのまにか生まれる階層にそって、登場人物に触れてみたい。
まずは帰宅部の男女。かつては帰宅部といえば運動苦手のオタク系でダサいイメージだったけど、今やこのカテゴリーに遊び慣れたイケてる男女が集まっている。
桐島と同じくスポーツ万能で彼の親友・菊池宏樹(東出昌大)。野球部を辞めたが、その実力から試合だけでも出てくれよとキャプテンに請われている、苦労知らずの万能イケメンだが、どこか寂しそう。これといった演技は見せないが、映画デビューの東出昌大の佇まいが凛々しくていい。
そして、宏樹とともに、桐島を待ちながら校舎裏でバスケで遊ぶ帰宅部の寺島竜汰(落合モトキ)と友弘(浅香航大)。クラスの中心的なポジションにいそうな、カッコよさと派手さ。こういうキャラはいつの時代にもいる。落合モトキ、電脳将棋の映画『AWAKE』(2020)でも似たようなキャラだったけど、ここに原型があったか。
◇
女子は、桐島のカノジョの飯田梨紗(山本美月)。ああこりゃ、スクールカースト最上位だわという、近寄りがたい美しさと華やかさ。帰宅部でも一目置かれている。彼女も東出昌大同様に、モデル出身で映画初出演。田舎の高校には、こんなルックス偏差値の高い男女が普通にいるものなのか。
◇
そして、梨紗のご機嫌窺いをしながら親友を気取る野崎沙奈(松岡茉優)。宏樹のカノジョであることを、常に自慢している風で、言動がいちいち鼻につく。本作で最も悪意に満ちて描かれたキャラを松岡茉優が熱演。メイクのせいなのか、声をきかないとなかなか松岡茉優と気づきにくいほどデフォルメされた感あり。
②バドミントン部
この梨紗と沙奈の二人と常につるんでいるのがバドミントン部の東原かすみ(橋本愛)と宮部実果(清水くるみ)。上位層のチャラい帰宅部女子二名と、スポーツに打ち込む二人とは溝はあるものの、表面上かすみたちが調子を合わせている。女子の世界ならではのライフハックだ。
かすみは竜汰と交際しているが、周囲の女子との関係維持もあり、内緒にしている。一方の実果は、原作では父と義姉が事故死し、精神がおかしくなった義母が自分を義姉と誤認しだすという切ないエピソードで描かれているキャラだ。家庭が出てくるキャラは実果だけなので、映画では全体バランスから割愛されたのだろうが、ちょっと残念。
それにしても、橋本愛、松岡茉優、東出昌大など、本作から朝ドラ『あまちゃん!』に起用された俳優の多い事よ。清水くるみだって、当初は能年玲奈ではなくクドカンが彼女をあて書きしていたという情報もあるほど。
③バレー部
続いてバレー部。キャプテン桐島が突然いなくなり、副キャプテンのゴリラこと久保孝介(鈴木伸之)が苛立ち、荒れる。そしてリベロとして後を任された小泉風助(仲野太賀)は、頑張っても桐島のようにボールを拾えず苦悩する。
低身長でも頑張っている風助を、隣のコートでバドミントンの練習をしている実果だけは、自分のことのように応援している。
いかにも厳しい運動部の練習はこのバレー部のシーンのみだが、鈴木伸之と仲野太賀の組み合わせって、『今日から俺は!!』で違う高校で番を張ってた二人なんだよねえ。妙におかしい。
④吹奏楽部
さて文化部。吹奏楽部の部長・沢島亜矢(大後寿々花)はいつも校舎の屋上でひとりサックスを練習しているが、それは眼下の校舎裏でバスケを楽しむ宏樹(東出昌大)たちが視界に入るから。彼女は秘かに宏樹を想っているが、それは詩織(藤井武美)たち後輩にもバレバレだったりする。
カースト的にとても告白などする勇気のない亜矢に見せつけるように、校舎裏で宏樹にキスをせがむ沙奈(松岡茉優)。ああ、女って怖い。でもこれで、亜矢は演奏の大会めざして練習に専念しようと目が覚める。
⑤映画部
そしてカースト最下層と思しき映画部に前田涼也(神木隆之介)と武文(前野朋哉)。映画甲子園の一次通過を果たした作品「君よ拭け、僕の熱い涙を」のタイトルを全校生徒の前で笑われ、次作は顧問の書く恋愛青春ものではなく、自分たちの「生徒会・オブ・ザ・デッド」を撮るのだと張り切る二人。
◇
神木隆之介をカースト上位でなく、ここに起用する吉田大八監督の慧眼。自主映画界で活躍の前野朋哉を据えることで、抜群の下層リアリティ。私も8ミリカメラ抱えた映画少年だったので、監督同様この二人には親近感あり(男子校では下層ではなかったけど)。
原作のキネ旬を映画秘宝にしたり、会話に出てくる映画を『チルソクの夏』や『ジョゼ虎』ではなく、ロメロ監督作品にしたり、『鉄男』(塚本晋也監督)を観に行った前田が劇場でかすみ(橋本愛)と偶然会ったりと、監督のこだわりアレンジが面白い。
宏樹が涙ぐんだ意味は
映画は高知にある高校で一か月の合宿撮影だったという。それで生徒役の俳優たちに、実際の高校生徒のような空気感がうまれたようだ。
そしてゾンビ映画の撮影を進める映画部が屋上でロケをしているさなか、進路相談で学校に来た音信不通の桐島がそこにいるという怪情報(友弘(浅香航大)は遠目で目撃しているが)。
帰宅部やバレー部の連中がみんな屋上に集まってくる。
撮影中のゾンビのなかにフレームイン。そして階層関係なしの小競り合い。映画部員の演じるゾンビたちが、カースト上位の人間を食い散らかしていく8ミリの映像と、吹奏楽部の演奏との融合。最高のカタルシス。
「戦おう。僕らは、この世界で生きていかなければならないのだから」
その台詞は、ゾンビの学校だけでなく、彼らの生きる実社会にも向けられている。そして、前田にカメラを向けられた宏樹。
「やっぱカッコいいね」
「いいよ、俺は」
涙ぐむ宏樹の、その意味は何だ。
労せずに万事うまくこなせてしまう宏樹。だが、前田をはじめ、それが実を結ばなくても一生懸命に打ち込み、人生に充実を与えているヤツが周囲には大勢いる。
野球部を辞めても未練がましく部のスポーツバッグを抱えて登校し、流されるまま日々を過ごしている自分に嫌気がさしたか。
ラスト、受け身ばかりだった宏樹は、ようやく自分から桐島に電話をかける。
「桐島、お前はやり直せよ。俺と違って、打ち込むものがあるだろう?」
そう語りかけるのかもしれない。電話が繋がる前に、映画は幕を閉じる。