『EUREKA(ユリイカ)』今更レビュー|青山真治監督・北九州サーガ②

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『EUREKA(ユリイカ)』

青山真治監督による北九州サーガ三部作の第二作。長尺・モノクロをものともしない、役所広司・宮崎あおい・宮崎将の圧巻の演技。

公開:2001年  時間:217分  
製作国:日本

スタッフ  
監督・脚本:         青山真治 
製作総指揮:         仙頭武則 

キャスト 
沢井真:           役所広司 
田村梢:         宮崎あおい 
田村直樹:          宮崎将 
秋彦(兄妹の従兄):   斉藤陽一郎 
茂雄:            光石研 
犯人:            利重剛 
松岡刑事:          松重豊 
沢井弓子(妻):     国生さゆり 
沢井義之(兄):      塩見三省 
沢井美喜子(姪):    尾野真千子 
沢井誠治(父):      江角英明 
田村美郷(兄妹の母):  真行寺君枝 
田村弘樹(兄妹の父):   中村有志 
河野圭子:       しいなえいひ

勝手に評点:4.0
   (オススメ!)

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あらすじ

九州の地方都市でバスジャック事件が発生し、多くの乗客が殺害された。生き残ったのは運転手の沢井(役所広司)と、中学生の直樹(宮崎将)と小学生の梢(宮崎あおい)の兄妹だけで、三人は心に深い傷を負う。

二年後、家族を置いて消息を絶っていた沢井が町に戻ってくる。時を同じくして周辺で連続殺人事件が発生し、沢井に疑いの目が向けられる。

そんな中、兄妹が二人だけで暮らしていることを知った沢井は、彼らの自宅を訪ね一緒に暮らし始める。さらに兄妹の従兄・秋彦(斉藤陽一郎も加わり、四人は沢井の運転するバスで旅に出る。

今更レビュー(まずはネタバレなし)

色のない217分のドラマに圧倒

2022年3月、映画監督・青山真治が他界した。享年57歳。あまりに早すぎる。私が彼の作品に初めて出会ったのは、永瀬正敏主演のドラマ『私立探偵 濱マイク』の一話だったかもしれない。

映画も勿論何作か観ているが、なぜか彼の代表作ともいえる、北九州サーガの三部作は、観る機会を逸していた。そのうち観るつもりで、ウェイティングリストに入れておいたのだが、図らずも追悼として鑑賞することになってしまった。

『EUREKA』は三部作の二作目にあたる。映画ではユリイカと付記されるが、このギリシャ語自体は「ユウレカ!」などと表記されることもあり、何かを発見・発明したことを喜ぶときに使われる言葉だ。クリストファー・ノーラン監督の『インターステラー』で、大発見をしたアン・ハサウェイ「EUREKA!」と叫んでいた記憶がある。

本作はカンヌ国際映画祭で国際批評家連盟賞とエキュメニック賞を受賞。主演は役所広司、仲の良い親友に光石研、妻役に国生さゆり青山真治監督も含め、九州人が要所を占めており、北九州の言葉をポンポン威勢よく話す姿も、不思議と生き生きして見える。

映画は217分という長尺、しかもモノクロ(というか厳密にはセピアのような色調)の作品だ。派手なアクションやサスペンスがある訳でもない。だが魅せる。脚本がグイグイと観る者を惹き込む。あっという間の3時間40分というのはさすがに誇張だが、飽きさせない。

それだけ、主人公のバス運転手・沢井真を演じた役所広司と、彼と奇妙な関係を構築する小学生の田村梢(宮崎あおい)と中学生の兄・直樹(宮崎将)の演技が素晴らしい。

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静かに始まるバスジャック事件

長い物語の冒頭、バスジャック事件が起きる。運転手は沢井。車内には梢と直樹、そのほか数名の乗客。そこにサラリーマン風の男(利重剛)が乗ってくる。降車のためブザーを押す梢。そこからのカット割りが凄い。

まずは、広大な無人の駐車場に停車しているバス。地面に倒れている男。更に一人、逃げようとして撃たれる。周囲を警察車両が囲んでいる。松岡刑事(松重豊)が配下に指示。バスの窓には新聞紙が貼られ、車内には犯人と人質たち。何の説明的な台詞もカットもないが、バスジャックで絶体絶命の状況だと分かる。

犯人は警察と携帯で会話する。あまりに自然体で無警戒な会話に、かえって恐怖感が募る。

「ここ?どの辺だか分からないですよ、適当にバスを見つけただけですから。…ええ。まあ、みんないつかは死にますから」

柔らかい物腰の利重剛がいい。長い映画の中で彼の生きている時間はほんの一瞬だが、強烈な印象。最終的に犯人は射殺されるが、その前に大勢を巻き添えにする。生存者は運転手の沢井と、兄妹の三名のみ。

モノクロの画面では鮮血が目立たず、猟奇事件ものには不向きと思ったが、はなから銃撃戦をメインにするつもりなどないのだろう。ろくに射殺シーンさえ写さず、観るものの想像力に委ねられる。

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狭い田舎町だ。事件はすぐに知れ渡る。野次馬やマスコミが、生存者にもたかり始める。

「生き残ったんが、そげん悪かとか」

ボソッと呟く沢井が、書き置きを残して姿を消す。この台詞を聞き落とすとなかなか理解が難しいが、乗客が多数殺される中、生き延びた運転手に非難が集まっているのだ。沈没船から船長が最初に逃げ出すのとはワケが違うと思うが、それが世間感情なのか。

一方、兄妹にも試練が待っていた。母親(真行寺君枝)は男を作って家を出て、父親(中村有志)は交通事故で死ぬ。保険金と大きな洋風の家が残され、兄妹は学校にも行かず、二人だけで生活するようになる。そして二年が経過する。

被害者たちの奇妙な共同生活が始まる

はじめは、バスジャック事件で心に傷を負った生存者たちの立ち直りの物語なのかと思った。それは間違ってはいないが、ひとつの側面でしかないことが分かってくる。

二年間現実逃避してきた沢井が、西鉄の薄暗い駅に降り立つ。兄・義之(塩見三省)の計らいで、妻の弓子(国生さゆり)は博多で美容師として暮らしていた。沢井は親友の茂雄(光石研)の口利きで、一緒に土方仕事の現場で働かせてもらう。

少しずつ、元の町の生活に慣れ始めるが、折りしも近所では女性を狙った連続殺人事件が勃発。世間は沢井に疑いの目を向ける。職場の同僚女性・圭子(しいなえいひ)と夜道を歩いただけで、兄には自重しろと言われる始末。沢井の良き理解者である姪の美喜子役は、まだ駆け出しの尾野真千子だ。

実家にいづらくなった沢井は、田村兄妹の家に押しかける。被害者同士、生きづらい世の中で片寄せ合って暮らしていこうというのか、不思議な共同生活が始まる。

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謂れのない責めにより、生きづらい世界に追いつめられる沢井。静かな男に鬱積するストレス。役所広司ならではのキャラクター。

そして、一言も口をきかない兄妹。妹の宮崎あおいは当時14歳、本作で初めて大きな役をつかみ、翌2014年には『害虫』(塩田明彦監督)に主演。殆ど台詞はないが表情で語り、大女優の素質の片鱗を早くも窺わせる。

兄役の宮崎将も同じく口をきかず、目で語る。兄妹に見えるのは当たり前で、実際に兄妹なのだが、青山真治監督は、偶然同じ苗字の子役をオーディションで選んだと思っていたそうだ。本作を皮切りに、宮崎将あおいは、『理由』(大林宣彦監督)、『初恋』(塙幸成監督)でも兄妹役を演じる。

三人の共同生活が軌道に乗り始めた頃に、兄妹の従兄である秋彦(斉藤陽一郎)が登場し、四人目の共同生活者となる。斉藤陽一郎が演じる秋彦は、北九州サーガに全て登場する重要なキャラクターであり、青山真治監督の分身のような存在だ。レオス・カラックス監督のアレックス三部作におけるドニ・ラヴァンのようなものかもしれない。

映画も終盤だというのに秋彦がようやく参入かと思ったが、長い映画なので、まだまだ共同生活の時間は豊富にあった。

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今更レビュー(ここからネタバレ)

ここから先はネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意願います。

犯人さがしの物語ではない

連続殺人犯は誰なのか。同僚の圭子が殺され、重要参考員として松岡刑事に取り調べを受ける沢井。証拠不十分で釈放されるが、このまま兄妹の家には住みづらくなる。沢井は中古のバスを購入し、四人で移動生活の旅に出る。

映画は特段サスペンスにするつもりはないのだろう。「沢井さん、俺はあんたか直樹のどっちかが犯人だと思ってる」と、秋彦が言い切るくらいだし。

バスジャック事件に人生を狂わされた沢井たちが、なぜまた忌まわしいバスに乗って旅をするのか。彼らは事件の現場にバスで訪れる。

「ここから出発たい」

沢井は弓子に請われ、離婚届を渡した。もう、自分のことはいい。兄妹たちのために、生きていきたい。ここで、すべてをリセットさせてあげたい。

直樹はゴルフクラブのスウィング音を聞くと、半狂乱になる。それは父親に虐待された記憶に繋がるのだった。彼は殺意を抑えきれなくなり、夜な夜な獲物を襲う。

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なして殺したらいけんとや

殺人の現場に居合わせた人間は、自分も人を殺してもいいんじゃないかと思うようになる。その衝動と誘惑を、秋彦も沢井も、抑え込んできた。だが、直樹にはそれができなかった。

「なして殺したらいけんとや!」

それは、沢井が初めて聞いた、直樹の声だった。沢井は直樹を自首させる。

「あいつは一線を越えた。一生刑務所か病院か、隔離しないといけねえんだ。それが幸せかもな」

そう語る秋彦を沢井は殴り、バスから放り出す。沢井には、兄妹たちを一生守っていく覚悟があった。それは、元バス運転手としての、彼の矜持なのかもしれない。

映画はついにラストに近づく。バスにはついに沢井と梢の二人きり。海に連れていってもらい、貝殻を拾った梢は、山の頂の見晴台に行き、それを一つずつ放り投げる。

「お父さん!お母さん!犯人のひと!お兄ちゃん!秋彦くん!沢井さん!梢!」

死の到来を予期させる沢井の咳をかき消すように、初めて聞く梢の大声が轟く。その叫びとともに、煩悩が消えるかのように、梢の世界に彩りが戻ってくる。つまり、セピア一色だった画面がカラーに変わるのだ。

本編の途中から彩色するのは大林宣彦作品をはじめ珍しくはないが、三時間越えの映画のラストでようやく色がつく例は初めてだ。

そしてようやくタイトル「EUREKA」登場。生きることの喜びを見つけたのだろうか、梢は。