『ナイル殺人事件』
Death on the Nile
アガサ・クリスティのベストセラー原作をケネス・ブラナーが『オリエント急行殺人事件』に続き監督・主演。
公開:2022 年 時間:127分
製作国:アメリカ
スタッフ 監督: ケネス・ブラナー 脚本: マイケル・グリーン 原作: アガサ・クリスティ 『ナイルに死す』 キャスト エルキュール・ポアロ: 探偵 ケネス・ブラナー リネット・リッジウェイ: 大富豪 ガル・ガドット サイモン・ドイル: リネットの夫 アーミー・ハマー ジャッキー: サイモンの元婚約者 エマ・マッキー ブーク: ポアロの親友 トム・ベイトマン ユーフェミア: ブークの母 アネット・ベニング サロメ・オッタボーン: ジャズシンガー ソフィー・オコネドー ロザリー・オッタボーン: サロメの姪 レティーシャ・ライト ライナス・ウィンドルシャム: 医師 ラッセル・ブランド アンドリュー・カチャドリアン:財産管理人 アリ・ファザル ヴァン・スカイラー: リネットの後見人 ジェニファー・ソーンダース ミセス・バワーズ: スカイラーの看護師 ドーン・フレンチ ルイーズ・ブールジェ: リネットのメイド ローズ・レスリー
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
エジプトのナイル川をめぐる豪華客船の中で、美しき大富豪の娘リネットが何者かに殺害される事件が発生。容疑者は彼女の結婚を祝うために集まった乗客全員だった。
名探偵エルキュール・ポアロ(ケネス・ブラナー)は灰色の脳細胞を働かせて事件の真相に迫っていくが、この事件がこれまで数々の難事件を解決してきたポアロの人生をも大きく変えることになる。
レビュー(まずはネタバレなし)
ミステリーとしての見応え
前作『オリエント急行殺人事件』(2017)に続いて、アガサ・クリスティの名作ミステリーを原作にケネス・ブラナーが製作・監督・主演。前作のエンディングで、主人公の名探偵ポアロがこの事件に関係しそうなことが匂わされており、本作までの映画化は既定路線といえる。
どちらの事件も過去に映画化されており、『オリエント急行殺人事件』(1974)はシドニー・ルメット監督でアルバート・フィニー主演、『ナイル殺人事件』(1978)はジョン・ギラーミン監督でピーター・ユスティノフ主演。いずれも豪華な組み合わせであり、また共演者も錚々たる顔ぶれだったと記憶する。
ケネス・ブラナー版『オリエント急行殺人事件』も、これらの作品に負けず劣らずのゴージャスな乗客を揃えており、本作もその路線踏襲かと思っていたが、蓋を開けてみると、失礼ながらあまり派手さはなく、配役はゴージャスとは言い難い。
だが、別に有名どころを揃えたからといって、映画が面白くなるわけではない。客船の乗客を演じる俳優陣はみな、堅実な仕事ぶりでオーバーアクトもなく、観る方もドラマに集中しやすい。アガサ・クリスティの原作そのものの魅力もあるだろうが、本作はなかなかよく出来たミステリーに仕上がっている。
思っっていたよりも正統派
大富豪の美しき娘の新婚旅行中に、クルーズ船内で起きた連続殺人事件。容疑者は、乗客全員。豪華客船という密室で、誰が何のために殺したのか?
真相を知ると、それって禁じ手ではないのかと思ってしまう『オリエント急行殺人事件』に比べ、推理が二転三転する展開の本作は、ミステリーとしては正統派といえるのではないか。
◇
舞台となっているエジプトのピラミッドやスフィンクスなどは、映画の中で改めて見せられるとやはり圧倒されるものがある。だが、観光地巡りをしたいわけではなく、本作の魅力はやはり、推理ドラマそのものにある。
それに、冒頭はベルギーでの戦争シーンから始まり、ポワロがなぜあんなに立派な口ひげを蓄えているかの秘密や彼の亡くなった恋人についても語られる。本作の事件解決を通じて、エルキュール・ポアロの洞察力だけでなく、人間的な弱みや欠けている点までさらけ出されるのだ。
その意味では、本作は『オリエント急行殺人事件』よりも、さらに真面目な作りになったと感じる。1978年版の『ナイル殺人事件』がエンタメ路線だったとは言わないが、少なくともエンディング曲の<ミステリーナイル>は、場違いにポップな曲だった。
今回調べてみると、あれは東宝東和が差し替えた日本独自の曲だったのだ。でも、40年以上聴いてないのに、まだあの曲のサビが歌えるぞ、俺。プロモーションとしては当たりだったのかも。「結末は決して話さないで下さい」というフレーズもCMで使われていたっけ。
キャスティング一挙紹介
さて、前作同様、この手の作品はうかつにストーリーに触れてしまっても興ざめなので、代わりに登場人物の配役について少し触れたい。
エルキュール・ポアロ
ご存知、名探偵の主人公にはケネス・ブラナー。最近ではノーラン監督の『TENET』で怖い男を演じたり、半自伝的な作品『ベルファスト』でアカデミー賞脚本賞を獲ったりと、相変わらずの多才ぶりを発揮。
リネット・リッジウェイ
莫大な遺産を相続した若く美しき大富豪には、『ワンダーウーマン』のガル・ガドット。カネが唸るほどあって、しかもイイ女とくれば、性格がいいわけがなく、略奪愛で結婚した末に殺されてしまうのは、まあ仕方ない?
『オリエント急行殺人事件』のジョニー・デップ同様、華のある人物がすぐに退場になるのは惜しい。
サイモン・ドイル
カネに目がくらみ、さっさとジャッキーと婚約破棄してリネットに乗り換えたゲスな軽薄男を、アーミー・ハマーが好演。『ローン・レンジャー』では彼が主演でジョニデが相棒だった。『コードネーム U.N.C.L.E.』ではヘンリー・カヴィルと並んで主人公のスパイ役。ガル・ガドットといい『ジャスティスリーグ』と縁がある。
ジャッキー
親友のリネットに婚約者のサイモンを紹介したら奪われてしまう惨めな役を、NETFLIXドラマ『セックス・エデュケーション』のエマ・マッキー。バービー人形実写版の『バービー』(グレタ・ガーウィグ監督!)が目下撮影中だそうで、これも楽しみ。
ブークとユーフェミア
前作ではオリエント急行の鉄道会社重役だったのに、今では退職し母と旅行中の身のブーク。ポアロの親友という立ち位置が面白い。演じるのは、前作と同じトム・ベイトマン。そして絵を描くのが趣味の母親ユーフェミアには大ベテランのアネット・ベニング。あちらが『ワンダーウーマン』なら、こちらは『キャプテン・マーベル』の生みの親だ。
ライナス・ウィンドルシャム
かつてリネットにプロポーズして玉砕した医師役には、コメディアンのラッセル・ブランド。医者ではあるが、どうにも信用ならない雰囲気。
サロメ&ロザリー・オッタボーン
結婚式で歌って欲しいと依頼された、著名なブルース歌手のサロメ・オッタボーンには『ホテル・ルワンダ』のソフィー・オコネドー、その姪でマネージメントを引き受けるロザリーには『ブラック・パンサー』のレティーシャ・ライト。ロザリーはリネットの同級生で友人でもある。
アンドリュー・カチャドリアン
リネットのいとこで、いかにも腹黒そうな財産管理人に『ワイルド・スピード SKY MISSION』でハリウッドデビューの、インドはボリウッドで活躍中のアリ・ファザル。
ヴァン・スカイラーとミセス・バワーズ
リネットの後見人で名付け親でもあるスカイラー(ジェニファー・ソーンダース)は、贅沢を好まず共産主義者となった女性。専属の看護師で対照的に金に目がないが、かつて株の大暴落で火傷したミセス・バワーズにドーン・フレンチ。
ルイーズ・ブールジェ
最後に、リネットに献身的に尽くしながらも、自分もいつか上流階級にと憧れるメイドのルイーズには『ゲーム・オブ・スローンズ』のローズ・レスリー。
おわりに
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意願います。
前作とは異なり、本作ではリネットに続いて何人か犠牲者がでる。それが誰かはともかくとして、真犯人だと疑っていた人物が死んでしまったりと、なかなか推理は難しい。
捜査過程において、どうにもポワロは自信過剰かつ傲慢で、金田一耕助のような謙虚さにかけるなあと思っていたが、その点は本作において乗客のひとりにビシッと指摘されており、小気味よい。
前作の列車内での事件に比べると、同じように閉鎖的な環境でも客船のほうがスペース的には余裕があり、また空間に変化もあるため、映画的には見応えがある。
ただ、真犯人をみつけ、船内で追いかけるポワロが追い付けずに取り逃がしてしまうのは、どうにももどかしい。密室で逃走を許してしまってはいかんよ。
それにしても略奪愛のリネット、その奪った相手ジャッキーの前で抜け抜けと「今日はもう彼氏と何発やったわ」とか言っちゃう図太さが凄いな。犯人探し以前に、この殺人は情状酌量の余地あるなあ、この下衆男の方も死ねばいいのに、とか思ってしまう自分が怖い。
人は愛のためになら、何でもするのだ。今回の事件で、ポワロはそれを学ぶことになる。ただ、詳しくは書かないが、最後に真犯人が撃った拳銃。あの角度でトリガー引けるか? 腕がつってしまい撃てない気がする。
さて、80年代は、この二作に加え、ポワロのシリーズとして『クリスタル殺人事件』、『地中海殺人事件』が撮られたけど、今後の成り行きは、本作の興行成績次第か。