『海街diary』
是枝裕和監督が吉田秋生の人気原作コミックと、泣く子も黙る超豪華な人気女優による四姉妹キャストで贈る家族ドラマ。
公開:2015 年 時間:126分
製作国:日本
スタッフ
監督・脚本: 是枝裕和
原作: 吉田秋生
キャスト
香田幸 (長女): 綾瀬はるか
香田佳乃(次女): 長澤まさみ
香田千佳(三女): 夏帆
浅野すず(異母妹): 広瀬すず
椎名和也(幸の恋人): 堤真一
藤井朋章(佳乃の恋人): 坂口健太郎
坂下美海(佳乃の上司): 加瀬亮
浜田三蔵(千佳の恋人): 池田貴史
井上泰之(湘南オクトパス):鈴木亮平
尾崎風太(湘南オクトパス):前田旺志郎
緒方将志(湘南オクトパス):関ファイト
金子美帆(湘南オクトパス):三上紗弥
菊池史代(大叔母): 樹木希林
佐々木都(三姉妹の母): 大竹しのぶ
二ノ宮さち子(海猫食堂): 風吹ジュン
福田仙一(山猫亭):リリー・フランキー
高野日出子(看護師長): キムラ緑子
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
鎌倉に暮らす長女・幸(綾瀬はるか)、次女・佳乃(長澤まさみ)、三女・千佳(夏帆)の香田家三姉妹のもとに、15年前に家を出ていった父の訃報が届く。
葬儀に出席するため山形へ赴いた三人は、そこで異母妹となる14歳の少女すず(広瀬すず)と対面。父が亡くなり身寄りのいなくなってしまったすずだが、葬儀の場でも毅然と立ち振る舞い、そんな彼女の姿を見た幸は、すずに鎌倉で一緒に暮らそうと提案する。
その申し出を受けたすずは、香田家の四女として、鎌倉で新たな生活を始める。
今更レビュー(ネタバレあり)
原作ファンが感じた不足感
吉田秋生による大人気コミックを是枝裕和監督が映画化。湘南を舞台に、異母妹を迎えて四人となった姉妹の共同生活を通し、家族の絆を描く。
この二人の組み合わせに、これでもかというくらいの豪華絢爛な四姉妹のキャスティング、大人げないほどの横綱相撲で負ける気がしない。
◇
だが、それで傑作ができあがるほど、映画の世界は単純ではないのが奥深いところ。やはり是枝裕和の魅力は、ちょっと気まずくなるくらいのリアルな会話をぶつけ合う家族ドラマ。
興行的には成功だろうが、この企画が彼の持ち味にフィットしたのかはやや疑問。原作未読であれば、それなりに楽しく観られる作品だとは思うけれど、おそらくコアな原作の愛読者であるほど、本作には違和感というか物足りなさを感じたのではないか。
◇
普通、コミック原作の映画化でファンから不満が出るのは、配役のイメージが違うというやつだろうが、本作では、少なくとも四人の女優に関しては、文句のつけようがない。旬の東宝の人気女優を姉妹に配した『細雪』(市川崑監督)か、『姉妹坂』(大林宣彦監督)かといったところか。
物足りないのは、作品の成り立ちともいえる、異母妹の浅野すず(広瀬すず)を鎌倉の幸田家に迎え入れるまでのくだりである。
序盤とはいえ、もっと盛り上げてよ
不倫の末に家族を捨てて出て行った父親が、その再婚相手との間にできた娘。だが、すずの母親は亡くなり、父は三度目の結婚の末、山形の温泉地で病死する。
もはや遠い日の記憶のみで泣くこともない父の葬式にはるばる出向いた三姉妹が、そこで初めて出会う妹。
「お父さんの姓。それじゃ、”妹“だ…」
原作は、なるべくこの顔合わせのシーンをさりげなく、だが姉妹にとってサプライズになるようにしていたように思う。映画では、山形に行く前から、妹に会いに行く前提の会話が目立ち、興ざめだ。
そして、鎌倉に似た景色が見渡せる山の上で、蝉時雨をかき消すほどの大声で泣き叫ぶすず。原作では最高潮に盛り上がったこのシーンを、映画では、おそらくまだ序盤だからという理由だけで、あえて控えめな演出にしてしまっている。
河鹿沢温泉駅で、突如「あたしたちと一緒に暮らさない?」と提案する長女・幸と、それに即答するすずの間合いも、同じ理由でやや淡泊だ。なんとも勿体ない。
映画の全体バランスを考えて、この序盤のドラマ展開を急いでしまったが、四姉妹それぞれのエピソードを入れることを優先するあまり、その全てが同様に淡泊な仕上がりになってしまった。
そのため、幕の内弁当のような総花的な印象を受ける。原作があるゆえ、取捨選択が難しいところだが、深みが欲しかった。
長女・幸の場合
一人ずつ見ていこう。まずは鎌倉市民病院の看護師をしている長女の幸(綾瀬はるか)。出ていった母(大竹しのぶ)に代わり姉妹を支えているしっかり者なシャチ姉の雰囲気は良く出ている。
父を他所の女に奪われた過去がありながら、自分も病院の医師と不倫の身であることに悩む。ここは医師の椎名を演じた堤真一が、ちょっと小芝居をし過ぎている気がする。原作の椎名は没個性で押しつけがましくないところがいいのだ。
離婚して渡米を決意した椎名に、一緒に行かないかと誘われた幸の砂浜での返答も、もう少し気を持たせてほしかった。ナレ死のような味気無さだ。
次女・佳乃の場合
鎌倉八幡信用金庫OLの次女・佳乃(長澤まさみ)は、日本酒好きのキャラは良かったが、冒頭のラブラブな場面に出てくる朋章(坂口健太郎)の扱いがあまりに雑だ。原作では高校生と信金OLの二人が、大学生と外資系金融と偽り合って、惹かれ合いながらも別れる切ない恋バナが、電話ひとつで向こうから縁を切るだけの話に短縮化。
その後に登場の坂下課長(加瀬亮)も、普段見下していた上司だからこそ、途中で不覚にも惚れてまう展開が面白いわけで、最初から「この服、外回り用に買ったんです~」のノリは違うと思う。姉との対比で次女にはエロスを感じさせるという、長澤まさみの演出は良かったけど。
三女・千佳の場合
スポーツ洋品店に勤める三女の千佳(夏帆)は、姉妹で随一のコミック・リリーフで、アフロヘアにはならなかったが、夏帆は微妙なポジションを原作通りに好演していたと思う。ただ、彼女だって美人姉妹のひとりなのに、アフロ店長の浜田三蔵(池田貴史)の扱いが気の毒になる。
店長はマナスルを登頂した際に凍傷で足の指を多数失った悲劇を、滅多に語らず陽気にふるまっているからこそ、原作では渋く光るキャラだった。
それが映画では、登場して開口一番、「お姉さん、ボクの足の指見ますか~?」だよ。真逆なキャラに変貌している。これでは冴えない。
四女・すずの場合
そして四女となったすず。当時はまだ女優としては駆け出しだった広瀬すずは、オーディションで選ばれている。錚々たる先輩女優たちを前に、存在感で負けていない彼女の演技は観るべきものがある。
本来であれば、湘南オクトパスのチームメイトたちとの青春ドラマがあるのだが、すずが最初に好きになる主将の多田裕也は映画に登場しない。腫瘍で足を切除する多田の展開が映画化には馴染まなかったか。
このキャラ省略により、尾崎風太(前田旺志郎)とのほのかな恋愛も、金子美帆(三上紗弥)との女の友情も、殆ど描かれず、何とも味気ないドラマになってしまった。
多田が登場しないので、オクトパス監督で病院のリハビリ科に勤める井上も、シャチ姉と付き合い始めるきっかけがなく、演じる鈴木亮平が持ち腐れになっている。
映画ならではの良い場面も
原作比、不満を感じた点ばかり列挙してしまったが、映画ならではの良い場面も書いておこう。
すずと風太が自転車で駆け抜ける桜のトンネルや、映画オリジナルと思われる、四姉妹揃っての障子貼りや線香花火、柱に付ける背比べの傷などは、是枝監督らしい演出で美しい仕上がり。すずの風呂上りのバスタオルとって扇風機で涼むシーンも楽しい。
偶然ロケハンでみつけたという鎌倉の古民家も、『歩いても歩いても』の古い家のようにピタッとはまる。庭の梅の木は映画のために植えたものらしい。
是枝作品のミューズ・樹木希林は、原作と同じ台詞を言っているのに、彼女が自然に口にしたとしか思えない見事な演技。そのほか、リリー・フランキーや風吹ジュンといったお馴染みのメンバーの演技には安定感がある。
出ていった母の大竹しのぶも、さすがに大女優の圧巻の演技だと思った。そういえば、大竹しのぶも四姉妹演じてたなあ、『阿修羅のごとく』(森田芳光監督)で。
◇
以上、湘南・鎌倉ご当地ものとしては、岡田惠和のドラマ『最後から二番目の恋』とともに語り継がれるべき作品とは思うが、原作を愛するものとしては、ちょっと残念。四姉妹が海岸線を戯れて歩くラストは、さすがに美しく贅沢な鉄板ショットではあったが。