『四月の魚 ポワソンダブリル』
大林宣彦監督が高橋幸宏とタッグを組んだ不思議なコメディが、ついに初DVD化。そこは素直に喜びたいけれど。
公開:1986 年 時間:109分
製作国:日本
スタッフ
監督: 大林宣彦
脚本: 内藤忠司
原作: ジェームス三木
『危険なパーティー』
キャスト
根本昌平: 高橋幸宏
衣笠不二子: 赤座美代子
万理村マリ: 今日かの子
藤沢富士夫: 泉谷しげる
パナポラ・ハンダ酋長: 丹波哲郎
あき: 入江若葉
タイル職人: 三宅裕司
アイドル歌手: 四禮正明
勝手に評点:
(私は薦めない)
コンテンツ
あらすじ
根本昌平(高橋幸宏)は過去の栄光にすがる、売れない映画監督。7年前の初監督作で出会った主演女優の衣笠不二子(赤座美代子)と結婚し、彼女の稼ぎで大邸宅に暮らしている。
そんな昌平が夢中になれるのはフランス料理。ある日、昌平が数年前にCM撮影で訪れた時に仲良くなったアラニア島の日系二世、パナポラ・ハンダ酋長(丹波哲郎)から手紙が届く。商用で来日するため、4月1日の夜に自宅を訪ねたいという。
しかし、聞いたところによるとアラニア島では友情の誓いとして妻を一晩提供する習慣があるらしい。悩んだ昌平は友人の脚本家・藤沢(泉谷しげる)へ相談すると、藤沢は新人女優(今日かの子)を妻の替え玉にするシナリオを提案してきたのだった。
今更レビュー(ネタバレあり)
初DVD化は嬉しいのだけれど
大林宣彦監督が高橋幸宏を主演に据えて撮ったラブコメが、ようやく初DVD化を果たしたので、公開以来、実に35年ぶりに観た。
何を隠そう、高橋幸宏が出演した映画ということくらいしか当時の記憶に残っていなかったが、観返してみると、これは自ら記憶を消しにかかっていたのではないかと思う、なかなか痛い作品だ。
<大林宣彦&高橋幸宏コンビが贈る不思議でおしゃれなラブコメディ>という風には、正直思えなかった。
◇
この作品は、大林宣彦監督が時に賛否両論を巻き起こす実験的な取り組みにも寛容で、何が何でも全作観たいという方には大いにお勧めする。
その意味ではDVD化を決断してくれた発売元にはひとりのファンとして感謝申し上げるが、一般受けはなかなか厳しいだろう。
例えば『ねらわれた学園』後半の特撮パートや『金田一耕助の冒険』のように、今になって観るとあまりにバカバカしくて、みんなで笑いながら楽しめる作品もある。だが、本作はそれとはだいぶテイストが違う。
◇
まあ、バブル経済期にふさわしい羽振りの良さと活気を感じ取り、売れない映画監督である主人公・根本昌平(高橋幸宏)の、気取った手料理やフランスかぶれした言動、女を商品扱いする下衆な振る舞いの割に純情ぶる姿勢など、ツッコミながら観る手はあるかもしれない。
大林監督および、好意的なレビューを期待している方には申し訳ないが、この後はほぼ不満点をあげつらうことになる。
結局、台本の弱さに尽きるのでは
本作はラブコメといってもラブの要素は殆どない。知り合いの酋長が突然訪ねてくることになり、友情の誓いとして妻を一晩提供する習慣があるために、代役をたてることにする、その晩餐をどう組み立てるかが勝負といえるコメディ。
だが、話が読めすぎて何のサプライズもないし、三谷幸喜ばりの洒脱な会話もひねった展開もない。
ジェームス三木の原作は読んでいないのと、彼は脚本にもクレジットされているが一行も書いていないと大林監督が語っているので、この脚本の弱さは内藤忠司によるものだろうか。
とにかくベタな展開だ。根本お気に入りの高級スーパー(明治屋が全面協力!)レジ店員・万理村マリ(今日かの子)が、妻の代役にと旧友の脚本家・藤沢(泉谷しげる)の推す小劇団女優だということは、誰でもすぐに気づく。
それはよいが、根本とマリが路上で衝突してともに転倒する出会いのシーンから、レジ店員のマリが妻の代役女優として現れて二人で驚き合うシーンまで、コントのように薄っぺらな演出だ。
笑いを取りに行くのなら、もっと突き抜けないと。その気概を見せてくれたのは、酋長の丹波哲郎くらいではないか。彼の起用法としては何とも勿体ないが、重厚さで売る大物俳優がコメディではじけることは珍しくない。
◇
だが、丹波哲郎の孤軍奮闘ではつらい。トイレのタイルを修理しに来た三宅裕司も、本来の晩餐会で映画が盛り上がってくれないから、ずっとトイレに(工事で)こもっているサプライズが笑いに結びつかない。
彼が衣笠不二子(赤座美代子)の頭から大量のゼリーをかけるシーンの、ダラダラと間延びした感じも同様。NGではないのか。
◇
話は前後するが、根本が料理を失敗して大きな魚のフライになってしまったのもギャグなのか。それなら、『FRIED DRAGON FISH』(1993年・岩井俊二監督)くらい大きくないと。
また、自分の代わりに自宅晩餐会で酋長を迎えているマリに、妻の不二子が金切り声でガンガンと責めたてるシーンも、そこだけテンションが高くてついていけず、まるで『さびしんぼう』でパンツ見せまくる先生(秋川リサ)のようだった。
本職ではない俳優には難しい
この厳しい脚本でしっかりした映画に仕上げるには、相応のキャリアの俳優を持ってくるべきだった。
いくら『天国にいちばん近い島』にも出ているとはいえ、高橋幸宏は役者本業ではないし、ヒロインの今日かの子も新人だという。これは無理筋の配役だったろう。
台本を読むのが精いっぱいで、観ている方が気疲れする。高橋幸宏は、ビジュアルとしては絵になるが、大林監督がいう、和製ジャック・レモンというのは、同意しかねる。
◇
今日かの子は、なかなか魅力的な新人女優だったとは思うが、本作以外に手がかりのない人物で、その後の消息を聞かない。ふざけた芸名は、本作限りの腹積もりだったからか。
家族主義の大林宣彦が主演女優をその後もフォローできず、育て上げられなかった例は珍しい。なお、何の必然性もないが、本作でもしっかりとヒロインは脱がされている。
料理は愛情!
本作は、豪華なフランス料理というのも売りのひとつになっている。料理指導は宮内庁大膳課に務めていた<天皇の料理番>渡辺誠、もともと大林家とは懇意だった人物らしい。
◇
本作は家の広々としたシステムキッチンで、明治屋で買い揃えた高級素材を料理する主人公の姿が長々と描かれる。
こんなの自宅にあるのかというほど数多く並べられた銅鍋や料理道具は渡辺氏の私物、それにうずらを一羽、首をはねて料理するまでの手作業はすべて渡辺氏の吹替だという。なるほど、手際の良さと素材の良さは伝わってくる。
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だが、皮肉なことに、この映画からは、料理がおいしそうに見えるシーンがまるでない。
これはなぜだろう。料理に対する愛情や敬意が欠けているのか。しょせんコメディだから、消えものが美味しそうに見える必要はないということかもしれない。
だが、『タンポポ』(1985年・伊丹十三監督)の醤油ラーメンや、安売りスーパーの特売品だらけの料理でも『きのう何食べた?』(2021年・中江和仁監督)の方がよほど美味しそうに見えるのは、撮り方の問題だろう。
ウーラーラーと嘆きたくなる
最後に気になったのは音楽か。音楽監督も務める高橋幸宏の手によるものだ。音楽だけを切り取って論じれば、さすが本業だけあって、彼ならではの音楽センスを感じる。
だが、映画という総合芸術として考えた時はどうだろう。
根本というフランスかぶれの監督が、いちいちフランス語の料理名の講釈をたれる理屈っぽさと煩わしさ、そこに流れるフランス語混じりの劇伴曲、おまけに衣装のデザイナーとしても高橋幸宏が関わっているとなると、ちょっと鼻につく感じは否めない。
◇
以上、今回は大林作品には珍しく、総ダメ出しの着地となってしまった。とはいえ、久々に観られたことはありがたい。
特に冒頭、不二子の映画撮影シーンから始まるのだが、ここに背景セットで使われている夜景のネオンが「A Movie」となっている。映画はこのネオンのクローズアップから始まるのだが、ここは遊び心があって好きだ。