『爆弾』
呉勝浩のこのミス1位原作を映画化。爆破事件容疑者と交渉人の丁々発止。佐藤二朗の新境地をここに見た。
公開:2025年 時間:137分
製作国:日本
スタッフ
監督: 永井聡
原作: 呉勝浩
『爆弾』
キャスト
スズキタゴサク: 佐藤二朗
類家: 山田裕貴
等々力功: 染谷将太
清宮輝次: 渡部篤郎
倖田沙良: 伊藤沙莉
矢吹泰斗: 坂東龍汰
伊勢勇気: 寛一郎
鶴久: 正名僕蔵
長谷部有孔: 加藤雅也
石川明日香: 夏川結衣
石川辰馬: 片岡千之助
石川美海: 中田青渚
勝手に評点:
(一見の価値はあり)

コンテンツ
あらすじ
酔った勢いで自販機と店員に暴行を働き、警察に連行された正体不明の中年男(佐藤二朗)。自らをスズキタゴサクと名乗る彼は、霊感が働くとうそぶいて都内に仕掛けられた爆弾の存在を予告する。
やがてその言葉通りに都内で爆発が起こり、スズキはこの後も1時間おきに3回爆発すると言う。
スズキは尋問をのらりくらりとかわしながら、爆弾に関する謎めいたクイズを出し、刑事たちを翻弄していく。
レビュー(まずはネタバレなし)
観る前の期待値は低かった
「このミス2023」で1位を獲得した呉勝浩のベストセラー原作は当然読んでいた。
別件で逮捕された爆弾犯が取調室で刑事相手になぞなぞ形式で次の爆弾の設置場所をあてさせるサスペンス。「君のクイズ」じゃないな、誰のクイズだろう、これ。
原作は面白かったが、なんか、映画館に足を運ぶのを躊躇っていた。劇場予告でみた、容疑者スズキタゴサク役の主演・佐藤二朗のインパクトが凄すぎて、ひるんでしまったのだ。
最近なら『アンダーニンジャ』あたりのスベリ方が脳裏をよぎる。これに懲りて、もう福田組の佐藤二朗作品は観るもんかと心に誓った。
ひとりで、意味不明のアドリブやつぶやきネタを延々と続ける独特のスタイル。あれを『爆弾』でやられたら、苦行の2時間だ。
だが、CMディレクターで知られる永井聡監督は、前作『キャラクター』が結構良かったので、大丈夫かも。結局不安を抱えつつ劇場にて観賞。

正しい佐藤二朗の使い方
何より驚いたのが、佐藤二朗の怪演だ。心配していた不可解アドリブが、今回は完全に封印されてることは安心材料。
彼の独特の、アクの強い演技自体は健在なのだが、アドリブがないことによって、スズキタゴサクの正体不明で不気味なキャラが、一層引き立つ。
『キャラクター』でセカオワのFukaseが演じたサイコパスの怖さを、今度は佐藤二朗が醸し出すのだ。これは引き込まれる。
◇
暴行容疑で所轄の野方署に連行された酔っ払いの中年男スズキ(佐藤二朗)が、取り調べを受けながら、都内各地の爆発事件を次々と予告する。

独特の目を細めた笑顔と馴れ馴れしい語り口で取調室の刑事たちを翻弄する様子がたまらない。
福田雄一作品のおかげで、佐藤二朗とムロツヨシはアドリブが面白いと思い込まされている節があるが、二人とも、おふざけなしで芝居をさせた方が絶対面白い。
『あんのこと』で刑事役だった佐藤二朗が、取調室で悪ふざけしている場面は痛かったはずだ。だから、この映画の佐藤二朗の使い方は全面的に正しかったと思っている。
爆発したって、良くないですか?
さて、当初に酒屋で暴れて連行されたスズキに取調室で対峙したのは等々力刑事(染谷将太)。切れ者だが、なぜかスズキに気に入られ、爆発の予言を打ち明けられる。

だが、最初の爆破が発生し、スズキが容疑者として浮上すると、本部の捜査一課から清宮(渡部篤郎)と類家(山田裕貴)が乗り込んでくる。
スズキの交渉相手は等々力から清宮に代わるが、結局最後は類家が交渉人の名をかけて、この男とのマウント合戦に挑む。
「私は霊感で事件を予知できます。一時間後に何か悪いことが起きる予感がします」
霊感といいながら、クイズのように爆破の場所のヒントを与えていくスズキ。刑事の取り調べも余裕でのらりくらりとかわしては、「でも爆発したって、別に良くないですか?」と煙に巻く。
殺風景な取調室でテーブルを挟んだ緊迫した会話劇がメインなので、映像的には変化に乏しく退屈そうに思えるかもしれない。
だが、佐藤二朗や山田裕貴の特異なキャラ作りのほか、ダンディな上司(渡部篤郎)や繊細な記録係(寛一郎)などのおかげもあって、飽きはこない。
さすがに佐藤二朗たちの顔がアップになるバストショットが頻出するのには辟易したが、時おり爆破騒ぎが発生して、パニックになる町の様子が描かれるので、気分転換になる。
所轄の警官である伊藤沙莉と坂東龍汰のバディも、映画に取調室とは違う動きを与えてくれ有意義。

リアルな爆破シーン
爆破による被災シーンは結構リアルで生々しい。勿論臨場感はあるが、この心理戦が主体のような映画に、本物志向の被災シーンがやや浮き気味であったことは否めない。
同じ、爆破パニック映画『ラストマイル』に比べると、こんなに都内のあちこちで爆弾の犠牲者をだしてしまって収拾がつくのかと心配になる。

怪しげな屋敷の中で警官バディの二人が見つける死体、自分を憎しみで殺したくなるように相手を挑発するスズキなど、『セブン』を思わせる演出。
かと思えば、取調室の中で口八丁手八丁で刑事たちを手玉に取る映画スタイルはまるで『ユージュアル・サスペクツ』。偶然だが、いずれもケヴィン・スペイシーだ。
スズキと類家、はたして最後に笑うのはどちらか。
サイコパスな犯人が警察を挑発してというようなありがちな話なら、結末は読みやすいが、この作品はスズキのキャラが不思議すぎて、先行きが想像しにくい。
レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意ください。
スズキにさりげなく出されたヒントから、爆弾設置された町を探り当てていくプロセスは、考える時間が十分にある原作に比べると、どうしても淡泊になる。
だから場所探しについては、いまいち盛り上がりにくい。
一方で、スズキがアップする公開動画で、「ホームレスは殺します、臭いからです。独身貴族は殺します、人口増加に貢献しないからです…」などと早口でまくしたてていく場面は、映像ならではのインパクトで面白かった。あと、心の形を当てるやつも。
こんな憎たらしい男の取り調べ、俺なら挑発に乗って何発か殴らずにはいられないな。
所轄のお偉いさんに正名僕蔵も意外だったが、もっと驚いたキャスティングは、ゴシップネタで警察を去り自殺した長谷部有孔役の加藤雅也。だって、彼が殺人現場で自慰行為する中年刑事役だよ。
この性癖が警察の一大不祥事となり、一家離散や自殺を招くのはちょっと気の毒すぎないか? 最近の警察の風紀秩序の乱れをみれば、こんなのゴシップにもならないのでは?
離散した遺族は妻(夏川結衣)、と長男(片岡千之助)、長女(中田青渚)。この家族が、後半の展開で重要な役割を果たす。

大半のミステリーがそうであるように、この作品も終盤で謎が解き明かされそうになると、面白みはトーンダウンしてしまう。
真相がつまらないということではないが、やはり謎が謎のままでいる時の高揚感は、終盤まで持ちこたえられない。真相を知るよりも、このまま、スズキタゴサクと類家のブラフ合戦を聞いていたいのだ。
ともあれ、『ミステリと言う勿れ』の菅田将暉に負けないクルクルヘアーの山田裕貴と、『新解釈』シリーズ卒業してほしい佐藤二朗の組み合わせは最高にイケてた。
