『辰巳』
小路紘史監督が『ケンとカズ』から8年ぶりに世に問うガチンコ和製ノワール。
公開:2024年 時間:108分
製作国:日本
スタッフ
監督: 小路紘史
キャスト
成瀬辰巳: 遠藤雄弥
葵: 森田想
兄貴: 佐藤五郎
沢村竜二: 倉本朋幸
沢村武: 松本亮
成瀬浩太: 藤原季節
山岡京子: 亀田七海
山岡茂: 渡部龍平
後藤: 後藤剛範
勝手に評点:
(一見の価値はあり)

コンテンツ
あらすじ
裏稼業で生計を立てる孤独な男・辰巳(遠藤雄弥)は、元恋人である京子(亀田七海)の殺害現場に遭遇し、その場にいた京子の妹・葵(森田想)を連れて逃亡する。
最愛の家族を奪われた葵は、姉を殺した犯人に復讐することを決意。犯人を追う旅に同行することになった辰巳は生意気な葵と反発し合いながらも、彼女を助けともに過ごすなかで、ある感情が芽生えてくる。
レビュー(ネタバレあり)
『ケンとカズ』から8年ぶりの渾身作
2016年、『ケンとカズ』の鮮烈なデビューで自主製作の和製ノワールに活路を切り開いた小路紘史監督、久々の新作も当然ながら、匂い立ようなノワール作品。
評価の高かった前作から公開まで8年もかかったのには理由がある。2019年に一旦撮影したものの、編集が纏まらずに何度もスタッフと話し合い。
◇
次作は商業映画でという声は多くかかり、心が揺らぐこともあったものの、最終的に小路監督は、製作に関する自由度にこだわった。
だからこその自主製作、それも私財を投じるだけでは当然足りず、クラウドファンディングで希望をつなぐ。こうした渾身の一本が本作だ。
辰巳は死体の掃除屋
その完成度の高さは、冒頭のシーンからありありと伝わってくる。主人公の辰巳(遠藤雄弥)がクルマの脇で浩太(藤原季節)をボコボコに殴る。
浩太が辰巳の弟で、どうやら覚せい剤絡みの喧嘩だというのは分かるものの、何の説明もない。マジで怒り心頭で殴っているとしか思えない気迫は、『ケンとカズ』からのブランクを感じさせない。
同作では終盤に私刑の末に殺された藤原季節だが、今回はタイトルが出る前に死んでしまうのがちょっと寂しい。

次に殺されるチンピラが足立智充。怖そうな連中に嬲り殺し。どうやら、暴力団組織の扱う麻薬を勝手に横流ししている裏切者がいる。その口を割らせる過程で、竜二(倉本朋幸)に殺されたのだ。
この、血に飢えた狂犬みたいな人物が、本作での悪役という位置づけだが、その個性が際立っている。弱くないのに、よく吠える犬のようだ。
◇
そして辰巳が兄貴(佐藤五郎)に呼ばれ、竜二が殺した遺体の処理を任される。
そう、辰巳は組織において、死体の指や歯といった身元が割れるパーツを処理し、遺体を処分した証拠に耳だけ切り取る死体処理屋なのだ。誉田哲也の『歌舞伎町セブン』に出てくる掃除屋みたいなものかな。
竜二にしてみれば、自分のしでかした死体処理をしてくれる辰巳に感謝してもいい筈だが、喧嘩を売りまくるところが意味不明。だが愉快だ。
乗り気じゃない仕事をする辰巳も負けずに噛みつく。登場人物が常に殺気立って吠えてばかりいるのは、前作から変わらぬスタイル。

タツミとアオイ
組織に属し、自動車整備工場を経営している山岡(渡部龍平)の妻・京子(亀田七海)は辰巳の元恋人だった。その妹で整備工の葵(森田想)が、ヤクをくすねたことで組織に追われる。
この葵はとんだ不良のヤンキー娘で、暴力団相手に悪態はつきまくるわ、誰彼構わず顔にツバを吐くわで、困った野良猫である。
大映ドラマでアイドル系の女優が不良ぶって演じているのとはレベチの品のなさ。さすが小路紘史監督のリアリズムだ。
だが、辰巳も面倒をみかねたこの葵が、その後に彼のバディとなっていく。麻薬横流しがバレた山岡は竜二と弟の武(松本亮)に襲われるが、妻の京子も巻き添えを食って殺されてしまう。
更に、それを目撃した葵が、やつらに命をねらわれる。今まで生意気な葵に散々手を焼いていた辰巳だが、彼の元恋人だった京子の妹が殺された姉の仇を討とうとするのに、手を貸すことになる。
『ケンとカズ』が男同士のシャイな友情を描いたノワールなら、本作はオッサンと生意気娘が信頼関係を育んでいく『タツミとアオイ』とでもいうべきバディムービーだった。
和製『レオン』だったのか
飛び出しナイフから小型ライフルまで持ち出し、仇の兄弟を追い詰める葵の活躍が頼もしい。
森田想の演じる薄汚い髪の毛ボサボサのヤンキー娘が、後半になるとなぜかちょっと小奇麗な感じのサラサラヘアの刺客に様変わりしているように見えたのは、気のせいだろうか。

見栄えの変化だけではない。後半になって辰巳に助けを求め、心を開くようになっていく葵は、笑顔を見せるようにさえなる。
これで二人に妙な恋愛感情でも生まれると興ざめだったけど、しっかりと使命を全うしようとする信頼関係に留まっているところは好感。
家族を殺された娘の復讐を手伝う殺し屋の話という意味では、『レオン』の系譜にあたるノワールといえるのかもしれない。当時のナタリー・ポートマンはもっと幼かったけど。
◇
冒頭だけの登場の藤原季節以外、知っている俳優は少なかったのだけれど、みんないい面構えをしていて、魅力的だった。
主人公・辰巳を演じた遠藤雄弥は『ONODA 一万夜を越えて』で津田寛治とともに主演。端整な顔立ちと表情が若い頃の三上博史を思わせる。

兄貴役の佐藤五郎は濃い顔立ちと血走った目元が、まるで千葉真一だ。どうみても昭和の極道世界のひとである。

そして竜二役の倉本朋幸。弱そうにも見え、不気味な強さも感じさせる。黙っていれば池内博之、話し出すと田中邦衛の雰囲気。彼は劇団オーストラ・マコンドーの演出家だそうで、映画出演はこれが最初で最後だとか。勿体ないなあ。
なお、本作で産業廃棄場を仕切る大男の後藤(後藤剛範)や、『ケンとカズ』主演のカトウシンスケも、同劇団所属。

小路紘史のノワール流儀
自主映画にありがちなチープさはどこにも感じさせない。画には奥行きも躍動感もあるし、自動車整備工場や産廃施設、人気のない駐車場など、舞台設定にも隙が無い。
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死体処理を生業とする辰巳は、正常な神経ではやってられない仕事ゆえか、普段の生活でも感情を捨て去ってしまっていたのではないか。

だから、麻薬に溺れた弟を見殺しにしてしまったし、恋人にも見捨てられた挙句、身内のトラブルで殺されてしまった。心のどこかで感じていた罪悪感が、葵だけは護ってあげたいという気持ちに繋がっていく。
だがそれはあくまで内に秘めた思いであって、葵に対しては喧嘩腰で厳しい言葉を浴びせてばかりというのが、小路紘史のノワールの流儀なのだろう。
◇
『ケンとカズ』と同様に、ベタに感動的な台詞など言われては、トヨタ・コロナEXiVとガラケーの時代に築いてきたドライな世界観が台無しになってしまう。
「葵には手を出すな」との言葉を残して、辰巳はひっそりと死んでいく。それでいいのだ。