『ミッキー17』考察とネタバレ|近未来の消耗品とプリントゴッコ

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『ミッキー17』
 Mickey 17

ポン・ジュノ監督久々の新作は、何度も殺されては再印刷される男の悲喜劇。

公開:2025年 時間:137分  
製作国:アメリカ

スタッフ 
監督:           ポン・ジュノ
原作:      エドワード・アシュトン
             『ミッキー7』
キャスト
ミッキー・バーンズ(1~18):
         ロバート・パティンソン
ナーシャ・バリッジ:  ナオミ・アッキー
ケネス・マーシャル:  マーク・ラファロ
イルファ・マーシャル:  トニ・コレット
ティモ:      スティーヴン・ユァン
カイ:    アナマリア・ヴァルトロメイ
ドロシー:      パッシー・フェラン
アーカディ:   キャメロン・ブリットン
プレストン:    ダニエル・ヘンシャル

勝手に評点:4.0
  (オススメ!)

(C)2025 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved.

あらすじ

失敗だらけの人生を送ってきた男ミッキー(ロバート・パティンソン)は、何度でも生まれ変われる“夢の仕事”で一発逆転を狙おうと、契約書をよく読まずにサインしてしまう。

しかしその内容は、身勝手な権力者たちの命令に従って危険な任務を遂行し、ひたすら死んでは生き返ることを繰り返す過酷なものだった。

文字通りの使い捨てワーカーとして搾取され続ける日々を送るミッキーだったが、ある日手違いによりミッキーの前に彼自身のコピーが同時に現れたことから、彼は反撃に出る。

レビュー(まずはネタバレなし)

オスカーを獲った『パラサイト 半地下の家族』(2019)以来のポン・ジュノ監督の新作。

ただ、ハリウッドとの共同制作は『スノーピアサー』(2013)、『オクジャokja』(2017)と、これまであまり彼らしさが感じられない作品が続いていただけに期待と不安半々だった。

だが蓋を開ければ、今回はポン・ジュノの魅力が存分に詰まったシニカルなSFコメディ。大いに楽しませてもらった!

『ミッキー17』が、何度も殺されては生まれ変わった17番目のミッキーであることは、劇場予告から想像できた(エドワード・アシュトンの原作では7番目のようだが)。

でも主演のロバート・パティンソンが戦闘服を着ているように見えたので、トム・クルーズ『オール・ユー・ニード・イズ・キル』みたいに、何度も戦死する話なのかと思ったが、良い意味で裏切られた。

主人公ミッキーは、何度も死んでは生まれ変わるエクスペンダブルズスタローンたちマッチョ軍団じゃないよ)となる契約に迂闊にもサインをしてしまい、植民惑星に向かう宇宙船に乗るのだ。

クローン技術のようだが微妙に違うのは、MRIのような形状の3Dプリンターからリプリントされること。この設定がクローン以上に主人公を憐れな消耗品に見せる

(C)2025 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved.

借金取りに追われて困った挙句に逃げ込んだ宇宙船で更に絶望の淵に立たされる話って、まるで『エイリアン ロムルス』じゃん。

移民船のプラチナチケットを得るためにエクスペンダブルズ契約してしまったミッキー。

放射線下の作業や危険な惑星の大気で人間が生きるためのワクチン精製の治験、その他、ありとあらゆる危険作業に従事させられ、気が付けば17回も再印刷で生まれ変わっている。

(C)2025 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved.

そして映画の冒頭、宇宙船が到達した植民惑星で、氷上に棲息する巨大生物に殺されそうになる。次はミッキー18が印刷されるはずだったが、ここで勝手が狂う。

再生可能ゆえに人権はなく、人間のために何度も犠牲になっては生まれ変わる運命の者たちの悲哀。

その感情は『ブレードランナー』のレプリカントや、『わたしを離さないで』の臓器提供用クローン、『月に囚われた男』の過酷環境作業用クローンにも通底する。

題材としては古くからあるが、それをテリー・ギリアムばりのシニカルなコメディタッチで見せるところは新鮮だ。

全てのミッキーを演じるロバート・パティンソンは、『ハリー・ポッターと炎のゴブレット』から『TENETテネット』、そして『THE BATMAN-ザ・バットマン-』ブルース・ウェイン役と、てっきり二枚目ヒーロー路線の俳優かと思っていた。

だが、『ライトハウス』の怪演でも思ったが、意外とこういうしょぼい役の方が似合うんだよなあ。

宇宙船の警備隊長でミッキーの恋人ナーシャ役には『ホイットニー・ヒューストン I WANNA DANCE WITH SOMEBODY』ホイットニーを演じたナオミ・アッキー

ミッキーを借金生活に誘い込んだ悪友のティモ役には『ミナリ』スティーヴン・ユァン『オクジャokja』に続くポン・ジュノ監督作品出演。

ノアの方舟のような植民惑星移民計画を進める落選議員のケネス・マーシャルには、マーク・ラファロ『哀れなるものたち』の時のような傲慢で間抜けな権力者キャラ。

そして妻で美食家のイルファ『陪審員2番』トニ・コレット。まるでディズニーの魔女のようなキャラは、やや演技過剰気味。

セクシー系な宇宙船員のカイ役にアナマリア・ヴァルトロメイって、『あのこと』の主演の女優かぁ。同作が金獅子賞を獲ったベネチア国際映画祭の審査員長はポン・ジュノだった。

さて、なぜか巨大生物に殺されずに生き延びたミッキー17が宇宙船に戻ると、そこにはミッキー18が印刷されていた。

マルチプル(複製)は重大な倫理規則違反であり、見つかれば双方抹殺となる。窮地に立たされたミッキーだが、ここからエクスペンダブルズの反撃が始まる。

(C)2025 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved.

同じ記憶を共有しながらも性格が真逆のミッキー17と18の共同戦線という設定も、マルチプルの登場に動揺するどころか、カレシが倍増したと喜ぶ恋人とか、シリアスなドラマと笑いのバランスも絶妙。

氷の世界を舞台にして、抑圧され搾取されてきた主人公たちが、閉鎖空間で過剰演技するラスボスや魔女キャラと戦う話。

残念だった出来の『スノーピアサー』と似たような設定、『オクジャokja』からクリーチャーを撮ってきたVFXスタッフ陣ながら、今回はツボを心得た演出が奏功の快心作。

レビュー(ここからネタバレ)

ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意ください

ミッキー17と18は当然ながらそっくりなので、片方の頬にはマーシャルに焼きを入れられてしまうのだが、その前は恋人ナーシャが裸の胸に17と18とルージュ伝言じゃなくてナンバリングする。

これって、まるで村上春樹『1973年のピンボール』で双子の女の子が着てた番号入りのTシャツじゃないか。そういえば、スティーヴン・ユァン村上春樹『バーニング(納屋を焼く)』に出てたし、意識したのかも。

ミッキーを襲ったと思われ、実は気の優しい生物は巨大なダンゴムシのような連中で、その姿はどうみても『風の谷のナウシカ』の王蟲だ。

などと思ったら、生け捕りにしたその幼虫をマーシャルたちがなぶり殺しにして、先住民である王蟲たちに先制攻撃を仕掛けようとするではないか。

王蟲の側に立って交渉するミッキー。まんま『ナウシカ』展開だ。『オクジャokja』『トトロ』なら、今度は『ナウシカ』か。

「ごめんね。許してなんて言えないよね。ひどすぎるよね」と、つい呟きたくなる。

(C)1984 Studio Ghibli・H

人間コピーの技術は倫理的な問題があることから世界で使用が禁止されるが、地球外環境でのエクスペンダブルズとしての使用許可を、マーシャルが強引に取り付ける。

社会で搾取される弱者や法的に認められないものが地球外に逃げざるを得ない環境は、男と女のほか性別を認めないと強行するどこかの国のように、政治的な風刺を思わせる。

とはいえ、あくまで本作はエンタメ路線。『グエムル-漢江の怪物-』の頃の、邦画では考えられないような冷徹な展開に比べれば、随分ポン・ジュノも人間が丸くなったものだ。

マイルド風味のミッキー17とハバネロ風味のミッキー18に、きちんと見せ場が与えられているのは嬉しい。