『タンジェリン』
Tangerine
ショーン・ベイカー監督が全編iPhoneで撮影した、明るく健康的な西海岸の掃きだめに暮らすオカマの娼婦。
公開:2015年 時間:88分
製作国:アメリカ
スタッフ
監督: ショーン・ベイカー
キャスト
シンディ・レラ:キタナ・キキ・ロドリゲス
アレクサンドラ: マイヤ・テイラー
ラズミック: カレン・カラグリアン
チェスター: ジェームズ・ランソン
ダイナ: ミッキー・オヘイガン
アシュケン: アラ・トゥマニアン
勝手に評点:
(一見の価値はあり)

コンテンツ
あらすじ
クリスマスイブのロサンゼルス。トランスジェンダーの娼婦シンディ(キタナ・キキ・ロドリゲス)は恋人のチェスター(ジェームズ・ランソン)が浮気していることを知って怒り狂い、浮気相手を見つけ出して懲らしめるべく奔走する。
シンディの親友で歌手志望のアレクサンドラ(マイヤ・テイラー)は、カフェでのライブを目前に控えていた。一方、アルメニア移民のタクシー運転手ラズミック(カレン・カラグリアン)は、自らの変態的な欲望を満たそうとしていて…。
今更レビュー(ネタバレあり)
『ANORA』に繋がる軌跡
ショーン・ベイカー監督が先日『ANORA アノーラ』でオスカーを獲った。
「アカデミー賞史上初となる単一作品で最多4つの受賞」
という記事をみて、何だよ『ベン・ハー』とか『タイタニック』とか最多受賞は過去にあるだろうと思ったが、低予算・ワンオペのショーン・ベイカーがひとりで作品・監督・脚本・編集の各賞でオスカーを獲ったという意味だった。
まあ、めでたいことに変わりはない。

『タンジェリン』は、そのショーン・ベイカーの長編5作目にあたり、サンダンス映画祭で上映されて話題になった作品。インディペンデント映画のため当然にして低予算映画であり、iPhone 5sを複数使って全編を撮影したことで大きな話題となった。
10年前だから、まだiPhone 5sなのだ。それでも、画質については、通常観る映画作品と遜色ない。
◇
「タンジェリン」ときくと、伊坂幸太郎原作でブラピ主演の『ブレット・トレイン』に登場する殺し屋コンビの<檸檬と蜜柑(タンジェリン)>を思い出すが、勿論まったくの無関係だ。
こちらは、トランスジェンダーのセックスワーカー(早い話がオカマの娼婦)の物語。iPhoneで撮っても、AppleじゃなくてTangerine。
西海岸の底辺層の町
映画は冒頭、このトランスの二人、出所したばかりのシンディ(キタナ・キキ・ロドリゲス)と、その親友のアレクサンドラ(マイヤ・テイラー)が、行きつけのドーナツショップで賑やかに会話している場面から始まる。

クリスマスイブの設定らしいが、西海岸なので冬の風情はない。アレクサンドラがつい口を滑らせたことで、シンディは恋人のチェスター(ジェームズ・ランソン)が浮気をしていると知り、その女を町中探し回る。
言ってしまえばこの映画は、シンディがその女を見つけ出して、自分が服役中に浮気をしていた男を懲らしめる、それだけのシンプルなストーリーだ。
だが、そこに町の底辺層を生きる連中のあれこれが絡んできて、独特のリズムが生まれている。
LAが舞台となれば、陽光降り注ぐ健康的な西海岸のイメージが先行するが、ショーン・ベイカーが選んだのは、サンタモニカとハイランド通りの一角で、映画にあるような結構ヤバいエリアらしい。
そもそも、彼にとっては、カリフォルニアの健全なエリアなど、興味がないのだろう。
『フロリダ・プロジェクト』は、ディズニーワールドに隣接するチープなモーテルが舞台だし、『チワワは見ていた』から新作の『ANORA アノーラ』に至るまで、彼は底辺層で必死に生きているセックスワーカーたちの物語が好きなのだ。
◇
さすがにiPhoneで撮ったことは言われないと分からないが、全編ハンディカメラで追いかけている躍動感と臨場感はストレートに伝わる。そこにヒップホップ系をじはじめ多種多様な音楽がガンガン入ってくる。
主演の二人が町の中をあちこち動き回るのを追いかけるカメラに陽光が差し込み、美しいゴーストが発生する。ショーン・ベイカー監督はこういう絵が好きなのだろう。『フロリダ・プロジェクト』でも多用してたし。

トランスジェンダーの娼婦の友情
シンディ役のキタナ・キキ・ロドリゲスもアレクサンドラ役のマイヤ・テイラーも、演技ド素人のトランスジェンダー。
その他キャストも多くは本職ではなく、この連中に緊張感を与えずに演技をしてもらったり、実際に治安のよろしくないエリアでの撮影を進めたりするのに、存在感のないiPhoneを使った撮影は効用があったという。なるほど、そういうものか。
◇
序盤ではこのトランスの娼婦二人とどう関係するのか分からない、タクシー運転手のラズミック(カレン・カラグリアン)。次々と老若男女の客を乗せては運ぶの繰り返しなのだが、土地柄か、まともな乗客は皆無に等しい。
このラズミックだけは一件まともそうな人物に見えたのだが、クルマに乗せた娼婦と一発やろうとしたらトランスだったのでマジギレしたり、仲良しのアレクサンダーに洗車機の回転ブラシにタクシーをくぐらせてる間に事に及んだりと、こいつもやはり常人ではない。
◇
やがて、シンディはついに浮気相手の女ダイナ(ミッキー・オヘイガン)を見つけ出し、ドーナツショップで彼氏のチェスターを激詰めする展開。

ストーリー的には、主人公がトランスである必然性はあまりない気もしたが、この設定にしたことで観る者に強烈な印象を与えることに成功したようには思う。
◇
それにしても、タクシーの酔客の車内の派手なゲロとか、路上に立つオカマ娼婦にコップに入れた小便をクルマから投げつける野郎どもとか、治安の悪さというより、この町の民度の低さには驚かされる。
最後に修羅場が展開された、あのドーナツショップは界隈では有名な実在店舗だったそうだが、もうなくなってしまったそうだ。まあ、この映画みて聖地巡礼はしないか。
iPhone撮影はたしかに話題性はあったが、観終わると、そんなものは些細なことに思える、こってり系のオカマムービーだった。