『ケンとカズ』
カトウシンスケと毎熊克哉、ヤクの売人の男二人がヤバい仕事に手を出す自主製作ノワール。
公開:2016年 時間:96分
製作国:日本
スタッフ
監督・脚本: 小路紘史
キャスト
ケン: カトウシンスケ
カズ: 毎熊克哉
テル: 藤原季節
早紀: 飯島珠奈
藤堂: 高野春樹
田上: 江原大介
国広: すぎやまたくや
安倍: 岡慶悟
木下工場長: 三原哲郎
勝手に評点:
(一見の価値はあり)

コンテンツ
あらすじ
悪友であるケン(カトウシンスケ)とカズ(毎熊克哉)は自動車修理工場を隠れみのに覚せい剤の密売で金を稼いでいた。
ケンは恋人の早紀(飯島珠奈)が妊娠したこと、カズは認知症である母親を施設に入れるため金を必要なことを言い出せずにいた。
二人は密売ルートを増やすために敵対グループと手を組むが、元締めの藤堂組長(高野春樹)に目をつけられ、次第に追いつめられていく。
今更レビュー(まずはネタバレなし)
ケンとカズとテルちゃんの国
東京国際映画祭日本映画スプラッシュ部門で作品賞を受賞し、2016年の劇場公開で日本映画界に衝撃をもたらしたノワール映画『ケンとカズ』。
監督の小路紘史は、注目されて以降も商業映画とは距離を置き、次作はクラファンで製作費を募る。自主製作の第二弾『辰巳』は2024年に公開を果たす。
◇
『ケンとカズ』はもともと小路紘史監督が短編として撮っていた映画をリメイクしたものだ。麻薬の密売に手を染める、人生後戻りできずに底辺で彷徨う男二人の物語。
公開当時は題名が似ている『ケンタとジュンとカヨちゃんの国』(2010、大森立嗣監督)と同じような映画かと思っていたが(似てないか)、こっちの方が断然暴力的なノワール作品だった。

自動車修理工場を隠れみのに覚せい剤の密売で金を稼ぐケンとカズ。誰にでも食って掛かる狂犬のような三白眼の若者カズに毎熊克哉。彼をこの世界に誘い込んだ、先輩格で分別のあるケンにカトウシンスケ。
また、タイトルロールではないが、この二人の弟分として一緒に悪事を手伝っている、まだ悪党になりきれないロン毛の若造テルに藤原季節。
基本的には、この三人がヤバい仕事に手を出して、追い詰められていく物語だから、『ケンとカズとテルちゃんの国』でも、おかしくはない。

際立つ本物っぽさとノワール濃度
実は当時この映画を観た時には、この二人の半グレ兄ちゃんたちがあまりにリアルに見えたせいで、ちょっと苦手意識が先に立ってしまった。
今では実力派の人気俳優の二人、カトウシンスケは濃いめの顔立ちのバイプレイヤーとして活躍(新作『敵』のふてぶてしい雑誌編集者は最高)、毎熊克哉も怖い系のお兄さんを中心に幅広い役をこなす(今夏には『桐島です』で主演)。
だが、公開当時は二人ともまださほど顔も売れておらず、本物のチンピラにしか見えなかったのだ。

今回改めて観てみると、そのノワール度合いに多いに感銘した。自主製作でこの完成度の高さは素晴らしい。
勿論、予算の都合とか諸般の事情で、暴力的なアクションシーンには金のかかった派手さはないが、巧みなカット割りや役者のバストショットの畳み掛けで、キッチリと緊張感を際立たせている。
◇
ケンとカズに密売の仕事を任せている組長の藤堂(高野春樹)と幹部の田上(江原大介)なども、あまり顔や名前が知られている俳優ではないからこそ、怒らせたときにどういう反応をみせるか予測不能な怖さがある。
バディなのに一触即発の関係
この映画の魅力は、ケンとカズのキャラクターや関係性の分かりにくさにあると思う。ケンとカズのバディムービーのようではあるが、この二人はしじゅう罵り合って口喧嘩をしている。
バディ同士の口論や殴り合いにしては、本気度が高すぎて、とてもじゃれ合いには見えない。そこが新鮮に感じられる。
カズは今の商売とは別に新たな密売ルートを獲得しようと、元締めの藤堂に黙って、ライバルと手を組もうとする。
カズには実家に認知症の母親がおり、施設に入れるには金がかかる。だが、彼は孝行息子というわけではなく、それどころか、幼少期に虐待されたこの老母を殺そうとさえ考えている。行動と考えが整合しておらず、破滅的な人物だ。

それに比べれば、「黙ってルート開拓などバレたら藤堂に殺されるぞ」とカズを制するケンは、まだ常識的にみえる。恋人の早紀(飯島珠奈)にもうすぐ子供が生まれることも、彼を保守的にさせているようだ。
だが、早紀に嘘をついてまで密売の仕事を続けていたり、そもそもカズをこの商売に勧誘した張本人だったりと、ケンが心優しく常識のある家庭人かと言われると、それも甚だ疑問だ。

今更レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意ください。
藤堂の表情がスリリング
はじめはカズに反対していたケンも渋々一緒になって、元締めの組長に黙って販路を拡大してヤクをさばくのだから、どう考えたって、このあと痛い目に遭う話に決まっている。
組長の藤堂が、中学・高校の後輩だから目をかけているケンを呼び出し、「俺に隠し事してんだろ」と問い詰めるシーンは秀逸だ。
そして監督に上手くタイミングを外され、我々は安堵する。ここで藤堂が尋ねているのは別件で、ケンが同業者に襲われた話を報告せずにいたことを、「水臭いぞ」と笑う。
そして、この同業者を襲撃しようとお膳立てした藤堂は、ケンとカズを乗せたクルマで敵に近づく。
だが、この標的は、二人がルート開拓で手を組んだ取引相手の国広(すぎやまたくや)であることから、カズはクルマの中から、こっそりと国広に密告メールを打つ。潜入捜査官ドラマのようなスリルだ。
この時代、スライド式のケータイを使っているのだが、ブラインドでスライドして打鍵というのがハラハラさせる。スマホよりガラケーの方が、小道具としては映画的なのだ。

無駄なクサい台詞はない
何回か、ボスの目をごまかせるのだが、結局最後には二人の悪事がバレてしまい、カズとテルがボコられ、ケンは藤堂に「けじめはつけないと」と脅かされる。要は「殺せ」という訳だ。
ここまでは想定内だが、はたして誰が殺されて、誰が生き残る。読めそうで読めない物語に、ただただノワールの匂いがたちこめる。

商業映画だったらおそらく、ケンとカズに、泣かせるクサい台詞だとか、分かりやすい別れの言葉とかを言わせたがるだろう。だが、本作にそんなものは邪魔だ。余計な台詞などほとんどなく、ケンはカズの前で捨て身の行動をとる。
ああ、男臭いバディムービー。 「お前たちゲイなのか?」 藤堂の言ったことは、あながち間違いではない。
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「早く出せよ、クルマ」
映画のラストは、クルマに乗りこんだカズの耳に入る、もはやいないはずのケンの声。往年の東映作品を思わせる、痺れる映画だった。