『悪魔が来りて笛を吹く』金田一耕助の事件簿⑧|西田敏行の金田一、最高じゃん

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『悪魔が来りて笛を吹く』

斎藤光正監督、映画初主演の西田敏行が金田一耕助を演じた、没落華族におきた惨劇

公開:1979年 時間:136分  
製作国:日本

スタッフ 
監督:          斎藤光正
脚本:          野上龍雄
原作:          横溝正史

      『悪魔が来りて笛を吹く』
キャスト
金田一耕助:       西田敏行
椿秌子:         鰐淵晴子
椿美禰子:       斉藤とも子
椿英輔:          仲谷昇
三島東太郎:        宮内淳
お種:         二木てるみ
新宮利彦:         石濱朗
新宮華子:        村松英子
玉虫公丸:       小沢栄太郎
菊江:          池波志乃
お信乃:         原知佐子
目賀重亮:        山本麟一
等々力警部:       夏八木勲
山下刑事:         藤巻潤
沢村刑事:         三谷昇
風間俊六:        梅宮辰夫

勝手に評点:2.0
(悪くはないけど)

あらすじ

銀座の宝石店で殺人事件が発生。容疑者とされた旧華族の椿英輔(仲谷昇)は「屈辱に耐えられない」と自殺する。

父親の無実を信じる椿美禰子(斉藤とも子)から依頼された金田一耕助(西田敏行)は、椿邸で行われた奇妙な占いに立ち会うが、その夜、屋敷で殺人事件が起こる。

旧華族のおどろおどろしい人間関係を突き止めた金田一は、渦巻く怨念に向き合ってゆくこととなる。

今更レビュー(ネタバレあり)

横溝正史の金田一耕助シリーズ『悪魔が来りて笛を吹く』は悲し気なフルートの調べと、耳の尖った悪魔が笛を吹いている姿が印象的な作品。

映画化はいずれも東映で二回。1954年版松田定次監督、主演は片岡千恵蔵1979年版斎藤光正監督で、主演は2024年に亡くなった西田敏行

公開当時のキャッチコピーは、横溝正史が渋く呟く「わたしは、この恐ろしい小説だけは映画にしたくなかった。」今回はその1979年版のレビューになる。

この原作はなぜか映像化の人気が高く、これら映画の他に、テレビドラマでは古谷一行、片岡鶴太郎、稲垣吾郎、吉岡秀隆といった多様なメンバーが金田一耕助を演じている。

私は映画は今回が初見、ドラマはガキの頃の古谷一行版しか観ていないのだが、朧げな記憶でも、ドラマの方が怖くて面白かったように思う。フルートの曲も恐ろし気だった。

映画はミステリーのようでいて、推理小説の醍醐味である物語をきちんと伝えようとさえしていないのだから、タチが悪い。

 

ところで、1954年の片岡千恵蔵版は、クラファンによりデジタル修復がなされ、先月に70年ぶりの復刻上映が行われたばかりであることを、本レビューを書くにあたって知った。支援しておかなかったことが悔やまれる。

千恵蔵金田一耕助ダンディなスーツ姿でガンアクションもこなす、我々の思い描く金田一とはまるで違うキャラらしい。これもぜひ観ておきたいところ。

さて、話を戻そう。1979年版は正直、映画としてはトホホな作品なのだが、その中で断然に輝いているのは、本作が映画初主演となる西田敏行なのである。

かつては、私にとって金田一耕助像は長年、本命・古谷一行、対抗が石坂浩二だったが、とんだ食わず嫌いだったと反省。西やん金田一は実に素晴らしく味がある。

意外にも二枚目の線に近く、当然ながら若くシャープで、でもあの口角のあがった笑顔は健在で、そして優しく慈愛に溢れている。得意のアドリブもこの頃からすでに存分に採り入れているように見える。西やん金田一が、これ一本とは惜しい!

金田一耕助を演じたい」と以前から語っていたそうだが、西田敏行が役者デビューしたドラマ『泣いてたまるか』(1966)の主演・渥美清が、『八つ墓村』(1977)でその金田一を演じたことが影響しているのかもしれない。なお、後年には西やん自身が『泣いてたまるか』を主演している。

『悪魔が来りて笛を吹く』没落華族の一家に起きる連続殺人の物語だ。実在の帝銀事件をモチーフにした、宝飾店で毒殺が行われた天銀堂事件。その容疑者となった子爵・椿英輔(仲谷昇)が釈放後に自殺したことからドラマが始まる。

取り調べを受けた屈辱から、子爵は自殺したと思われたが、次第に辻褄の合わぬことが怒り始める。子爵の遺書にあった「ああ、悪魔が来りて笛を吹く」とはどのような意味か。

金田一が調査に乗り出せば、家人が一人ずつ殺されていくのは、いつもの通りである。この華族の屋敷に暮らす者たちの人物把握が難しい。

  • 死んだ椿子爵の妻・秌子あきこ(鰐淵晴子)、その娘・美禰子みねこ(斉藤とも子)
  • 秌子の兄・新宮利彦(石濱朗)とその妻・華子(村松英子)
  • 秌子の伯父・玉虫公丸(小沢栄太郎)とその妾・菊江(池波志乃)
  • あとは秌子の乳母お信乃(原知佐子)と主治医の目賀(山本麟一)
  • そして、使用人の三島東太郎(宮内淳)お種(二木てるみ)の兄妹

椿家の屋敷といいながら、中心的な存在は妻・秌子であり、資産も大半は彼女が実家の新宮家から相続したもの。貧乏貴族の兄・利彦も、玉虫伯父も新宮家の人間。

そこに妾や使用人も混じるため、人物相関は、他の横溝作品より難しいし、親切に説明してくれる弁護士や警部もいない。

人物把握さえままならぬところに、火炎太鼓の紋章背中の痣だとか、死んだ椿子爵とそっくりな闇市の男の存在だとか、何の説明もなく三名が偽電報で家を留守にする話だとか、難解度が高まっていく。

これは原作未読では、とてもストーリーは追えないだろう。読んでいたって、人物設定が特に意味なさげに原作から改変されていたり、戦争で失った指でも吹けるフルート曲という伏線が完全になくなっていたり、戸惑うことは多い。

金田一シリーズにしては珍しく、都心の一等地の屋敷が舞台になっているのだが、その洋館のセットがあまりに
仰々しいのと、装飾がうるさすぎて
、ドラマに入り込めないほどだ。

当時の華族は、本当にあんなに落ち着かない内装の家に住んでいたのだろうか。うるさいのは部屋のインテリアだけでなく、中に暮らす女性陣もカン高い声を張り上げるために、こちらも耳を塞ぎたくなるほど。

秌子役の鰐淵晴子はエキゾチックな顔立ちで家柄の良さを感じさせるが、セックス依存症の淫靡さが求められるとなると、やや違和感あり。すぐにフラフラと失神してしまうのも、コントっぽい。

娘の美禰子役の斉藤とも子は金田一を慕う女生徒のようで愛らしかったが、キャラ設定のせいか健康的な溌剌さがなかったのは残念。

斎藤光正監督はテレビドラマで活躍していた人なので、『ゆうひが丘の総理大臣』斉藤とも子『太陽にほえろ』ボン刑事こと宮内淳を映画初出演させるのみならず、『俺たちの旅』中村雅俊秋野太作もカメオ出演と人脈フル活用。

等々力警部役の夏八木勲や金田一のよき協力者・風間役の梅宮辰夫など、東映らしい配役ではあるが、金田一シリーズに似合うかといわれると、ややギラギラしすぎの感あり。

事件は結局、悪魔のような近親相姦を続ける新宮家の汚れた血のせいで、異母兄妹であることがわかり結ばれることのできなかった三島東太郎(宮内淳)お種(二木てるみ)の復讐劇。定石通り犯人は自ら命を絶つ。複数人の犯行というのは珍しい。

本作は殺される被害者に中高年男性が多く、また殺され方にも猟奇性がないため、連続殺人の映像的なインパクトが弱い。

だからあんな耳の尖った悪魔みたいなヤツを暗闇に登場させているのだろうが、これは物語的には意味がなく、単にスケキヨの二番煎じにしか見えない。

フルート自体の必然性が感じられない内容になってしまったので、最後に宮内淳が砂丘で吹くフルートも空回りしている。

それに、これは横溝正史先生に尋ねるべきだが、あのゴム印みたいな炎太鼓の悪魔の紋章のような痣が、血縁者に遺伝するという設定がやはり納得いかない。奴隷のように焼き印をいれられるのなら話は別だが。

そして事件は解決し、船で去っていく金田一を美禰子が別れ惜しむように見送る。珍しく、金田一耕助がヒロインに惚れられるパターンにみえる。『男はつらいよ』にも、確かそういう回があったな。