『ファーストキス 1ST KISS』考察とネタバレ|これ以上僕をドキドキさせないでください

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『ファーストキス 1ST KISS』

塚原あゆ子監督が坂元裕二脚本で描く、珠玉のタイムリープ・ラブストーリー

公開:2025年 時間:124分  
製作国:日本

スタッフ 
監督:        塚原あゆ子
脚本:         坂元裕二


キャスト
硯カンナ:       松たか子
硯駈:    松村北斗(SixTONES)
天馬里津:       吉岡里帆
天馬市郎:  リリー・フランキー
世木杏里:        森七菜
青山悠人:       和田雅成
ホテル支配人:     神野三鈴
ホテル客室責任者:   松田大輔

勝手に評点:4.0
  (オススメ!)

(C)2025「1ST KISS」製作委員会

あらすじ

結婚して15年になる夫を事故で亡くしたすずりカンナ(松たか子)。夫のかける(松村北斗)とはずっと前から倦怠期が続いており、不仲なままだった。

第二の人生を歩もうとしていた矢先、タイムトラベルする手段を得たカンナは過去に戻り、自分と出会う直前の駈と再会。

やはり駈のことが好きだったと気づき、もう一度恋に落ちたカンナは、15年後に起こる事故から彼を救うことを決意する。

レビュー(まずはネタバレなし)

『怪物』で脚本家・坂元裕二是枝裕和監督が組んで映画を撮ると聞いた時は驚いたものだが、今回坂元裕二脚本でメガホンを取るのは、2024年だけでも日曜劇場『海に眠るダイヤモンド』『ラストマイル』『グランメゾン・パリ』と快進撃の続く塚原あゆ子

脚本家では野木亜紀子とのタッグが多い印象の塚原あゆ子監督だが、坂元裕二と組むと、どのような化学変化を見せてくれるのか。個人的には期待値は『怪物』以上だよ。

主演は『カルテット』以来今回で4作目の坂元脚本となる松たか子。お相手は松村北斗

(C)2025「1ST KISS」製作委員会

夫婦の話なのにファーストキスとはやや違和感を抱く。「そもそもこの二人が夫婦って、年齢差大きくないか?」などと疑問が湧くところだが、本作は今なお衰えをみせないタイムリープもの。

松たか子演じるすずりカンナは、ひょんなことから時空を戻ることとなり、15年前の夫・硯駈すずりかける(松村北斗)と出会う。だから、年齢差は、むしろ、大きくないとおかしいのだ。

(C)2025「1ST KISS」製作委員会

映画の冒頭は、府中駅ベビーカーを救うためにホームに飛び降り、轢死してしまう駈。一人取り残された妻のカンナ。二人は結婚生活に行き詰まり、その日に離婚届けを提出する予定だった。

だが、夫はその前に事故に遭う。『花束みたいな恋をした』に続き、京王線沿線ものだ。駅のホーム転落死から始まるのは、満島ひかりの坂元ドラマ『Woman』を思い出させる。

カンナにタイムリープの能力がある訳ではなく、首都高三宅坂トンネル天井崩落事故による不思議な現象で、そのトンネルをクルマで抜けると、15年前に二人が初めて出会った高原のホテルに行き来できることが分かる。

その理屈も説明も今更しないのが近年のタイムリープもののトレンド。どうやらミルフィーユ構造であるらしいけど。

(C)2025「1ST KISS」製作委員会

夫が死んでタイムリープと来れば、どうにか未来を変えて、事故死しないようにする話だと想像ができる。ただ、生前、夫婦が冷めきった仲になっているという設定が、うまいなあと思う。

これがはじめから、愛する伴侶の死という流れだと、あまりにベタな夫婦愛ものになってしまう。倦怠期の夫婦の関係を、坂元裕二にしか書けない<胸に刺さりまくる台詞>で語るから、リアルな夫婦のラブストーリーに思えるのだ。

思いがけず15年前に戻って若き日の夫と出会い、ここで何かを変えることができれば、夫の事故死を回避することができるのではないかと、カンナは考え始める。

事故当日の夫の行動を細かく分析し、付箋に記入しては時系列にビニールテープに貼って天井からぶら下げる。このアナログな仕組みが、やがて映画的な効果を生み出すのもいい。

(C)2025「1ST KISS」製作委員会

死んでしまった夫の未来をかえようと、何度も三宅坂トンネルを往復しては過去に行き、知り合う前の硯駈の気を引いては親しくなり、一緒に人気のかき氷店に行く。

小気味よくひねりの効いた坂元裕二の名台詞の数々、コメディエンヌ松たか子の本領発揮、そして、『夜明けのすべて』の好演を彷彿とさせる松村北斗の、ちょっと不器用で純朴そうな考古学を愛する硯駈のほっこりするキャラクター。

このストーリーにして、こんなに笑いがあることに驚いたが、だからこそ、油断しているとさりげない会話や行動に、魂を鷲掴みにされて泣かされてしまう。カミさんは隣でずっと洟をすすってた。

『大豆田とわ子と三人の元夫』松たか子と違い、カンナには離婚直前に亡くなった一人の夫しかいない。

だが、その心が離れていた筈の夫の命を救うために、彼女は何度も15年前に戻り、都度、子供たちにインスタントカメラで顔を撮られながら、試行錯誤を繰り返す。

「あなたに会ってるんだから、これは浮気じゃないからね」

カンナは遺影に言い訳をして、めかし込んで若き硯駈に会いに15年前の高原ホテルに出かけていく。

時にくたびれた40歳代の姿を見せ、おばさんキャラで笑いをとりながらも、しっかりメイクで勝負にでれば、ちゃんと若き駈のハートをとらえ、恋仲になっても違和感がない

そんな難しい役柄をこなせる女優なんて、松たか子の他に誰がいるだろう。

(C)2025「1ST KISS」製作委員会

そして、ある日、駈が師事する大学教授・天馬市郎(リリー・フランキー)の娘・里津(吉岡里帆)がカンナに告げた一言で、彼女は最も簡単で有効な手段を思いつく。

レビュー(ここからネタバレ)

ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意ください。

駈は生活のために、考古学の夢を捨てて不動産会社の営業職に転職していた。そこから、夫婦仲はギクシャクしだした。

「私が駈さんと結婚していれば、父に頼んで大学にも残れただろうし、彼に夢は捨てさせなかった」

駈が死んだ日に偶然彼に会ったという里津が、カンナに自分の悔しさをぶつける。そこでカンナは気づく。自分さえ彼に会わなければ、里津と結婚して、未来が変わるはずだと。

(C)2025「1ST KISS」製作委員会

何をやっても未来は変わらないとか、タイムリープでその時代の本人と鉢合わせしてはいけないとか、この手の物語の不文律を本作も踏襲している。

そうはいっても、本当に未来が変えられない話というのは、実際にはあまりないように思う。

本作がどっちに収まるのかはここでは書かないが、予想を裏切りつつも納得感のある、ほっこりさせる展開は、さすが坂元マジックのなせる業。そしてそれをしっかりと作品に仕上げる塚原あゆ子監督の演出力。

タイムトラベルを扱ったカルトムービーに『ある日どこかで』(1980)という洋画がある。古い女優に恋をした主人公が、苦労して過去に戻り、恋に落ちる。だが、あるものが男を現代に引き戻してしまうという悲恋ものだ。

それと同じような役割を果たすものが、カンナの靴下にくっついている。この小道具もうまいチョイスだと思った。

『怪物』『はな恋』も好きな映画ではあるが、案外ハードな内容であって、観終わって幸福感に満たされるものではない。その点、本作は坂元裕二にしては珍しく、満ち足りた気持ちで席を立てる映画ではないかと思う。

新たな<タイムリープもののカルトムービー>になってほしいな。

坂元裕二✕松たか子といえば傑作ドラマ『カルテット』があり、同作や『はな恋』を手掛けた土井裕泰が新春に野木亜紀子✕松たか子のドラマ『スロウトレイン』を演出している。

そして本作に続き、坂元裕二土井裕泰による新作『片思い世界』が4月に公開を控えているなんて、「これ以上坂元ファンをドキドキさせないでください」