『ビリケン』
阪本順治監督の新世界三部作、トリを飾るのは、通天閣の神様、ビリケンさん。杉本哲太の怪演が見もの。
公開:1996年 時間:100分
製作国:日本
スタッフ
監督: 阪本順治
キャスト
ビリケン: 杉本哲太
江影: 鴈龍
月乃: 山口智子
通天閣観光(株)社長: 岸部一徳
通天閣観光(株)専務: 南方英二
通天閣観光(株)部長: 國村隼
魚里屋: 奥田智彦
売店のオバチャン: 石井トミコ
マッサージ師・吉辰: 泉谷しげる
町内会の会長: 牧冬吉
独り言のオッチャン: 原田芳雄
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
大阪・新世界に建つ、通天閣に安置されているビリケン像にチンピラやホームレスなど様々な人々が願を懸けにやって来る。
その願いを叶えようと、奔走するビリケン(杉本哲太)だったが、あることがきっかけで信用をなくし、同時にビリケン像は質屋に売り飛ばされ、超能力を失ってしまう。
ビリケン像を買い戻すため、ビリケンは肉体労働を始める。その頃、住民立ち退き工作のために新世界にやってきた江影(鴈龍)は、少年を人質に通天閣に立てこもる。
今更レビュー(ネタバレあり)
新世界三部作の完結
阪本順治監督の『どついたるねん』、『王手』に続く、大阪新世界三部作のラストを飾る作品。新世界を見下ろす通天閣は、どの作品でも重要な舞台装置となってきたが、二代目通天閣の40周年記念映画というだけあって、今回は扱いが大きい。
◇
過去の二作の新世界は、大阪でも特にディープで近寄りがたい、酒浸りで荒っぽい雰囲気を前面に出していたが、今回はかなりマイルドになっている。
ビリケンさんが人間の姿をもって現れるファンタジーだから、コメディの要素が強く、ボクシングや賭け将棋の勝負の世界を描いてきた二作品とはだいぶ異質だ。
阪本順治監督にとってゆるい笑いのファンタジーは初めての挑戦であり、勝手の違いに戸惑った人には期待外れの作品なのかもしれないが、私には気軽に楽しめた。
2008年のオリンピック誘致に向けて、大阪全体が湧きたっている頃の時代設定。
「ユニットバスなんちゃら(ユニバーサルスタジオですな)の建設も決まって、これから大阪経済も盛り上がるで!」
オリンピックが決まれば通天閣は取り壊しの憂き目に遭うらしく、計画阻止の運動を進めつつ、閑古鳥の啼くタワーの営業促進策を、運営会社の通天閣観光社長(岸部一徳)、専務(南方英二)、部長(國村隼)の三人組があれこれ考えている。
五輪誘致はさておき、大阪万博の開催前のゴタゴタや、通天閣が身売りされる経営難の報道などを耳にする今日においても、この物語の設定にあまり時代遅れの感じはしない。
そして、営業促進策として「通天閣の七不思議」を捏造した社長たち。
「夜に謎の金属音を響かせる」担当の売店のオバチャン(石井トミコ)が金属バットで鉄骨を叩いていたら、停電を起こしてしまい、それが巡り巡って、長年タワーで封印されていたビリケン像を若手社員の魚里屋(奥田智彦)が見つけ出す。
ビリケンさんはその風貌と、足の裏をさすると願いが叶う商売の神様という程度の知識しかなかったが、もともとは米国でデザインされた神様で、当時の大統領ウィリアム・タフトの愛称に因んでビリケンとなったとか。
劇中で魚里屋が観ている古い映画(『哀愁』)で、ヴィヴィアン・リーが戦地に行く恋人に幸運のビリケン人形を渡す。そのビリケンが、数奇な運命を辿って通天閣に幽閉されていたらしいのだ。
杉本哲太の新境地!
さて、この無茶な脚本のコメディに、独特の面白味を与えてくれるのが、人間の姿になったビリケンを演じる杉本哲太だ。本来、何も言わずに立っているだけで絵になる、男臭い役柄の似合う俳優。
通天閣のてっぺんに仁王立ちする姿が絵になる(さすがにあのカットはスタントマンかな)。
今でこそ、朝ドラ『あまちゃん』の北三陸駅長をはじめ、コミカルな役も得意とする杉本哲太だが、当時にこのビリケン役は新境地だったのではないか。
杉本哲太があのギョロっとした目と大きな身体で、挙動不審に動き回っている様子は実に面白い。しかも裸足だ。ビリケン像に誰かが願をかけて足の裏を擦ると、得も言われぬ笑顔を見せて、その願いを叶えてくれる。
「ヤクザから足を洗った際に詰めた指を元に戻してほしい」、「競馬で大穴を当てたい」、「精力絶倫に戻りたい」といったしょうもない願いを、一生懸命に叶えてあげるビリケンさん。しだいに通天閣はビリケン詣での人で賑わうようになる。
ビリケンは通天閣の中では実体化できるが、地上に下りると透明になってしまう。ただ、双眼鏡を逆さにして覗くと、地上でも彼の姿が見える。そんな細かい設定もうまく使われている。
ただ、ビリケン以外の話の展開がイマイチ盛り上がらないし、分かりにくい。
残念な点も多い
通天閣は新世界の町中の人が少数株主になっているようで、五輪誘致のために取り壊し計画を推進する連中と、それと結託して反対派の仲間になりすまし人々から株券をかき集める工作員の江影(鴈龍)が作戦を進める。
それを阻止するのがビリケンなのだろうと想像はつくが、江影には組織を寝返ったり、この町に思い入れがあったりと、しっかりと人物設定されていそうなのに、映画にはあまり表現されないので盛り上がらない。
ちなみに、鴈龍は勝新太郎の息子だが、2019年に早逝している。彼の映画出演作はそう多くないだけに、本作でもっと江影のドラマを掘り下げてほしかった。
◇
また、ビリケンが好意を寄せるようになる、学童保育勤めの月乃(山口智子)もヒロインにしては出番が少なくやや物足りない。せっかくの山口智子起用なのになあ。
ビリケン人気が下火になったことで、ビリケン像が古道具屋に売られてしまう。像が通天閣から離れてしまうと神通力を失ってしまうため、ビリケンは何とか買い戻してご本尊に戻そうと四苦八苦する。
誰かが願いとともにビリケン像の足を擦ってくれれば、「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン」のハクション大魔王ならぬ、ビリケンさん。
このあたりは、一旦パワーを失ったヒーローが、最後には力を取り戻して敵をフルボッコするという鉄板パターンに沿うもの。ただ、活躍する姿は、双眼鏡を逆さにして小さくしか見えないところが、面白くももどかしい。
通天閣も、これだけ主役級の扱いなら本望ではないか。
タワーの風貌はどこか横浜マリンタワーに似ているが、周辺の町の雰囲気ひとつで、建物のイメージもだいぶ異なるものだ。通天閣が新世界の住民たちに愛されている様子が強く伝わってきた。
本編の途中に、この通天閣をビリケンの杉本哲太が抱きしめるような格好をするカットがあるのだが、遠近法とアングルの妙なのか、ウルトラマンのような巨大な男が塔を抱擁するように見えるのだ。このショットは美しかったなあ。