『サマー・ソルジャー』考察とネタバレ!あらすじ・評価・感想・解説・レビュー | シネフィリー

『サマーソルジャー』今更レビュー||勅使河原宏のシュールな世界⑤

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『サマー・ソルジャー』

勅使河原宏監督が安部公房脚本から離れての初監督作。米軍脱走兵を匿う日本人のホストファミリー。

公開:1972年  時間:129分  
製作国:日本

スタッフ 
監督:        勅使河原宏
脚本:     ジョン・ネースン


キャスト
ジム:     キース・サイクス
礼子:          李麗仙
母親:          岸輝子
太刀川:        北村和夫
太刀川夫人:     小林トシ子
清水:         観世栄夫
清水夫人:       中村玉緒
谷川:         小沢昭一
谷川夫人:       黒柳徹子
太田:        井川比佐志
藤村:         田中邦衛
トラック運転手:     加藤武
ダリル:    バリー・コットン
ジョー:グレッグ・アントナッティ
ピート:    ジョン・ネースン

勝手に評点:2.5
(悪くはないけど)

あらすじ

ホステスの礼子(李麗仙)はふとしたはずみから、脱走兵であるジム(キース・サイクス)を居候させてしまうはめになり、彼を愛してしまう。

日本人ボランティアからなる組識は安全を見計らって、ジムを次々と別の場所へ移してゆく。大邸宅から自動車修理工場へと、思いがけない逃亡が続くうちに、ジムはしだいに深い焦燥感に捕らわれる。

すでに国外に逃亡する道は閉ざされてしまった。やがて彼はすっかり疲弊しきって、基地へ帰還する決心を遂げる。

今更レビュー(ネタバレあり)

いきなり和式の公衆便所を俯瞰で撮ったシーンから始まり、度肝を抜かれる。ここで衣服を捨て去り、ホステスの女(李麗仙)のアパートに転がり込んで、天袋に隠れて暮らす脱走兵ジム(キース・サイクス)

多くの米兵が歓楽街に溢れるこの町はどこだろう。沖縄ではなさそうだ。どうやら、舞台はベトナム戦争に沸き立つ基地の町、岩国

本作は、これまでの勅使河原宏監督作品とは明らかにテイストが異なる。芸術性を意識したカットなど一つもない。描こうとするのはベトナム反戦や沖縄闘争など、大きく流動する現実世界。

これまで長短編を含めて6本の映画を全て安部公房脚本で撮ってきた勅使河原宏監督だが、初めて安部公房と離れて仕上げたのが本作。脚本は三島由紀夫大江健三郎の著作翻訳で知られるジョン・ネースン

安部公房と離れて大江健三郎(に近い人物)というのでは、あまり変わらない気もするが、安部公房と組んだ失踪三部作の次は、脱走三部作を撮るつもりだったか。

ベトナムで数多くの死を目撃し、自らも負傷して送還されて療養中に、無意味な殺し合いが嫌になったと基地を脱走したジム。

ホステスの礼子とともに上京し、日本人による脱走兵援助組織に引き渡され、匿ってくれる日本人家庭をいくつも渡り歩く羽目になる。

(C)1972草月会

映画にはジムのほかにも二人の脱走兵が登場する。

毎日ランニングで鍛錬を欠かさないマッチョなジョー(グレッグ・アントナッティ)。なぜか、彼のシーンはほぼインタビューに答えるかのようにカメラ目線で独白している。

そして、若い女をナンパしては逃げられる、ハンサムなダリル(バリー・コットン)。脱走兵同士の交流はなく、あくまで主役はジムであるが、時たまこの二人の脱走兵にカットが切り替わる。

脱走兵の多くは演技経験のない素人のようだ。日本語はまったく解さず、台詞は全て英語だ。彼らと相対する日本人が英語で会話をするわけだが、こちらは演劇人を中心に重厚な布陣になっている。

まずは脱走兵援助組織でジムに好意的な井川比佐志に対し、彼になぜ脱走したのか厳しく問い詰める田中邦衛。劇団の看板俳優を多く起用する勅使河原スタイルは本作でも健在。

ギターの弾き語りが得意なジムを、年頃の娘とともに温かく迎え入れる北村和夫小林トシ子の夫婦。脱走兵を恐れる観世栄夫は、何かあったら大変と妻の中村玉緒を実家に帰す。

ヒッチハイクするジムを京都まで乗せてくれるだけでなく、娼婦まで抱かせてくれるトラック野郎に加藤武金田一耕助シリーズでお馴染みの「よしっ! 分かった!」はまだない。

驚いたのはダリルのホストファミリーの小沢正一の家。ダリルに夜中に襲われそうになって激昂する妻が黒柳徹子。彼女の女優としての出演作は初めて観た。これは声と顔でも分からなかったな。

夏の脱走兵だから『サマー・ソルジャー』かと思えば、トマス・ペイン『アメリカの危機』の冒頭にある言葉に由来するらしい。

いい季節だけ働いて、つらくなると逃げ出すような、敵前逃亡する兵士を指す言葉。なるほど、『キャプテン・アメリカ』に登場する『ウィンター・ソルジャー』はその逆で、つらい状況にも耐え忍んで戦う兵士を意味していたように記憶する。

それにしても、日本人の組織が、多くの一般家庭をホストファミリーとしながら米軍の脱走兵をサポートしていたとは知らなかった。

これも反戦運動の一環なのか。勅使河原宏監督やジョン・ネースンが取材をしたというべ平漣の活動なのかもしれない。

ただ、日本語も日本文化にも馴染めず、厳しい上官のしごきに耐えかね、或いは殺し合いが嫌で脱走してきた兵士たちと、それをどう支えるのかもよく分からず、ひたすら米軍基地に戻って談判することを勧める日本人たち。

両者の思いが噛み合っていないために、映画としても迷走しているように見える。

逃げ回る生活に疲れたジムは、彼が脱走兵だと見抜いて支援の手を差し伸べてくる女学生に”No Thanks”と書き置きして、ついに疲れ果てて基地に出頭する。

安部公房との協働作品があまりに素晴らしかった勅使河原宏監督だが、本作で方向性を見失ってしまったのか、新境地を見出したのか。

その手がかりのないまま、監督は長きにわたる充電期間に入ってしまう。ドキュメンタリー作品を除けば、勅使河原宏監督の次作『利休』が公開されるのは、実に17年後のことなのだ。