『ミリオンダラー・ベイビー』
Million Dollar Baby
クリント・イーストウッド監督がヒラリー・スワンク主演で描くオスカー一挙獲得作品。ただのボクサー映画ではない。
公開:2005 年 時間:133分
製作国:アメリカ
スタッフ
監督: クリント・イーストウッド
脚本: ポール・ハギス
原作: F・X・トゥール
『テン・カウント』
キャスト
フランキー・ダン:
クリント・イーストウッド
マギー・フィッツジェラルド:
ヒラリー・スワンク
エディ(スクラップ):
モーガン・フリーマン
デンジャー: ジェイ・バルチェル
シャウレル: アンソニー・マッキー
オマー: マイケル・ペーニャ
ビッグ・ウィリー: マイク・コルター
青い熊ビリー: ルシア・ライカ
マギーの母:マーゴ・マーティンデイル
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
ロサンゼルスでボクシングジムを営むフランキー(クリント・イーストウッド)は指導者としても有能だったが、選手を大切にするあまり慎重になり過ぎ、功を急ぐ選手たちは次々と彼のもとを去っていった。
そんな彼に、31歳の女性マギー(ヒラリー・スワンク)が弟子入りを志願する。最初は彼女への指導を拒むフランキーだったが、貧しい生活を送りながらも必死に練習に励む彼女の熱意に触れ、引き受けることに。
家族に恵まれず不遇な人生を歩んできたマギーと、不器用なあまり実の娘から絶縁されてしまったフランキー。それぞれ深い傷を抱える二人は、トレーニングを通して絆を深めていく。
今更レビュー(まずはネタバレなし)
この顔ぶれでボクシング映画なら鉄板
貧困から這い上がるための最後の望みにかける31歳の女性ボクサーと、彼女を育てる老トレーナーの物語。
1992年の『許されざる者』から12年ぶりにアカデミー賞の作品賞・監督賞に輝いた、クリント・イーストウッドの監督・主演作品。更に主演女優賞にヒラリー・スワンク、助演男優賞にモーガン・フリーマンと四冠達成。
なお、本作で脚本家デビューのポール・ハギスは、翌年書いた『クラッシュ』で作品賞のオスカー連覇を果たしている。
◇
ボクシング映画に駄作なしといわれるが、本作もその例に漏れない。その昔に止血係(カットマン)として活躍した後、ジムを経営し、多くの優秀なボクサーを育ててきた老トレーナーのフランキー役にクリント・イーストウッド。
彼の旧友で元ボクサー、今は雑用係の”スクラップ・アイアン”ことエディ・デュプリス役にモーガン・フリーマン。こんな豪華なコンビでつまらない映画のはずがない。
そんな二人が切り盛りしているジムに押しかけてくるのが、ウェイトレスで生活費を稼ぎながら、プロボクサーを目指すマギー・フィッツジェラルド(ヒラリー・スワンク)。
◇
「悪いが、俺のジムは女のボクサーは受け容れない。他をあたってくれ」と彼女の弟子入りを断り続けるフランキー。
だが、その頃に時たま、彼の慎重な選手育成にしびれを切らし、有望株のウィリー(マイク・コルター)が他のプロモーターに寝返る。
経営難のジムには半年分を前払いして練習生になったマギーを追い出せず、練習熱心な彼女の情熱にまけたフランキーは、トレーナーを引き受けることになる。
こうして、実の娘には縁を切られて音信不通のフランキーと、最低最悪の家族の中で唯一自分に優しかった父を亡くしたマギーが、親子のような絆で頂点を目指し始める。
女子ボクサーの映画って
強さに憧れる元不良少年が老トレーナーと組んでチャンプを目指す物語は、矢吹丈の時代からボクシングのドラマの基本形。
本作のように女子ボクサーの物語というのも、今では『ケイコ 目を澄ませて』や『百円の恋』に『百元の恋』と珍しくないが、本作公開当時はまだ目新しかった。
ただ、率直に言って、ヒラリー・スワンクのボクサー姿は、あまり本物っぽくは見えない。
日本では松浦慎一郎という名トレーナーのおかげで映画におけるボクシング演出のレベルが爆上がりしてしまったため、こちらも目が肥えてきたのだろうか。
もっとも、マギーが基礎的な訓練も受けていない粗削りなボクサーだったという設定のため、わざとそう見せているのかもしれないが。
念願叶ってフランキーにトレーニーに就いてもらい、マギーはメキメキと腕を上げていく。気がつけば試合は連戦連勝、それも第1RでKO勝ちばかりで、試合運びの練習にならないとフランキーに嘆かれるほど。
爪に灯をともす生活のボンビーガールが、ついには田舎でトレーラーハウス暮らしの母に一戸建てを買ってあげるほどに大出世。
それでも家族には感謝されず、「生活保護が打ち切られたらどうするんだい。女が殴り合いだなんて、あんた町中の笑い者だよ」と憎まれ口の母(マーゴ・マーティンデイル)が怖い。
◇
ヒラリー・スワンクは自身も幼少期は一時期トレーラーハウス暮らしだったそうで、本作のマギーと重なる部分があるのかもしれない。『ベスト・キッド4』の主演もしており、格闘技系の役も難なくこなす。
余談ながら、この当時の彼女は、やっぱりマット・デイモンに似ている。
本作後、イーストウッド監督はマット・デイモン主演で『インビクタス/負けざる者たち』、『ヒア アフター』を撮り、更に前者はモーガン・フリーマンとダブル主演なので、一層ヒラリー・スワンクとマット・デイモンが近く見える。
ところで、ジムの練習生で口だけ立派なデンジャー(ジェイ・バルチェル)相手にイジメをしかける先輩役は、三代目キャプテン・アメリカを襲名したアンソニー・マッキーだ。モーガン・フリーマンに撃沈されちゃうけど。
◇
さて、本作はマギーが連戦連勝で勝ち上がっていく、ただのボクシング映画ではない。というか、ボクシング映画ではないのかもしれない。
第1RのKO勝ちばかりで相手にお呼びがかからなくなったマギーに、反則大好きな”青い熊”ビリー(ルシア・ライカ)のプロモーターから声がかかる。
ラス・ベガスでのミリオンダラーファイト。そこから後半に、映画はまったく想定外の展開をみせるのだ。
今更レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意ください。
ラウンド終了のゴングが鳴った後に対戦相手ビリーが背後から放った反則パンチにより、マギーが倒れ込んだコーナーには、フランキーが用意した椅子が置かれていた。そこに首を打ちつけ脊髄を損傷し、彼女は全身不随となる。
そこから試合のカットはなく、あとはひたすらマギーの闘病生活である。首には管が繋がれ、自力で呼吸もできず、一生治る見込みもない。床ずれはひどくなり、壊死した片脚は切断される。
前半の躍動感との比較が凄まじく、悲痛だ。なのにマギーは何の愚痴も言わず、「自分を守れ」というフランキーの教えに従えなかった自分を責める。
これだけでも相当悲惨なのに、そこにフランキーが呼んだ彼女の家族が見舞いに来る。それも病院に来る前に数日を過ごしたディズニーランドの土産トレーナー姿で、彼女に財産分与の契約書を書かせるために。
「あら、両手が動かないのにどうやってサインしてもらえばいいのかしら」
「ママ、ペンを口に咥えさせるのよ」
悪魔のような妹と母である。
こんなに胸がはりさけそうになる映画をなぜ撮ろうと思ったのだろう。マギーはフランキーに、動けない自分に代わって殺してくれと懇願する。かつて、病気の愛犬を亡き父がひっそりと殺して山に埋めてきたように。
そう、本作はボクシングではなく尊厳死の映画だったのだ。『ボーイズ・ドント・クライ』同様、ヒラリー・スワンクがオスカーを獲る役は壮絶な人生を送る。
「でも、私は生きたわ」
クズな家族を捨ててフランキーと出会い、ボクサーの夢を掴めた。だから胸をはって、尊厳をもって死にたい。
葛藤を重ねた末、フランキーは彼女の願いを叶える。イーストウッドが体を張って悪と立ち向かうのではなく、愛する者の息の根を止める映画は珍しい。
理由はともあれ、その行為は神の教えに背くものであり、<許されざる者>となったフランキーはそのまま失踪する。
思えばクリント・イーストウッドは映画で娘と仲が良かった試しがない。フランキーは実の娘との音信も途絶えたまま、更にまた「愛する人(モ・クシュラ)」を失ってしまった。