『1秒先の彼』
大事な一日が消えてしまった!台湾のオリジナル作の主演男女を入れ替えたのは妙案だが、山下敦弘とクドカンでも、リメイクの本家越えは難しいか。
公開:2023年 時間:119分
製作国:日本
スタッフ 監督: 山下敦弘 脚本: 宮藤官九郎 原作: チェン・ユーシュン 『1秒先の彼女』 キャスト ハジメ: 岡田将生 (幼少期) 柊木陽太 レイカ: 清原果耶 (幼少期) 加藤柚凪 桜子: 福室莉音 ミクルベ(バス運転手): 荒川良々 <ハジメ周辺> エミリ(同僚): 松本妃代 小沢(同僚): 伊勢志摩 舞(妹): 片山友希 ミツル(その彼氏): しみけん 清美(母): 羽野晶紀 平兵衛(父): 加藤雅也 写真店の店主: 笑福亭笑瓶
勝手に評点:
(悪くはないけど)
コンテンツ
あらすじ
郵便局の窓口で働くハジメ(岡田将生)は、何をするにも人よりワンテンポ早い。
ある日、彼は路上ミュージシャンの桜子(福室莉音)に出会い、彼女のまっすぐな歌声にひかれて恋に落ちる。
必死のアプローチの末にどうにか花火大会デートの約束を取りつけたものの、目覚めるとなぜか翌日になっていた。
やがてハジメは、郵便局に毎日やって来るワンテンポ遅いレイカ(清原果耶)が<消えた1日>の鍵を握っていることを知る。
レビュー(まずはネタバレなし)
男女反転でリメイク
チェン・ユーシュン監督による台湾映画『1秒先の彼女』(2021)のリメイク版。山下敦弘監督と岡田将生との『天然コケッコー』(2007)以来となるタッグや、宮藤官九郎の脚本ということで話題になった作品。
消えてしまった大事な1日をめぐるファンタジックな恋愛ものであることは元ネタと変わらない。
ただ、何をするにもワンテンポ早い彼女とワンテンポ遅い彼の組み合わせだったオリジナルに対し、ワンテンポ早い彼とワンテンポ遅い彼女という組み合わせに男女入れ替えがなされている。
そのため、タイトルも「彼女⇒彼」に変わっているわけだが、これはつまり、主役が彼になったことを意味する。
言い換えれば、元ネタで郵便局の窓口担当だった彼女がワンテンポ早い⇒遅いに変わるのではなく、ワンテンポ早い郵便局員である主人公の性別が変わるのである。
◇
この着想は面白い。リメイクにあたり男女反転のアイデアは根岸洋之プロデューサーから出たと言う。そこにクドカンが岡田将生の名を挙げる。なるほど、彼ならワンテンポ早いキャラにしか見えず、妙案だ。
一方の1秒遅い彼女には清原果耶。『まともじゃないのは君も一緒』(2021)でのコメディエンヌぶりが山下監督の目に留まったそうだが、一見生真面目そうな彼女が、こういうとぼけた役をやる意外性の面白味は確かにある。
京都洛中の圧が強すぎ
というわけで、本作は男女反転の結果、消えた1日を追う彼と、その鍵を握る彼女の物語ということになる。
ストーリーそのものは、オリジナル版のレビューで触れているので、そちらをぜひ。ここでは、オリジナル版との違いについて感じたことを中心に。
◇
まずはキャラクターと舞台設定の話から。本作の舞台を京都にしたのは面白い。『嵐電』や森見登美彦の影響もあり、この古都ではなにか珍妙な現象がおきても不思議ではないものと洗脳されているせいか、すんなり納得できる。
ただ、京都といえば洛中のことで、それ以外は認めないと声高に話す、自分は宇治出身の主人公・郵便局員の皇一(岡田将生)が、とにかくうるさいのは辟易。
岡田将生がこの手の<口だけ達者で理屈っぽくて見掛け倒しのキャラ>が得意なのは、『伊藤くんA to E』やクドカンの『ゆとりですがなにか』はじめ、数々の作品でよく分かっている。
だが、この作品ではそこまでクセのあるキャラにする必要があったかとは思う。
バカ騒ぎして歌う曲も、「京都~大原、三千院♪」でお馴染み「女ひとり」やチェリッシュの「なのにあなたは京都へゆくの」。京都人は、普段もこんなご当地ソング歌っているのか。
とにかく、あまりに京都洛中の圧が強くてげんなり。
ファンタジー要素をもっと
ハジメがのぼせ上がる路上ミュージシャンの桜子(福室莉音)。これはオリジナルでは怪しい細マッチョなダンス講師の男だったが、男女反転でこうなったのだろう。
前と違い、一見善人そうな娘なので、三角関係に発展しそうな含みもあり、配役としては面白い。
◇
ハジメの窓口に毎日のように切手を1枚買いに来る大学生・長宗我部麗華(清原果耶)。元ネタでは、この人物が、バス運転手の彼だったのだが、男女反転のため、カメラ好きの貧乏学生という設定に。
オリジナルでは、いろんな場面で気づかれないように、運転手の彼を(ピントも合わせず)フレームインさせているところが面白かった。
だが、清原果耶では目立ちすぎて、その効果が若干薄らいでしまったのは惜しい(勿論、彼女の演技は申し分ないのだが)。
◇
本作は全体的にファンタジー要素がオリジナルより控えめになっている。たとえば、主人公が夜な夜な楽しみに聞いているラジオ番組のDJ(亡くなった笑福亭笑瓶が写真屋店主と本人役の二役で)。
本作でも大きな役割を果たすが、オリジナルでは主人公の部屋の奥に放送室のブースが設置され、より幻想的な演出がみられた。また、停電した部屋に現れたヤモリのおじさんの妖精などもリメイク版からは消えている。
こういうファンタジー要素は、これから起きる不可思議な現象への心の準備として機能していたのだが、本作にはそれがない。
また、私書箱の鍵というのも重要な小道具になっており、オリジナルでは彼女がその私書箱の場所を探し求めるプロセスに『アメリ』的なセンスを感じたのだが、男女反転のせいか、そこも割愛。
レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意ください。
止まった時間の中で動ける者
消えた1日の話。その日、レイカは町中の人々が静止し、時間が止まっていることに気づく。
やがて彼女は、桜子と宇治の花火大会にいくために、一人でバスに乗っているハジメをみつける。そしてバスに乗り、二人の子供の頃の約束の地であった、天橋立に向かう。
◇
さて、男女反転の最たる弊害は、ワンテンポ遅れる役が彼女になってしまったことで、バス運転手を別人にしなければならなくなったことだ。
オリジナルでは、時間が止まっている町の中を、彼が自分のバスで動かない彼女を運ぶ。全てが静止した町の中を、ただひとり動ける彼がバスを走らせる。
だが、清原果耶がバスの女性運転手では若干無理があるため、ここではミクルベ運転手(荒川良々)を登場させる。
ミクルベがなぜレイカ同様に動けるのかは一応理屈があるし、荒川良々の配役もいい。
それでも物語の演出上、動けるのが彼女ひとりではないことの失点は大きい。終盤にハジメの父親(加藤雅也)が登場するインパクトも相当弱まってしまう。
町中の人々が静止しているシーンはデジタル合成と実際にエキストラが息を止めているアナログとの混在と思われたが、これもオリジナルの方が質は高かった。本作は、微妙に揺れ動く通行人がいるように思え、妙に気になってしまった。
バスや人力車で動かないハジメを乗せてレイカが海岸に写真を撮りに行く。
京都ロケで天橋立をその舞台にするアイデアは悪くないが、オリジナルの舞台となった、水面の反射が美しい幻想的な海岸線を覚えている身としては、物足りない。
◇
ただ、レイカがあくまでハジメとの写真撮影だけにこだわっている姿勢はよい。
オリジナルでは写真撮影のついでに、彼女が動かないことをいいことに、あれこれ変なポーズをさせて悪戯するのだが、あれは一歩間違うと企画もののAVのようになってしまう。
そこは大きな減点ポイントだったのだが、男女反転でマネキンが男になったことで、この場面は安心して観られた。
時間はなぜ止まる
最後になぜ時間が止まったかの話。
失踪していたハジメの父によれば、ワンテンポ遅いタイプの人は、毎日少しずつ時間が貯金され、それに利息もついて、やがて24時間分貯まると、このように1日分のボーナスが貰えるという。
この理屈は元ネタと同じだが、私はいまだにしっくりときていない。のんびり屋は時間が足らなくなる、せっかちな人は時間が余るから貯蓄できるというのなら、まだ分かるのだが。
なお、ワンテンポ遅い人というのは、みな苗字が恐ろしく長い人なのだというのが宮藤官九郎の発想。
だから、レイカもミクルベも、ハジメの父の旧姓も恐ろしく長い。京都を選んだのは、そういう苗字が多そうだからということなのだろう。
◇
宮藤官九郎は発想力のひとだから、他人の脚本のリメイクに起用するのは勿体ない。
本作は彼のA面、彼女のB面という、同じ日の事象を繰り返す構造になっているが、同じ構造なら、クドカンの『木更津キャッツアイ』の方が何倍も切れ味がよい。
本作は常に真剣に役柄に入り込む名女優、清原果耶の無駄遣いだった印象大。彼女の新作『青春18×2 君へと続く道』(2024)を観て、それは確信に変わった。
ロケ地紹介
ハジメの住んでいた十軒長屋
レトロな雰囲気の古川町商店街
時間が止まった平安神宮参道
台湾とはまた大きく異なるイメージの京都各所のロケ地は、インバウンドの観光客の混雑さえ気にならなければ、ぜひ足を運びたい。