『ナポレオン』
Napoleon
リドリー・スコット監督がホアキン・フェニックスの主演で描く英雄ナポレオンの半生。
公開:2023 年 時間:158分
製作国:アメリカ
スタッフ 監督・脚本: リドリー・スコット 脚本: デヴィッド・スカルパ キャスト ナポレオン・ボナパルト: ホアキン・フェニックス ジョゼフィーヌ: ヴァネッサ・カービー ポール・バラス: タハール・ラヒム テレーズ・カバリュス: リュディヴィーヌ・サニエ アルマン・コランクール: ベン・マイルズ ルイ=ニコラ・ダヴー: ユセフ・カーコア ジャン=アンドシュ・ジュノー: マーク・ボナー ルイ18世: イアン・マクニース シエイエス: ジュリアン・リンド=タット ウェリントン公爵(英国): ルパート・エヴェレット フランツ1世(オーストリア): マイルス・ジャップ アレクサンドル1世(ロシア): エドワール・フィリポナ
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
ポイント
- 正統派な歴史ドラマを観ている心地よさで背筋がのびるが、けして真面目一筋な史実ものではないところがリドリー・スコット監督。戦闘シーンのスケール感と凛とした映像美、そして英雄である反面、妻との関係に悩むナポレオンの人間的な魅力。158分の長さを敬遠する理由はない。
あらすじ
1789年、自由と平等を求めた市民によって始まったフランス革命。マリー・アントワネットは斬首刑に処され、国内の混乱が続く中、若き軍人ナポレオン(ホアキン・フェニックス)は目覚ましい活躍を見せ、軍の総司令官に任命される。
ナポレオンは夫を亡くした女性ジョゼフィーヌ(ヴァネッサ・カービー)と恋に落ち結婚するが、彼の溺愛ぶりとは裏腹に奔放なジョゼフィーヌは他の男とも関係を持ち、いつしか夫婦関係は奇妙にねじ曲がっていく。
その一方で英雄としてのナポレオンは快進撃を続け、クーデターを成功させて第一統領に就任、そしてついにフランス帝国の皇帝にまで上り詰める。
天才的な軍事戦略で諸外国から国を守り 皇帝にまで上り詰めた英雄ナポレオン。
最愛の妻ジョゼフィーヌとの奇妙な愛憎関係の中で、ナポレオンは何十万人の命を奪う幾多の戦争を次々と仕掛け、冷酷非道かつ怪物的カリスマ性をもって、ヨーロッパ大陸を勢力下に収めていく。
フランスを守るための戦いが、いつしか侵略、そして征服へと向かっていく。
レビュー(史実ですがネタバレ)
巨匠が挑む英雄の映画化
世界史における歴史的英雄として誰もが知るナポレオン・ボナパルトの半生を描いた歴史ドラマ。この手の作品は普段あまり劇場で観ることはないが、巨匠リドリー・スコット監督の新作となれば、足を運びたくなる。
日本史となればついていけるが、世界史となると正直言って苦手な部類になる。かといってナポレオンの活躍を教科書で予習するのも躊躇われ、いつも通り無防備で観賞に臨む。
◇
結果としては、どっちもありだと思った。知らずに観れば文字通りネタバレなしでフランス革命期以降のヨーロッパ史を追いかけていくことになるようなもので、新鮮な思いで楽しめる。知識不足で困ってしまうようなこともあまりなかった。
一方、歴史をおさえてから鑑賞すれば、あの場面をこう描くのかといった楽しみ方ができる一方で、フランス軍の勝敗が読めてしまうのは難点。
ただ、本作でリドリー・スコット監督がこだわったのは、史実や戦績よりもむしろ、ナポレオンがフランスに残した功罪、そして天才軍人としての輝かしい活躍の裏にある、二面性や妻への複雑な愛情である。
だから、予習しようがしまいが、本作の楽しみ方に大きな支障はないというのが率直な感想。
ナポレオンが皇帝になるまで
映画は冒頭、革命後のフランスで、市民が歓喜するなか、マリー・アントワネットが斬首刑に遭う。北野武監督の新作『首』に続き、このところ首が寒くなるシーンが多い。
そんな中で、ナポレオン(ホアキン・フェニックス)は総司令官ポール・バラス(タハール・ラヒム)の任命で、南仏の港<トゥーロンの攻囲戦>でフランス王党派の反乱を支援する英国軍らを短期間で鎮圧し、一気に名を上げる。
やがてナポレオンはバラスの愛人だったジョゼフィーヌ(ヴァネッサ・カービー)と結婚し、エジプトに遠征しては<ピラミッドの戦い>に勝利し、公私ともに勢いにのる。
ナポレオンは総裁シエイエス(ジュリアン・リンド=タット)らと結託しクーデターを成功させ、<マレンゴの戦い>でオーストリアに辛勝すると、ついに皇帝の座を手にする。
戴冠式の中でナポレオンが自ら冠を頭にのせるシーンがクローズアップされる。
後で知ったことだが、教皇から王冠を戴くのが儀礼であるが、血筋にではなく努力で戴冠される時代が来たことや、政治の支配下に教会を置く意味が含まれているそうだ。
ジョセフィーヌとの結婚
諸外国に悪魔と恐れられるナポレオンだが、戦いのさなかで妻ジョセフィーヌの浮気に気を揉んでいるという、一般人と変わらない感覚の持ち主でもあるところが面白く、また人間的にも魅力的だ。
離婚歴も連れ子もいるジョセフィーヌだが、別の若い男と浮気に走り、ナポレオンはそれを責めるが、それでも愛し続けるところが意外でもある。
◇
世継ぎの男子を生むことが必須であった時代に、何年も子供ができないこの夫婦。
「今夜妊娠しなかったら、離婚だ!」と激昂するナポレオンには呆れるが、子孫を作るために心を鬼にして妻と離婚し、政略結婚で子供をつくった後も、最後までジョセフィーヌを思い続けた生き様には、ロマンティックな内面を感じる。
この複雑な二面性をもつ英雄ナポレオン役に、カメレオン俳優ホアキン・フェニックスがハマる。次回作に『ジョーカー』の続編が控えるホアキンだが、リドリー・スコット監督作には『グラディエーター』(2000)以来の起用か。
ジョセフィーヌ役には『ミッション:インポッシブル/デッドレコニング』のヴァネッサ・カービー。彼女は長身なので、ヒールを履くと英雄ナポレオンより背が高くなってしまうのがちょっとご愛嬌(史実は知らんけど)。
戦闘シーンは圧巻
「フランスはカネのために戦い、イギリスは名誉のために戦う。どちらも、欠けているもののために戦うようですな」
ナポレオンの実際の発言だったかはともかく、かつてはフランスを守るために戦っていた彼は、今や大陸を征服せんと戦い始めている。
ロシアとオーストリアの合流を阻止せんと、三国の皇帝が戦場に会した<アウステルリッツの戦い>、これは圧巻だった。
凍った湖を逃げようとする敵軍に砲撃し、そのまま相手を冷水の下に沈めて溺死させてしまう策略をとるナポレオン。
非情な攻撃と映像の美しさの合わせ技、これはリドリー・スコット監督ならではの白眉。CG全盛時代の今日の映画界において、とことん本物で撮ることにこだわらないと、こういう絵にはならない。
マーティン・スコセッシやリドリー・スコットといった巨匠が、人工調味料に毒されたイマドキの映画の作風に苦言を呈したくなる気持ちは分からなくもない。
百日天下の没落期へ
ナポレオンが生涯で率いた戦争は60を超えるそうだが、本作ではこのあたりから没落期に入る。ロシア軍を追いモスクワを攻めるも、敵の焦土作戦で退却を余儀なくされた<ボロジノの戦い>。
やがてナポレオンはエルバ島に島流しとなるが、そこを脱出し、本土に戻る。
脱走者を撃てと命じられ、古巣の軍隊の兵たちが一旦はナポレオンに銃口を向けるが、彼の真摯な言葉に感銘を受け、追随するようになる。このカリスマ性はさすが英雄たるゆえん。
だが、百日天下と言われるように、結局、<ワーテルローの戦い>でナポレオン軍は英国に敗れる。
これが彼にとって最後の戦いとなり、セントヘレナ島で幽閉される。一説には島で毒殺されたとも言われるが、本作では多くは語られない。
「フランス!…軍隊!…ジョゼフィーヌ!」
ナポレオンの最期の言葉だそうだ。
ジョセフィーヌは既にジフテリアで先に病死してしまっているのだが、彼には生涯忘れられないひとだったのだろう。日本の軍司令官には似合わないが、愛の国フランスの英雄ならではの辞世の言葉だと思った。