『MEMORIA メモリア』考察とネタバレ!あらすじ・評価・感想・解説・レビュー | シネフィリー

『MEMORIA メモリア』考察とネタバレ|頭内爆発音症候群の境地

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『MEMORIA メモリア』 
 MEMORIA

彼女にだけ聴こえる不思議な音を辿っていくと、そこには記憶への旅が待っていた。

公開:2022 年  時間:136分  
製作国:タイ
 

スタッフ 
監督・脚本:
   アピチャッポン・ウィーラセタクン
キャスト
ジェシカ:  ティルダ・スウィントン
エルナン:  エルキン・ディアス
アニエス:  ジャンヌ・バリバール
若きエルナン:フアン・パブロ・ウレゴ
カレン:   アグネス・ブレッケ
フアン:   ダニエル・ヒメネス・カチョ
マテオ:   へロニモ・バロン
コンスタンザ:コンスタンザ・グティエレス

勝手に評点:2.5
(悪くはないけど)

(C)Kick the Machine Films, Burning, Anna Sanders Films, Match Factory Productions, ZDF/Arte and Piano, 2021.

ポイント

  • 自分だけに聴こえる、ドスンという衝撃音の正体をたずねてあちこち動き回るティルダ・スウィントンが、どうしても『ドクター・ストレンジ』の三蔵法師に見えてしまう。
  • アピチャッポンが追求する音と静寂の世界は観る者を魅了する。だが、睡魔に勝てる自信がないときは、このゆっくりとした時間の森に迷い込んではいけない。

あらすじ

とある明け方、ジェシカ(ティルダ・スウィントン)は大きな爆発音で目を覚ます。それ以来、彼女は自分にしか聞こえない爆発音に悩まされるようになる。

姉のカレン(アグネス・ブレッケ)が暮らす街ボゴタに滞在するジェシカは、建設中のトンネルから発見された人骨を研究する考古学者アニエス(ジャンヌ・バリバール)と親しくなり、彼女に会うため発掘現場近くの町を訪れる。

そこでジェシカは魚の鱗取り職人エルナン(エルキン・ディアス)と出会い、川のほとりで思い出を語り合う。そして一日の終わりに、ジェシカは目の醒めるような感覚に襲われる。

レビュー(まずはネタバレなし)

視覚と聴覚を研ぎ澄ませ

この映画は、冒頭の数分で<只者ではない作品>であることが感じ取れる。

夜中、ドスンという大きな音で目を覚ます主人公の女。暗い部屋を動きまわるが、音の正体は分からない。部屋は暗がりのままで、板敷の床に椅子を引き摺る音がわずかにするだけ。あとはひたすら静寂だ。

やがて夜明け前の薄暮の野外、人気のないパーキングに、自動車盗難防止のアラームがけたたましく鳴り響く。それも次々と複数台のクルマで。

そして、しばらくすると何もなかったように静寂が戻る。まるでカラックス『ホーリーモーターズ』を思わせる、クルマたちの反乱。

ここまで、何の台詞も説明もない。だが、不思議な映像と、大音量と静寂の繰り返しは、観る者に強烈な印象を植え付ける。

(C)Kick the Machine Films, Burning, Anna Sanders Films, Match Factory Productions, ZDF/Arte and Piano, 2021.

あの音を探し求めて

本作の舞台はコロンビア。主人公の女性ジェシカ(ティルダ・スウィントン)は、呼吸器疾患で入院している姉のカレン(アグネス・ブレッケ)とその夫のフアン(ダニエル・ヒメネス・カチョ)を訪ねるため、首都ボゴタに滞在。そこで、冒頭の不思議な衝撃音を聞く。

隣家の工事の音かと思ったが、そんな工事はしていない。ジェシカはフアンの紹介で、音響技師のエルナン・ベドヤ(フアン・パブロ・ウレゴ)を訪ね、自分を悩ませた、例の音の再現をしてもらう。

「巨大なコンクリートのボールが、金属のくぼみに落ちたような音」を。

(C)Kick the Machine Films, Burning, Anna Sanders Films, Match Factory Productions, ZDF/Arte and Piano, 2021.

ジェシカをめぐる周囲の人々の人物設定はいまひとつ理解が難しいものの、エルナンの協力で例の音が再現されるまでの過程はなかなか面白い。

だが、物語がどのような方向に進み、ジェシカが何をしようとしているのかは、さっぱり見えてこない。この音の正体を探す物語なのだろうか。ジェシカがメデジン(首都に次ぐ大都市らしい)で花屋を営んでいるという設定も、どこか謎めいている。

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アピチャッポンの時間の流れ方

監督は『ブンミおじさんの森』でタイ映画史上初めてとなるカンヌ国際映画祭のパルム・ドールを獲った、アピチャッポン・ウィーラセタクン

さて、ここで白状しておかなければならないが、私はゆったりとたおやかに時間が流れる映画を苦手としている。

旅行に行っても一分一秒を無駄にできず、あくせくと動き回ってしまう貧乏性だ。ひねもすのんびりビーチで寝転がって過ごすなど、とてもできない。

だから、ろくに動きがなく、ゆっくりと贅沢な時間が流れる映画は、性に合わないのだ。『ブンミおじさんの森』など、もってのほかだった。

MEMORIA Trailer 2 (2021) Tilda Swinton, Drama Movie

本作も前半はまだ展開が読めずに緊張感をもって観ることができたが、後半になるにつれ超緩慢な会話や動きが主体になっていくと、どうにも落ち着かなくなった。

睡魔が襲う人もなかにはいるだろうが、私はむしろイライラが募ってしまう。この作品はきっと、倍速再生でも普通に映画として観られる作品なのだと思う(ええ、推奨はしませんよ、勿論)。

不安をあおる材料が頻出する

本作は前述したように、不思議な衝撃音の正体、或いはそれがジェシカだけに聴こえることについての謎の解明というのが、物語のひとつの柱となっている。

一方ジェシカは、姉の入院先で知り合った考古学者アニエス(ジャンヌ・バリバール)から、トンネルの工事をしている際に発掘された六千年前の少女の骨の下顎頭に空けられた穴について教わり、触らせてもらう。

悪霊を追い出すために頭に穴を空けたのだそうだ。

(C)Kick the Machine Films, Burning, Anna Sanders Films, Match Factory Productions, ZDF/Arte and Piano, 2021.

このオカルトめいたエピソードのほかにも、不安をかきたてる材料は続く。

入院中の姉が語る轢かれた犬の話
バスのバックファイアに驚き身を伏せる
病室の廊下のベンチがドアを塞ぐ霊安室
夜道でジェシカについてくる野犬
菌類に冒された花の写真
アマゾン流域で隔離生活を送る部族

ほかにも、後日ジェシカがスタジオを訪ねると、そんなヤツは働いていないと言われるエルナン。発掘現場に向かうクルマが出くわす渋滞と検問等々。

はたして、派手に広げた風呂敷は回収することができるのか。中盤以降、ジェシカを悩ませるドスンという音は、まるでしゃっくりのように、何度も執拗に襲ってくるようになり、ついに彼女は不眠症で苦しみ始める。

(C)Kick the Machine Films, Burning, Anna Sanders Films, Match Factory Productions, ZDF/Arte and Piano, 2021.

レビュー(ここからネタバレ)

ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意願います。

すべてを記憶してしまう男

映画は後半、人骨の発掘現場を訪れたジェシカは、近くの田舎町の川辺で魚の鱗取りをしている男(エルキン・ディアス)と出会う。この男もまた、エルナンという名前だ。

彼は生まれてからこの村を離れたことがないという。なぜなら、見聞きする全てを記憶してしまうから。村を出ず、テレビも観ず、余計な情報は極力記憶しない。

それでも、石やコンクリにも起きた出来事の波動が残り、触るだけでそれはエルナンの記憶と化す。

夢を見ずに寝るという彼が、川辺で死んだように横たわったのは面白かったが、あまりにスローペースで進むジェシカとの会話には参った。

(C)Kick the Machine Films, Burning, Anna Sanders Films, Match Factory Productions, ZDF/Arte and Piano, 2021.

エルナンの部屋を訪れたジェシカは、子供の頃にこの部屋で隠れて遊んだ記憶を思い出す。だが、それはエルナン自身の記憶だった。

彼はハードディスクのようにあらゆる記憶を集積している。そしてジェシカはアンテナのように、その記憶に反応して自分のものととらえてしまう。

例の音の正体は

彼女を悩ましていた例の音も、エルナンが格納しているはるか遠い昔の記憶だったのだ。では、それは何の音か。宇宙船が飛び立つ際に発する音なのである。

うーん、そっち方面に答えがあったのかというのが正直な感想だ。

どこか戦争の銃撃というか砲弾の音のように想像していたので、くだんのシーンも、宇宙船が浮かび上がるまで、戦火のシーンのように見えていた。だからサプライズではあるが、かといって納得感もない。

音響の在り方としては例の音だけでなく激しい雨音や車両盗難アラームなど大きな音と静寂のメリハリも良く、予定調和とは対極にあるこの作品に魅了される観客も少なからずいるのだろう。

ただ、せっかちな私にとって、このテンポはつらい。

アピチャッポン・ウィーラセタクン監督が本作を撮るにあたり大いに触発されたという『私はゾンビと歩いた!』(1943、ジャック・ターナー監督)なるB級ホラーを観れば、少しはティルダ・スウィントンの境地に近づけるだろうか。