『アス』
Us
ジョーダン・ピール監督が撮ると、ホラー映画にもここまで社会風刺の精神が宿るのか。
公開:2019 年 時間:116分
製作国:アメリカ
スタッフ 監督・脚本: ジョーダン・ピール キャスト アデレード・ウィルソン/レッド: ルピタ・ニョンゴ ゲイブ・ウィルソン/アブラハム: ウィンストン・デューク ゾーラ・ウィルソン/アンブラ: シャハディ・ライト・ジョセフ ジェイソン・ウィルソン/プルートー: エヴァン・アレックス ベッカ・タイラー/イオ: カリ・シェルドン リンジー・タイラー/ニックス: ノエル・シェルドン キティ・タイラー/ダリア: エリザベス・モス ジョシュ・タイラー/テックス: ティム・ハイデッカー ラッセル・トーマス/ウェイランド: ヤーヤ・アブドゥル=マティーン二世 レイン・トーマス/アーサ: アナ・ジョップ
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
夏休みを過ごすため、幼少期に住んでいたカリフォルニア州サンタクルーズの家を訪れたアデレード(ルピタ・ニョンゴ)は、不気味な偶然に見舞われたことで過去のトラウマがフラッシュバックするようになってしまう。
そして、夫のゲイブ(ウィンストン・デューク)、娘のゾーラ(シャハディ・ライト・ジョセフ)、息子のジェイソン(エヴァン・アレックス)の身に何か恐ろしいことが起こるという妄想を次第に強めていく彼女の前に、自分たちとそっくりな<わたしたち>が現れる。
ポイント
- 雰囲気とカット割りで怖がらせる前半部分がたまらないジョーダン・ピール。
- 「ハンズ・アクロス・アメリカ」運動をはじめ、本作でもキッチリと社会風刺ネタを決め込むが、そんなことを考えずとも楽しめる作品。
- 若干無理スジな話ではあるものの、それをはねのける馬力がある。
レビュー(まずはネタバレなし)
序盤の展開が秀逸
『ゲット・アウト』(2017)で一躍注目を集めた新進気鋭のジョーダン・ピール監督が続いて放つサスペンス・スリラー。
監督デビュー作となる前作では、白人家庭に招かれた黒人青年が体験する恐怖という斬新な切り口で世間を驚かせたが、手の内が明かされてからの二作目では期待値も上がる。『シックス・センス』以降のM・ナイト・シャマラン監督を例に出すまでもなく、同じ路線の映画では苦戦は強いられる。
とはいえ、同じホラー映画の範疇ではあるが、前半はジャンル不明であった前作と違い、本作は最初からホラー匂わせ全開である。しかも序盤の展開は秀逸だ。
◇
時代は1986年。テレビから流れる「ハンズ・アクロス・アメリカ」の告知CM。これは米国本土で15分間、人々が手を繋いで人間の鎖を作る実在したチャリティイベントだ。
その後、舞台は夜のサンタクルーズ、海岸沿いの遊園地。射的で手に入れたスリラー(マイケル・ジャクソン!)のTシャツを着た少女アデレードが、両親の目を盗みたった一人で<ビジョンクエスト>という鏡の館に入り込む。遊園地の怪しい雰囲気は『ナイトメア・アリ―』(ギレルモ・デル・トロ監督)を思わせる。
◇
鏡の館に忍び込んだアデレード、合わせ鏡の中に自分が映っているのかと思うと、同じ動きをしていない。自分と同じ格好の瓜二つの黒人少女。鏡像ではない。だって、アデレードはその娘の後頭部を見ているのだから。
知ってか知らずか、その構図は今週『ある男』(2022、石川慶監督)で観たばかりの、ルネ・マグリットの絵画「複製禁止」と同じだ。だが、ここの映像処理はとてもクールで、しかも怖い。アデレードはこの体験がトラウマとなり、失語症になってしまう。
手を繋ぐ人影の恐怖
ここでタイトル「Us」、そしてなぜか、ウサギ。ズームアウトするにつれ、大量のうさぎが登場。タイトルも「Usagi」 になるのかと思った。不思議の国にアリスを誘ったウサギにちなんでいるのか。
◇
序盤の展開の中で、もう一つ私の気に入っているカットがある。
時代は1986年から現代に移り、アデレードは夫と二人の子供たちとともに、バカンスを過ごしにサンタクルーズにやってくる。遊園地には当時と同じ鏡の館が、まだ残っている。
そして夜になり、一家が過ごす別荘の庭に不審な人影が現れる。赤い服を着た大人二人と子供二人が、手を繋いで無言で佇んでいるのだ。逆光で顔は分からず不動のままだが、それがかえって怖い。このシーンにも、監督のセンスを感じる。
まだまだ序盤だが、この辺で映画が終わったら、本作に最大級の賛辞を惜しまなかったと思う。だが、映画はここを頂点に、緩やかな下降を始めてしまうのが、何とも惜しい。
公式にも明かされている範囲なので、これはネタバレではないと思うが、本作はドッペルゲンガーものに属するホラーだ。自分たちとそっくりの謎の存在と対峙する一家の恐怖を描いている。
庭に立っている男女四人は、アデレードたちと同じ家族構成、つまり一家とそっくりの存在なのだ。その影のような存在が、彼らに襲い掛かってくる。
中盤はいわゆる普通のホラー
人間になりたがる妖怪人間のような不気味な連中と、必死に戦う四人の家族。凶器の鋏を振り回す彼らと戦うシーンはテンポも良く迫力もあるのだが、言ってしまえば、ただのありきたりなホラーになってしまう。
ひとがいちばん恐怖を感じるのは、意味不明や理解不能なものであり、その意味では庭にただ手をつないで立ち尽くす影の方が怖かった。ドッペルゲンガーと分かった時点で、ちょっと安心してしまうのだ。
ちなみに、このそっくりファミリーと戦う四人家族。妻のアデレード役がルピタ・ニョンゴ、夫のゲイブ役がウィンストン・デュークとくれば、『ブラックパンサー:ワカンダ・フォーエバー』でも大活躍した女スパイのナキアと部族長のエムバクだ。そりゃ強いのも納得である(女の方が強い点も、共通しているか)。
さらに、この二人の子供たち、姉のゾーラ(シャハディ・ライト・ジョセフ)と弟のジェイソン(エヴァン・アレックス)も子供ながらに戦闘に長け、なかなかに手強い一家なのだ。
知人の白人一家があっという間にドッペルゲンガーたちに殺されてしまったのを考えると、この黒人ファミリーはしぶとい。それにしても、どの出演者もみな、自分のドッペルゲンガーとの二役を演じているというのが面白い。
レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意願います。
ハンズ・アクロス・アメリカ
「お前ら、一体何者なんだ」というゲイブの問いかけに、「私たちはアメリカ人だ」と彼らが答えるのが奮っている。UsじゃなくてUSなのか?いかにもトランプ政権の時代に撮られた映画らしい。
攻撃を受けているのは肌の色に関係なく、西海岸の別荘地で優雅にボートを楽しむ富裕者層の家族たちだ。格差社会の中で、長年地下社会に追いやられた影の存在が、ついに反旗を翻す。『ヒルビリー・エレジー』(ロン・ハワード監督)に出てきた、米国の繁栄から取り残された白人たちを思い出す。
◇
そして彼らの正体は、米国政府が実験で製造したクローン人間だったと明かす。地上に住むオリジナルと魂が繋がっている彼らは、地下で同じような行動を取ってしまう。そして、同じようなクローンの四人家族を作り出す。
地上の連中を妬む彼らは「ハンズ・アクロス・アメリカ」の機会に乗じて、地上に蜂起したのだ。ウサギは欧米では多産の象徴だから、地下で繁殖しているという意味もあり、本作でも頻出させているのだろうか。
カズオ・イシグロ原作の『私を離さないで』も同じクローンものだったが、あちらと違い、静かで悲しい上品なドラマでは終わらせないのが米国流か。
理屈としては苦しい
さて、人種問題から格差社会へとテーマは移れど、謎の敵が正体を明かすと奇想天外な事実が判明するという点は、『ゲット・アウト』や『NOPE』にも共通するジョーダン・ピール監督のお決まりのパターン。本作は、幽霊やエイリアンという正体にしなかった分、理屈が通らない点が多いように思う。
◇
魂の繋がりで、地下でも同じクローンの組み合わせの家族を作ってしまう理屈がさすがに腑に落ちないし、少年のクローンが、オリジナルと同じ動作をしてしまう(結果、罠に引っかかる展開は面白いが)という習性もよく分からない。
また、理屈で言えばクローンはけして超人ではないはずだが、どうみても人間以上の戦闘能力と強靭な肉体を持っている(だから怖いのだけれど)。
以下、ラストシーンのネタバレになるが、アデレードと自身のクローンとの対戦が最後のヤマ場であり、バトルは因縁の鏡の館から地下にエスカレータで下った広大な空間で繰り広げられる。
最終的に一家はみな無事で、攻撃してきた四人を全てやっつけることができて、ハッピーエンドのように見える。
アデレードが隠していたこと
だが、アデレードは思い出す。少女のとき、鏡の館で鉢合わせした相手を地下に連れ去り、彼女になりすまして地上に戻ったことを。自分のTシャツを、彼女の『スリラー』シャツに着替えたことを。そして、しばらくは失語症を装い、社会に溶け込んだことを。
なんと、アデレードはクローンであり、さっき殺した相手こそがオリジナルだったのだ。だから彼女は家族の誰よりも心身ともに強靭なのか?
彼女がサンタクルーズの遊園地を恐れていたことや、息子がいなくなって過剰に慌てたことも、これで合点がいく。自分に酷似した少女にずっと狙われ続けている恐怖に怯えているのは、犯罪者心理だったわけだ。
アデレードが地上でバレエを習い始めると、地下でも本物のアデレードがバレエを始めさせられる。魂の繋がった複製品が、地上で主導権を握り、オリジナルを再び絶望に追いやってしまった。
彼女を凝視し、正体に気づいたと思われる息子のジェイソンに、アデレードは微笑みかける。少年の心情は読めないが、まさか自分もクローンというのでは偶然が過ぎる。でも、母親がニセモノだった訳ではない。ジェイソンはあくまで、このアデレードを騙っている彼女の子供なのだ。
◇
そして、本物のアデレードが殺されたあとも、彼女が立ち上がらせた大勢のクローンたちは、地上で手を繋ぎ、「ハンズ・アクロス・アメリカ」を実力行使しようとしている。
綺麗事を言ってカネをだせば、何か良いことをした気になっている人々に、鉄槌を下そうとしているのか。名前が売れてもジョーダン・ピール監督の社会批判精神は、鋏のように鋭いままだ。